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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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一話 荷馬車に揺られて

 ガタン、ガタンと。

 荷馬車が大きく揺れる度に御者台からお尻が浮く。

 隣で馬を操る恰幅のいい話好きの御者の男は、明るい茶色の髭を風になびかせながら、話を続けた。


「城塞都市レグルスと、魔術都市ソムリア。

 二つの都市国家が何故互いにいがみ合いぶつかり血を流すのかと問われれば、それはひとえに無いものねだりと言えますねぇ」


 一晩明け、エクスフレアの家から港湾都市リフォレまでの道中。

 転移で跳べばいいのでは、という俺の言葉に、ニャンベルは首を横に振った。

 突然姿を消した形になっているから、できれば早めに戻りたいところだけど仕方ない。


「城塞都市の周囲は魔素が非常に薄く、魔獣も寄り付かない平和ですが枯れた土地です。

 そして生物の活動そのものにも深く関わる魔素が薄いということは、作物や家畜の成育にも影響を及ぼします。

 乾燥し、砂と岩が多い地域ですが鉱石の出土には恵まれ、それらを使った武具の出来はまさに一級品。

 そしてそれを纏う騎士団の錬度もまた、高い」


 お抱えの商人の荷馬車に乗せてもらうことになったのはいいのだけど。

 出発から既に二時間、この人ずっと喋り続けてる……。

 後ろに続くもう一台、そっちに乗れば良かったかなとほんの少し後悔が混じる。


「一方で魔術都市、『災厄』より以前に『群島都市』から改称した都市国家で、その名の通り人々の生活に魔術が密接に関わっている都市です。

 海沿いにあるこの都市は、周辺に浮かぶ大小様々な島およそ二十も含めて一つの都市国家としてまして。

 魔術師の育成機関も多くある一方、魔術の素養がないものに対する迫害、弾圧は厳しいものです。

 激しい海流と強い海風、そして肥沃な魔素と相まって魔獣が多いこの地において、魔術師の戦闘力もまた、高い」


 揺れる幌付きの荷台で眠っているのは、今は少女の姿をした『空駆ける爪』のソラ。

 と、もう一人。

 『閲覧者』を片手に朝からぶどう酒をぐびぐび飲んでいるのは、今日は髪を軽く後ろで纏めている三狂の魔女の末っ子、ルデラフィア・エクスフレア。


「二つの都市国家を物理的に隔てているのは、山脈から突き出る形になっている森丘と、二本の大きな川の存在です。

 山脈沿いは魔獣が多いですから、必然ぶつかるのは、川と川の間に広がる、通称『血の平野』ですねぇ」


 話に出た森丘の麓にエクスフレアの屋敷はひっそりと建っている。

 目的地を魔術都市のさらに北へと定めた俺を、テテとトトは黙って見送ってくれた。

 仲間もいますし悪くないところです、と語ったトトは、姉のテテにつられて少し涙ぐんでいたけど。


「あそこは凄いですよ。戦いの後には『死肉漁り』が大量に出現して、魔獣も集まってきます。

 人間同士の戦いより、魔獣に殺される人間の数のほうが多いとまで言われていますからねぇ」


 そうまでして戦い続ける意味とはなんだろう。

 川を流れる死体の数々、川下の小さな村……魔獣は何処にでも現れ、血が流れる。


「戦争は単純に金になりますからねぇ。それに手に職がない人間には、他にできることがない」


 需要と供給。

 この世界ではそのバランスを取る為に、戦争という手段が用いられている。

 何のことはない……元の世界でも、似たようなことをずっと繰り返している。


「しかし、黒き魔女が現れてから戦争の規模が変わりましたねぇ」


「……と、言うと?」


 思わず相槌を打つと、御者の男はさらに快調に口を走らせる。


「黒き魔女は『災厄』以前、ほぼ全ての都市に姿を現しています。

 技術の革新、魔術の簡略化、ここ十数年で生活は見違えるほど便利になりました」


 確かにあの女は、世界を巡ったと言っていた。

 でもそれは、元の世界に帰る為の方法を模索する為で……この世界の人々の文化レベルや生活水準を上げる為ではなかった筈だ。

 未練などないと、言い切っていた。


「高出力化、と言うんですかねぇ。敵を攻撃する為の武器。敵を攻撃する為の魔術。

 それらの機能性が上がった結果」


「戦争の規模が、大きくなった?」


「そういうことですねぇ」


 この人、俺が相槌を打つとすごい嬉しそうににこにこしながら話を続けるなぁ……。

 いやそんなことはどうでもいい。


 なんだろう、何かが引っかかる。

 引っかかると言えば、アーティファクトもだ。

 この世界の神さまを殺す為に作ったのであろう秘宝が、何故世界中にばら撒かれている?

 全て自分の手元に置いておけば済む話だろうに。


 いや、それが全て、目的に至る為だとしたら……。


「ああ噂をすれば、ですねぇ」


「へ?」


 思考に沈み込もうとした俺を、御者の声が引き戻した。

 前方の道から外れた平地に、数十人の集団が天幕を張って……いや、片付けている。

 一様にこげ茶色のローブを纏ったその光景は、かなり異様だ。


「魔術都市ソムリアの魔術師ですねぇ。あの色の外套は、下っ端です」


 話の止まらない御者を最初は鬱陶しく思っていたけど、なかなかどうして話し上手なこの男、この世界のことをまだ全然知らない俺にとってはかなりありがたい。


「おや、止まったほうが良さそうですねぇ。あの様子だと、嗜好品を分けてくれ、ってところですか」


 一応ケープのフードを被り、道の脇で手を振るローブ姿を見やりつつ目を切り替える。

 なるほど、確かに各々魔力が綺麗に廻っている。

 量はそんなでもないけど、なんというか無駄がない。


「こんにちは。お急ぎのところすみません」


「いえいえ構いませんよ。何かご入用ですかな」


 意外と丁寧なやり取りだった。

 さっきの口振りからすると彼らは恐らく、戦地に赴く兵士だと思うのだけど。


「空詰草と、八つヤモリはありますか?」


「ああ、運が良い。煎じたものと、干した尻尾をちょうど積んでます」


 おお、何を言ってるのかさっぱり分からない……。

 しかしこういうのは、なんかいいですね。

 行商人か、きっと苦労の方が多いのだろうけど……お喋りなのも、普段一人でずっと旅をしている反動なのかもな。


「よっこらせ、と……フィアお嬢様、すみませんがそこの袋を」


「あァ? これか」


 ルデラフィアが素直に……!

 御者の男は恰幅のいい腹を苦しそうに反転させ、膝立ちで荷台に顔を突っ込むと、ルデラフィアが投げた袋を華麗に受け取った。

 随分とリラックスしてるみたいだし愛称呼びだった……きっと長い付き合いなのだろう。


「えぇ、三束と。はい、そっちは二束いただければ」


「はい、はい」


 やり取りはスムーズで、手馴れている。

 銀貨と銅貨が行き交う中、ローブの男から小さな紙切れと金貨が一枚、手渡された。

 それに対する反応もなく、取引は終わる。


「はい、確かに」


「いやぁ、助かりました。道中、お気をつけて」


 ローブ姿の集団に見送られ、再び揺れるに身を任せる。


「気になりますか?」


「……はい」


 最後の金貨と紙切れは、恐らく取引には関係のないやり取りだった。


「この道を行く商人の行き先は港湾都市リフォレです。あの街が中立だというのはご存知ですね?」


「はい」


 この御者の男は商人じゃなくても教師としてやっていけそう。


「元々自由都市と呼ばれていたあの街は、城砦都市と魔術都市に所属する兵士に対して強い忌避感を持っています。

 ですからあの街で徴兵など自殺行為ですし、そもそも兵士だとバレた時点で大変な目に遭います。

 勿論戦争に使う武具の買い付けなどもご法度です。……表向きには、ですが」


「……だから、商人を使う?」


「その通りです」


 物分りの良い生徒で先生は嬉しいです、みたいな顔はやめろ。


「連絡に、買い付けに、荷運びに、我々のようなものはよく利用されます」


「なるほど……」


「港湾都市側も、分かっていて多少は見逃しています。それで潤っているわけですからねぇ」


 あの街の治安や防衛を与っているダルセイ・クリシュにとっては悩ましい問題だろう。

 けれど、清濁併せ呑まなくてはきっとあの街は生き延びていけなかった。


 そういえば近いうちにまた両都市がぶつかる、って言ってたな。


「戦争が近いんですか」


「そうですねぇ。後ひと月以内には、確実に」


「……そうですか」


 俺には多分、関係のないことだけど。

 また川が血に染まるのだろうかと考えると、少しだけ不安になる。

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