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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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四十二話 テテとトト

 お風呂上りに一人、廊下を歩く。

 襲撃の跡が刻まれたそこかしこはまだ痛々しく、侍女たちが挨拶もそこそこに修復作業に没頭している。

 身体はさっぱりしたものの、足取りは重い。

 人間の舌ってあんな風に動くものなんですね。


 なんであんな手馴れてるんだよ……まさかここにいる子たちみんな毒牙にかかって……。

 いやいやまさかね。


「はぁ……」


 思い出すだけで『竜の心臓』の奥のほうが変な感じになる。

 ヴィオーネには絶対逆らわないでおこう……まだ身体のあちこちに熱くぬめるあの感触が残っているようだ。


 ダイニングルームの中は出たときと変わらず、ニャンベルとルデラフィアが仲良く魔術書を読んでいて、ソラは突っ伏して眠りこけている。

 いやぁ、平和ですね。


 俺の姿に気づいた三姉妹の末っ子が振り返り、目を僅かに見開いた。


「あァ、シエラ。……どうしたお前、ひでェ顔してるぞ」


 よっぽどなのだろう、普通に人の心配をするルデラフィアを初めて見た気がする……。


「大丈夫です、多分」


 嘘偽りのない返事をしつつ、気を遣われたのだろう差し出されたグラスを受け取る。

 なみなみと注がれていたぶどう酒を一気に飲み干した。


「……っふぅ」


 ニャンベルはこちらを全く見ることなく、魔術書に没頭している。

 キルケニス・オーグリアといったか、あの老人が書いたという魔術書『拒絶空間』、その中身は気になるけれど、ちらりと見たページは何一つ理解できそうにない。


「あの、侍女たちに話を聞いてもいいですか?」


「好きにしていい」


 あたしらはもう少しこれ見てるわ、と言い、ルデラフィアは再びニャンベルの頭に顎を乗せた。

 読みづらくないのかなあれ。



 気つけには丁度良かったのだろう、ぶどう酒を呷って少しだけ元気が出てきた。

 改めてロビーを通り、正面玄関から外へ。


 ぐるりと森に囲まれた見る影もなくなった庭園の跡を、何人かの四肢に結晶を生やした侍女たちが各々作業に従事している。

 その姿は懸命で、嫌々やっているようには見えなかった。

 あの三姉妹は彼ら『木々を食むもの』にとっては、悪くない雇い主なのだろう。


 その作業を眺めつつ見回すと、すぐに探していた二人を見つけた。

 同じタイミングでこちらに気がついた赤茶色の髪を無造作に跳ねさせた姉のテテが、大きく手を振った。

 すぐ隣にいた弟のトトも、控えめに手を挙げてくれている。

 ああ元気そうで良かった、けどやっぱり侍女の格好してますね……。


 そちらへ歩いていくと、我慢できなかったのだろうテテがすごい勢いで駆け寄り……跳んだ。

 四肢に魔力を込め、抱き止める。


「シエラさんっ! シエラさんっ!」


 犬みたいだなこの子。

 自分より背の高い人間が突撃してくる光景はなかなかに迫力があった。

 涙ぐみながら頬をすり寄せてくるテテの髪を撫でる。


「姉さん、ちょっと落ち着いて」


 遠慮がちに走り寄るトトに手を挙げると、ぺこりと頭を下げて、はにかんだ。

 ……似合ってますね、その服。言わないでおこう。


「トトも元気そうで、良かった」


「はい。……また姉さんがお世話になったみたいで」


 改めて頭を下げるトトも、目の端に涙を浮かべていた。

 引っ付いたテテを引き剥がそうと、トトの手が姉の服の裾を掴む。

 その遠慮がちな弟を手招き、頭をくしゃりと撫でた。


「……待たせたな」


 二人が、ぐ、と顎に力を入れたのが分かった。けれど多分それは失敗して、決壊した。

 あの小さな家で二人の名前を呼んだときのように、陽に映える髪を撫でる。

 あのときと同じで、ぽろぽろとこぼれ続ける涙は、なかなか止まりそうになかった。



「ちょっと聞きたいことがあって」


 ようやく落ち着いた二人を見やり、なぎ倒されたままの木の幹に腰掛けた。

 今は同じ格好した背丈も同じくらいの姉と弟は、黙って立っていると双子の姉妹に見える。


「ああそうだ、その前にこれ返しとく」


 腰の後ろに結わえてあったトトの短剣を差し出す。


「ありがとうございます。……でも、シエラさんが持っていてください」


 ここじゃ没収されますから、という言葉に、そりゃそうだよなと納得する。

 くるりと手の上で回し、太ももの上に置いた。


「話ってなぁに? シエラさん」


 後ろ手にゆらゆらと身体を揺らしながらのテテの声に、何から聞こうか少しだけ迷った。


「……ん。私は、この世界の神さまに会いたいんだけど」


 同じタイミング、同じ角度に首を傾げる二人。ちょっとおもしろい。

 先に口を開いたのは、やはり弟のトトだった。


「島に……『神域の庭』に行く方法、ですか」


「うん。海路は無理って聞いたんだけど」


 神さまとやらが居る『神の樹』は海を越えた先、世界の真ん中にあるということらしい。

 港湾都市リフォレから直行便とか出てないんですかね。


「そう、ですね……」


 考え込むトトを尻目に、姉のテテは俺が座る横倒しになった木を軽く跳び越えた。

 落ち着きないなぁ元気だなぁとその姿を眺めていると、テテは俺の後ろに立ち、息を呑んだ気配。

 ああそういえば、受け止めるときに魔力を……。


「シエラさん……これ……」


 この子たちの故郷は、魔族に滅ぼされたのだった。

 配慮が足りなかった、と心の中で反省しつつ、しかしどう答えたものか……。


「ふおぉ……っ」


 もふもふ。

 フリルになった層の隙間から外に顕現しているふわふわな白い尻尾に、奇声を上げながら戯れるテテ。

 あ、大丈夫そうですね。


「姉さん……。すみません、シエラさん」


「や、別にいいよ、うん」


 すごい勢いで頬ずりされているけど今はいいや。

 こういう会話はトトの方がスムーズに進むだろうし……。

 密かに俺の期待を一身に受けることになった弟のトトも、これは多分隠しているんだろうけど、ちょっとそわそわしてる……。


「はぁ~、すごい~、ふわふわ~……」


「……で、話の続きなんだけど」


「えっ。あ、はい。……えっと、『災厄』の後、外洋には『渦巻く海竜』が頻繁に目撃されるようになって」


 海に棲む竜。

 ヴィオーネが海路は絶望的と言っていたっけ。

 あの三狂の魔女の長女がそう言うからには、まぁ無理なのだろう。

 グレイス・ガンウォードも湖のほとりで相対したときに確か、海を越えてきたという言葉を鼻で笑っていた。


「シエラさん、魔術で飛んでいけばいいんだよ~」


 後ろからのその適当な声に、しかし考える。

 仮にそれが可能なら、海にいる竜など取るに足らない存在だ。


「姉さん、そんな魔術、僕は聞いたことないけど……」


「……テテ、何か知ってるの?」


「ふわふわ~……知らない~……」


 ですよね。

 空に浮かぶ大きな二つの月を見上げる……そういえば、空を飛んでいる生き物はまだ鳥くらいしか見たことがない。

 空を飛ぶ……飛行か。

 空間をすら転移する魔術があるのだから、ありそうなものだけど。


 後で三姉妹の誰かに聞いてみよう……『閲覧者』もあることだし、可能性は充分にありそうだ。

 と、とりあえずの結論を出したところで、トトが再び口を開いた。


「空を……あの、シエラさん」


「うん?」


「シエラさんは、『竜を統べる白き魔女』と呼ばれていると聞きました」


 そんな呼び名もありましたね。

 ああ、竜か……なるほど。


「竜を手懐けて飛んでいく、ってこと?」


「はい」


「かぁっこいい~……」


 かなり無茶な意見な気がするけど、トトの目が少し輝いている……男の子だもんね分かる分かる。

 竜の背に乗って大空を翔る、か。

 それはなんと言うか、とてもそそられますね。


「……竜の心当たりは?」


「この大陸のことはあまり詳しくないんですけど……北の山脈沿いに、竜に滅ぼされた都市があると聞いたことがあります」


 現実的ではない話だけど、それを言ったらこの世界自体、俺にとっては現実的ではない。

 一考する価値はありそうだ。


「うん、分かった。他にも何か思いついたら、教えて」


「っ、はい」


 少しだけ嬉しそうに答えたトトに、目の粗い櫛を手渡す。


「これは?」


 くるりと座っていた木の上で反転し、テテを捕まえる。

 声を上げ抱きついてきたテテはやはり犬のようで、跳ねた赤茶色髪からはお日様の匂いがする。

 首を廻らせ、横目で戸惑うトトを見やる。


「櫛、かけてもらっていい?」


 ぶんぶんと尻尾を動かす。


「は、はい」


 今日一番の笑顔で返事をしたトト、俺のお腹に顔を突っ込みふがふが鳴いているテテ。

 屋敷の窓からこちらを射殺すような視線を向けているソラ。

 ああ、起きたんですね……。


 傾いていく陽を受けて、頭上の月は存在感を増していく。

 空を飛ぶ、か。


 いつか月へ行きたいと語った少女は、どんな方法を思い描いているのだろう。

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