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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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四十三話 魔女の団欒

「それ、どういう魔術書なんです?」


 屋敷の中に戻り、ソラを連れて再びダイニングルームへ戻ってきた。

 ニャンベルとルデラフィアは時折つまみだろうか乾きものをぽりぽりしつつ、魔術書から目を離さない。

 そんな彼女らに声をかけると、やはり答えたのはルデラフィアだった。


「あー、説明が難しいな。一応結界の魔術なんだけど」


 ルデラフィアが言うには、あの老人は昔、エクスフレア三姉妹に魔術を教えていたという。

 そりゃうちの魔術結界も破られるわ、と愚痴る声色は、諦めが多分に含まれていた。


「次は、もっと、凄いのに、する」


 どうやらエクスフレア邸の魔術結界とやらはニャンベルが張った自慢の一品だったらしく、それを破られたことで怒り心頭らしい。

 かじりつくように魔術書に没頭するニャンベルの目は、まばたきすら忘れ輝いている。


 そんな話の途中だった。


「そっちの……ソラ、だっけ。ヴィオ姉が呼んでるぞ。一人で来いって」


「? 私、ですか」


 遠話の魔術か。

 ヴィオーネの呼び出し、わざわざ一人で……嫌な予感しかしないんですけど。


「あの、それって……」


「あァ、検診だろ」


「……検診?」


 んん?

 思い出すとぞわぞわする……アレではないのか。


「よく分かりませんが行ってきます」


「うん。場所は分かる?」


「はい。匂いで」


 少女姿のソラは、黒いローブを翻して出ていった。

 ……大丈夫かなぁ。


「変なものかけられてたらやべェからな。お前もさっきヴィオ姉に診てもらったろ」


「……んん?」


 あれは検診だったのか。

 え、ほんとに?


「で、なんだっけ。あァそうだ、あれから何してたんだ? ヴィオ姉が、待ってればそのうち来るわよぉ、って言うからほっといたけどよ」


 相変わらず似てないですね声真似。

 今の口ぶりだと、盗聴してたのはヴィオーネだけみたいだな。


「そうですね……。ちょっと長くなりますけど」


 積もる話ってやつだ、語らせてもらおう。

 思い返すと、ソラといちゃいちゃしてただけな気がするけど……。




「で、空を飛ぶ魔術ってないんですか?」


「ねェな」


 一通り話し終え、これからの話。

 アーティファクト『閲覧者』を横目に見やりつつ、淡い期待を込めて聞いてみたのだけど……。

 即答だった。


「……転移魔術とか、あるのに?」


「そもそもそれ、誰でも使えるもんじゃねェぞ」


 あぁそうか……あれはこの世界に存在しない言語で書かれていたのだった。

 ……ニャンベル・エクスフレア、恐るべし。

 

「えぇとそれじゃあ、『神域の庭』に行くには」


「船で行きゃいいだろ」


「……いや、かいりゅーがいるって聞きましたよ」


「んなもん、全部殺せばいいだろ」


 ……この人、邪魔なものはとりあえず吹っ飛ばすってタイプですね?

 出会い頭に爆炎に包まれたことを思い出した、あの時も問答無用だったな。

 全部倒していく……仮にそれが可能なら、話は早そうだけど。


「はぁー……、フィア、それ、無理」


 これ見よがしな溜め息をついて、ニャンベルがこちらを見ずに呟いた。

 真後ろで長々と話し込まれたらそりゃ邪魔ですよね。

 すみません。


「なんで?」


「船、真下、どーん」


「あぁ……それは無理ですね」


 つまり、海中から船の真下を狙われたら、手も足も出ないだろうということか。

 真っ二つに割られる船、広い海原に放り出され、浮かない身体。

 ああ、絶望的。


「そっか。じゃあ無理だな。諦めろ、シエラ」


 割り切り早いなぁこの人。

 話は終わったとばかりに魔術書に目を通すニャンベルの、ふわふわした赤金色の髪を手ですくい、撫でる。


「……ニャンベルさん、何か良い方法ありません?」


「連続転移、水中呼吸、飛行魔獣の使役、……空を飛ぶ」


 話は聞いてくれていたのだろう、返答は早かった。

 あまりにも端的すぎてよく分からなかったけど。


「か、解説をお願いします」


「ん」


 話が長くなりそうなので隣の椅子に腰を下ろす。

 壁際にひっそりと佇んでいた侍女がぶどう酒を注いでくれた。

 この家、酒しかないんですかね……おいしいからいいけど。


 俺が椅子に座ったのを見計らって、ニャンベルは椅子から降り、俺の身体によじ登るように座った……向かい合う形で。

 対面座位。


「はぁー……」


 コアラかな?

 その姿を見て、ルデラフィアがこっそりと魔術書を手元に引き寄せていく。

 今の目配せはなんだ……そっちは任せたぜ、だろうか。


 俺とほとんど同じ体格のニャンベルに、やはり重さは感じない。

 酷く不安になる……吹けば消えてしまいそうな、危うさがある。

 ゆるく抱く形で、ニャンベルの頭を撫でる。


「シエラは、転移、準備無しで、できる」


「はい」


 肩に頭を乗せ、完全にだらけた格好で、耳元で囁くように唐突に説明が始まった。

 ちょっとくすぐったい。


「何百回か、跳べば、着く」


「魔力もたねェだろ」


 椅子を一つ空けたところからの突っ込みに、ニャンベルは反応を示さない。

 いや恐らく、言った本人もそんなことは分かっているのだろう。

 これは多分……確認作業。


「水の中、息できる、魔術が、ある」


「泳いでいくのは……、襲われますよね」


「片っ端から殺せばいいだろ」


 ほんとに物騒な人だなぁ。

 でもこの身体は多分呼吸を必要としていない……不可能ではなさそうだ。


「でも、水の流れ、やばい。人間じゃ、むり」


 そっちの海流の問題か。

 人力じゃたかが知れてる……四肢に魔力を通しても恐らく無理だろう。

 軽いしなぁこの身体。


 一息ついたニャンベルが、俺の耳たぶを噛んだ。

 なんで?


「はむ、はむ」


「……ニャンベルさん?」


 あ、こいつ俺の魔力吸ってやがる!

 せめて一言断りをですね……。


「はぁー……。空を、飛べる、魔獣に、乗ってく」


 ニャンベルは何事もなかったかのように話を続ける。

 相変わらずのマイペースっぷりだった。


「『月を背負う六つ羽根』『雲隠れ』『虹に棲む白竜』『山喰う二つ首』……飛ぶってだけならけっこういるぜ」


「へぇ……」


 全部初耳だけど、人間を乗せてくれそうな優しい子はいるんですかね。

 なんだか名前が仰々しいけど。


「何処に、いるか、全部、知らない」


「『雲隠れ』ならベスターハーゼンで目撃情報があったな。つっても人間がどうこうできる相手じゃねェぞ」


 海竜皆殺し説を唱えたルデラフィアが無理というレベル……?

 逆に気になって仕方がないけど、続きを促すようにニャンベルの髪を撫でた。


「じゃあ、自分で、空を、飛ぶ」


「……そんな魔術はないんじゃ?」


 さっき即答で否定されましたよ。


「魔術じゃ、ない。……シエラ、耳、出して」


 恐らく獣の耳のことだろう、目を切り替える。

 ふぁさ、と髪が揺れ、頭の上にソラのと同じそれが生えた。

 ニャンベルの小さな手が、それを摘む。


「すごい、ね。魔力の、変質。……羽根を、生やせば?」


「……っ」


 なんだか絵面が酷いことになりそうな気がするけど……確かに、盲点だった。

 いやでも、これは。


「それ、失敗した産物なんだろ」


「……はい」


 そうなんですよね。

 ソラの、『空駆ける爪』の魔力に自身の魔力を近づけようとした結果の、偶然の産物。

 もう一度同じことができるとは思えない。


「はぁー……」


 またも盛大な溜め息をつき、ニャンベルがもぞもぞと身体を動かす。

 椅子から降りるのかと思いきや、身体の位置を微調整しただけらしい。

 そのまま、静かな寝息を立て始めた。


 ね、寝やがった。


「えぇと、つまり」


「魔獣をとっ捕まえるくらいしか、可能性はないんじゃねェか」


「……ですよね」


 魔術に精通している彼女らが言うのなら、やはりそうなのだろう。

 行き先は、北か。



 魔術書を読みふけるルデラフィアを、すやすやと眠るニャンベルの髪を撫でながら眺める静かな時間。

 その横顔はとても綺麗で、黙っているとすごい美人だと改めて思わされる。

 一度口を開くとね、獰猛な何かなんですよね。


 そんなひと時の平和な空間に、ドアを開き入ってきたのは、ヴィオーネとソラだった。

 二人ともお風呂上りなのだろう、血色がいいけど……ああ、ソラの耳がぺたーんってなってる……。


「あら、まだ読んでたの」


「うん」


 ルデラフィアはちらりと見て頷き、また魔術書に目を落とす。

 ニャンベルは起きる気配はない。

 ぺたぺたと裸足でこちらに駆け寄るソラの目に、光がない……。


「ふふ、嫌われちゃったかしら」


 ぺろり、と舌を出したヴィオーネに、俺とソラの身体がぴく、と硬直した。

 ……何をされたのか察しました。


「それじゃ、ご飯にしましょうか」


 ドア横に控えていた侍女に声をかけるヴィオーネの顔が、つやつやしている。


「私は、お腹いっぱいだけど、ね」


「はは……」


 笑えない。



 三狂の魔女の長女、ヴィオーネ・エクスフレアは、『侵食』の魔術を得意とする。

 単純な戦闘力では妹二人に劣る彼女が、しかし最も恐れられる理由。

 その一端を、垣間見た気がした。

第二章終わりです。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

まだまだ続きますがお付き合いください。

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