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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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二話 ちょっとだけだから

「おー」


 小高い丘から東へ見下ろす港湾都市リフォレは、またなかなかに壮観だった。

 街の向こう、遠くに望む海面はきらきらとちょうどお昼時の陽の光を反射して輝いている。

 エクスフレア邸から二日半、再び戻ってきた街の中央には、真っ白な大樹の頭がちらりと自己主張している。


 しかしその一望する風景には異物が紛れ込んでいた……御者の男は手綱を握るように軽く引き、馬を止めた。

 ぐるりと街を囲む低い壁、三方にある門その全てに、兵士の一団が距離を取りたむろしている。


「んん、初めて見る光景ですねぇ」


 目の上に手をかざす御者の男を横目に、さらに注視する。

 検問か……いや、あの兵士の姿かたちには見覚えがある。

 初めて港湾都市リフォレに向かうとき、橋で荷改めをしていた一団。

 若き王サルファン直属の騎士団か。


「あれってその……大丈夫なんですか?」


「何とも言えませんねぇ。あれは城塞都市の騎士団ですか、かなり攻めたことをしていますねぇ。

 しかし封鎖しているわけではなさそうですから、リフォレ側から強い動きはしづらいでしょうねぇ」


 一触即発、という状態ではないらしい。

 とりあえず一安心だけど……彼らの狙いは多分俺、だよな。


「彼らは何かを追っていて、有力な情報を得たものの標的は街の中に居る。

 出入りを見張りつつ騎士団側は使者を送り、リフォレの代表五佳人との話し合いに臨んで、標的の身柄を拘束したい。

 といった目論見でしょうかねぇ」


「なる、ほど……」


 この御者の男は一体何者なんだろう。

 え、あれを見てそこまで分かるもの?


「改め、まではいかないまでも、外に出て行く者には聞き込みを行っていますねぇ。

 特に街から外へ出る荷馬車に対しては、随分と警戒している様子です」


 かなりの距離、人は小さな蟻のようで、この身体の目も相当に良い筈だけどよく見えるなこの人……。


「……標的は、恐らく私なんですけど」


「入る分には問題ないでしょう。街の中にも潜入した兵士がうろついているでしょうが、表立った動きは取れませんからねぇ」


 んー……。

 現状、港湾都市リフォレに向かう理由はそこまで急を要したものではない。


 世話になったマクロレン商会やダルセイ・クリシュ、スティアラ・ニスティらへの挨拶。

 情報屋ウルフレッド・カーヴィンに頼んでいた三狂の魔女の件は解決してしまったので、引き続きアーティファクトの所在の調査依頼。


 この荷馬車とはリフォレでお別れだし、下手に街中で騒ぎを起こすくらいならこのまま魔術都市ソムリアを目指したほうがいいか……?

 ここで荷物を下ろして街を遠巻きに見つつ徒歩で迂回、最悪俺が何回か転移の魔術で……。

 ああ、そうだ。


 くるり、と荷台を覗き込む。

 静かに魔術書に目を落とすルデラフィアの横顔は綺麗だ。


「フィア」


「あ?」


 御者台から荷台にぴょんと跳びつつ、声をかける。

 脚を投げ出した格好で『閲覧者』を閉じたルデラフィア。

 その身体の中、先日見たときには俺の魔力はもうほとんど残っていなかった。

 時間の経過かそれとも、傷の治癒に使われたからだろうか。

 ソラは眠りこけている。


「キスしましょう」


 にじり寄りつつ、静かに声をかける。


「な、にを……何言ってんだ、てめェ」


 一瞬見えた怯えたような表情は、すぐに怒気によってかき消された。

 ちょっと、いや、かなりこわい。


「何って。ちゅーですよ、ちゅう」


 狭い荷台だ、ルデラフィアが逃げられる場所はない。

 まして爆炎の魔術など使える筈もない。


「来るんじゃねェ、吹っ飛ばすぞ」


 紫の瞳に赤が燃える。

 差し向けられた右腕に、魔力が走る。

 多分本気じゃない、けれど本気で撃ちそうだと錯覚するほど、魔力の流れに淀みがない。


「……分かりました。ごめんなさい」


 謝り、後ろを向く。

 腕が下ろされる気配を背中越しに感じ……右手の人差し指の付け根を噛んだ。

 この狭さなら、見なくてもいける。


「な、てめェ……っ、……っ!」


 眼前のルデラフィアを背後の荷物に押し付けるように抱き付き、強引に唇を奪った。

 眉根を寄せ赤らむ頬を見つつ、魔力をゆっくりと流す。

 身体を引き剥がそうと俺の腰を掴むルデラフィアの手の力は、震えて弱々しい。


 薄い金の髪はさらさらとしていて、触り心地がとても良い。

 髪を撫でると、諦めたようにルデラフィアの肩から力が抜けた。


「ぷぁ……こうしないと、いざって時に一緒に跳べないでしょう」


「っ、はぁっ……それを先に、言えよ……っこの、んぅ……っ!」


 顔を真っ赤にして睨みつける三姉妹の末っ子に、もう一度口付けた。

 その必要は全く一切なかったけれど、多分、八つ当たりだった。

 三姉妹の長女から受けた、あの絶望感の。


「……っふぅ」


「っは……はぁ……っ、くそ……っ」


 耳たぶまで赤く染め、少しだけ涙を滲ませたルデラフィアの顔は、嗜虐心を大いに刺激されるものだった。

 流石にちょっとやりすぎたか。

 俺とソラが受けた検診という名のアレやコレはもっと酷かったけどな……!


「フィア」


「……なん、だよ」


 口調もその表情も怒りに染まっているが、脚の上に座る俺を、しかし押し退けようとはしない。


「嫌でしたか?」


 あえて口に出して聞くのは卑怯だろうか。

 それでも確かめておきたかった。

 本気で嫌なら……トラウマになりかねない。

 俺とソラのように。


「っ……。別に……、別に、嫌じゃねェ、けど」


「良かった」


 大げさににっこり笑う。

 言質(!)は取ったからな。


「それで、相談なんですけど」


 さっき俺と御者の男が見た光景をそのまま伝えると、ルデラフィアの指が俺の両頬を摘む。

 ぷにぷに。


「街に入ってから考えろよ。言ったろ、あたしが来たのはソムリアに用があるからだ。

 それまでは守ってやるから安心しろ」


 そう言ってルデラフィアは、ほんの少し触れるだけの口付けをした。

 ……思わず固まってしまった。

 すごいかっこよくて不覚にもちょっとどきどきしたけど、また顔真っ赤になってますよ。


「そんなに照れるならやらなきゃいいのに」


「……うるせェ、死ね」


 照れ隠しもまた可愛らしい。


「あっは、残念だけどフィア。……私は、死にませんよ」


 僅かに目を見開き、直後ふいっと視線を逸らしたルデラフィアを見やりつつ立ち上がる。くるりと反転。

 この小さな身体は幌付きの荷台の中でも悲しいかな余裕で動ける。


 御者台に顔を出しつつ、声をかけた。


「そのまま行っちゃってください」


「はい、かしこまりました」


 ぺし、と馬の尻が叩かれ、荷馬車がゆっくりと動き出す。

 緩やかに下る道の両脇には広大な畑が広がっていて、海からの風を浴びてそよそよと揺れている。


「戦いが近いのにわざわざ人員を割くということは、よほどなのでしょうねぇ」


 と、御者の男が含みを持たせつつ、御者台に座り直した俺を横目でちらりと窺う。


「まぁ、王様に直接口説かれましたから」


「はっはぁ、なんと、それはそれは」


 冗談ぽく言ってみたものの、あれ、普通に信じられてる?

 エクスフレア家と懇意にしているらしいこの御者の男、未だに掴みきれない。

 ……悪い人ではなさそうだけども。


「シエラ殿」


「はい?」


 少し声量を落としたその声は、車輪に蹄にそして揺れにかき消され、後ろには届かないだろう。


「お嬢様を、よろしくお願いしますね」


「……はい」


 三狂の魔女と呼ばれ恐れられる三姉妹だが、付き従う者たちは皆、彼女たちを慕いそして、心配している。

 その関係を少しだけ、羨ましく思う。

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