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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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四十一話 ヴィオーネ・エクスフレア

「おチビちゃんは、神様に会いに行くんでしょう?」


 俺が通されたのは、屋敷の二階にあるヴィオーネの私室だった。

 家具の類は少なく、大きなベッドと散乱する魔術書、何かに使うのだろう得体の知れない道具が散らばっている。

 この人、片付けられない人だ……。


 促され、そこだけは妙に整えられているベッド、その端に座る。

 香が焚かれているのか、空気それ自体が少しだけ甘く、重い。


「そうです、けど」


 そこまで話した記憶がないけど……どこで知ったのだろうか。


「ごめんなさいね」


 そういってヴィオーネは目の前に立ち、俺の頬に手を当てた。

 そのまま滑った手が、俺の左耳のピアスを片手で器用に外した。

 壊れていると、思っていた。


「……なるほど」


 全て筒抜けだったということか。

 しかし、これはお互い様か。

 俺も三狂の魔女を、利用しようとしていたわけだし。


 ……んん。ってことは。


「可愛い顔して相当なキス魔ね、あなた」


「……っ」


 あああああーーっ!!

 顔が熱い。血は流れていない筈なのに。

 だとしたらこれは魔力だ、感情の昂りに呼応して魔力が身体の中を駆け巡っている。

 部屋の中の魔素が見える、髪に違和感、獣の耳が生えたか、尻尾も登場してますねこれは。


「あわわ……え、えぇと、いや、その」


「別に責めてるわけじゃないんだけど」


 くすくすと笑いながら、ヴィオーネの手が俺の髪を撫でる。

 その手は優しく、油断するとほだされそうになる。

 落ち着け、主導権を握られるな。

 素数を数えるんだ、いち、にい、さん、よん……。


 ヴィオーネの長い指が、現出してしまった獣の耳を摘んだ。


「本当に面白い子ね……ふぅっ」


「ひゃぁっ」


 ……っ!?

 なんだ、今の、声は。

 背中をぞくぞくとした何かが駆け上り、体内の魔力がぎゅんぎゅんと廻る。

 獣の耳に、息を、吹きかけられたのか。


 見上げるように睨みつける。

 ヴィオーネの顔は俺の視線を受けて尚、笑みを絶やさない。

 うわぁ、すっげぇ悪い顔してる……。


「……で。話って、なんですか」


 咳払いをしつつ強引に舵を切る。

 魔術書に夢中になった妹二人と無防備に眠りこけたソラを置いて、ヴィオーネは俺を部屋に連れ込んだのだから。

 お話をしましょう、と言って。


「畏まってするものでもないわよ。……妹二人を篭絡した悪い子に、お仕置きしようと思って」


 篭絡て。

 長女という立場からしたらそうなる、のか……?

 ヴィオーネの瞳が妖しい光を湛えている……背中に冷や汗が伝う。


「冗談よ」


 そう言ってヴィオーネは再び俺の頬に手を添え、親指で唇を撫でた。

 ああ駄目だ、まだ耳が戻せない……。


「返り討ちにされそうだもの」


 その笑みは妖艶で、大胆に開かれた胸元に目が吸い寄せられる。

 恐ろしく綺麗な人だと思う、けど。

 長い指が頬から顎を伝い、首筋に滑る。


「世界の中心にある『神の樹』……そこに居る、というのは誰でも知っている」


 神さまのことか。

 良かった、話は本線に戻ったようだ……ヴィオーネの手は俺の肩を這っているけど。

 触り方がいちいち艶めかしい!


「だけど、その存在を目にした者は、かつて誰一人としていない」


 あの女、ヒイラギは確か、高密度の魔力体と言っていたか。

 しかしあの語り口は、それが居ること自体は……確信していたようだった。


 ヴィオーネの指は肩から後ろへ滑り、首の後ろを撫で回す。


「……ふぅっ」


「ひゃうっ」


 ちっ、くしょう……っ!

 背中に意識を持っていかれ、不意打ちでまた獣の耳に息が吹きかけられた。

 これ以上遊ばれてたまるか、と目の前の長身の女を除けようとして……気がつく。

 それは、あまりにも遅かった。


「……あの、ヴィオーネ、さん」


「なぁに、おチビちゃん」


 その口調は、舌なめずりをする、蛇のよう。

 腕が……動かない。


「何か、しました……?」


 恐る恐る聞いてみる。

 ふふ、と微笑みを浮かべた三姉妹の長女は、舌をぺろりと出して……俺の鼻を舐めた。


「強いて言えば、この部屋に、かしら」


 部屋……この匂い、空気、焚かれている、香。

 いや待て待て、この身体は毒とか効かない筈だろなんでどうして。

 焦りと恐怖と困惑とが顔に出ていたのだろう、ヴィオーネは薄く笑い、俺の背に回した手で、ワンピースドレスのリボンを解いた。


「……冗談、ですよね?」


 俺の問いへの答えは、獣の耳への甘噛み。歯を噛み締め、今度こそ声は出さない。

 ヴィオーネの細く長い指が、着るのがなかなかに面倒な服を、いとも簡単にするすると脱がせていく。

 やばいこの人手馴れてる……。

 転移だ、転移の魔術を……右腕が持ち上がらない……!


 上半身を覆っていたものが綺麗に剥かれ、代わりに絶望感が俺の身体を覆う。

 うおお! 動け! 俺の身体!

 魔力をフル動員した俺の全力の抵抗は、しかし獣の尻尾がシーツを撫で回しただけに終わった。

 あーだめだ、なみだでてきた……。


「なぁに、そんなに尻尾を振っちゃって……待ちきれないのかしら」


「ち、ちが……っ」


 た、助けて、ソラ!

 俺の胸中の叫びも空しく、軽く肩を押され……ベッドに押し倒された。


「泣いちゃだめよ、おチビちゃん。……興奮、しちゃうから」


「ひ……っ」


 ヴィオーネの舌が、へその下……『竜の心臓』に触れた。


「これも、アーティファクトかしら」


 唾液を含ませたそれが、肌と赤い結晶を交互に這う。

 指先が腰を撫で、早く答えろと急かす。


「『竜の心臓』……。に、二番目の、です」


「……そう」


 痛みはほとんど感じないこの作り物の身体なのに、今は酷く鋭敏に感じる。

 高機能だなぁちくしょうだれかたすけて。

 ぬるりとした熱を持ったそれが這い上がり、へそに到達する。


「どういうものか、教えてくれるかしら」


 へそに差し込まれた舌が、身体の奥を目指そうと水分を含み、音を立てる。

 熱い息が腹を撫で、肌をくすぐった。


「ま、魔力への、干渉……と。っは……ぁ、変質、です……」


 くすぐったくて、呼吸が苦しい。

 恐らく廻る魔力が暴走しているからだろう、なんかもう制御できそうにない。

 ああ、『地均す甲竜』がいれば……!


 なるほどねぇ、と呟きながら、熱い舌は身体の正中線をゆっくりとなぞっていく。

 同時に腰から腋へと柔らかく撫でた指が、俺の肩を掴んだ。

 鎖骨を這い、くぼみをねぶり、首筋を舐め上げる熱いそれに翻弄されそうになる。

 漏れそうになる声を噛み締める。


 逆転の目は、まだある。

 ヴィオーネの舌が首から本来の耳まで上り、耳たぶを噛んだ。


「左目、魔術が刻まれてるわね……それは?」


 やはり、分かるのか。

 自分で見たときは全く分からなかったけど。


「……城塞都市の、アーティファクト、です」


 覗き込むヴィオーネの目は爛々と輝き、少しだけ潤んでいる。


「羊皮紙のような見た目だと聞いていたけれど……」


 身体を這いずり回った舌が、俺の左目に狙いを定めている。

 覆い被さったヴィオーネ、その両手が俺の頭を抑えながら、耳たぶを優しくこねる。


「ま、って……ぇ、……っ」


「だぁめ」


 喉の奥から漏れた制止の声は、垂らされた唾液で抑えつけられた。

 続けて、にゅる、と焼けるような熱をもったそれが、眼球を這い回る。

 声が出ない。何故か懐かしいこの感触は、当たり前だけど慣れる気がしない。


 熱い涙がとめどなく流れ落ち、シーツを濡らしていく。

 いや違う泣いてなんかない、これはヴィオーネの唾液だ。

 だれでも、いいから、たすけて、まじで。


「これはどういうものなのかしら」


 涙なのか唾液なのか分からないそれを舌で舐め取りながら、ヴィオーネは質問を続ける。

 濡れた赤い舌が、目の前でちろちろと踊る。


「……ま、魔力が見える、目……です」


「それだけ?」


 考えがうまくまとまらない。

 あの感覚は、なんて説明すればいいのだろう。


「……多分、俯瞰……月が自分の、目になったように……」


「……なるほど、ね」


 拙い説明だけどしかしヴィオーネは納得したらしい、弄んでいた舌の動きがようやく止まった。

 お、終わった……?


「それで、神様のことだけど」


 終わってなかった……。

 ぺろり、と舌なめずりをしたヴィオーネ、その下あごから首筋が視界を過ぎ去り、豊かな胸が身体に押し付けられた。

 狙いは、俺の頭の上。


「え、ちょ……っ、ま、やめ……っ、~~っ!」


 その感触は、眼球を舐められたときとはまた別のベクトルの気持ち悪さだった。

 獣の耳に、熱い舌がぬるりと差し込まれた。


「……っ、ま、ぇ……っ、びお、ね……っ」


 神経をそのまま舐められているような。

 痛みはない、けれど強烈すぎる刺激は、そう、直接体内を侵食されているような感覚。


「は……っ、ぁ、ぁ……っ」


 ねぶられる音が、熱さが、頭の中を支配する。

 髪を撫でる手は優しいのに、一切の抵抗を許さない。

 涙が止まらない。左目がぽかぽかと温かい。


「『神域の庭』は……今は確か、魔族が支配しているのよね」


 見えないけど恐らく邪悪な笑みを浮かべているのだろう、濡れた獣の耳が甘く噛まれる。

 ヴィオーネの声が、ほとんど頭の中に入ってこない……!


「そしてそこに向かうにも、海路は絶望的」


「……それは、どういうこ……っ、お、……っ」


 無事だったもう片方の獣の耳に、熱い何かが流し込まれた。

 何かというか唾液だった。

 そしてそれを追うように舌が遠慮なくねじ込まれる。


 ヴィオーネの手が、ぎゅう、と俺の頭を抱えて自らの身体に押し付けた。

 その甘い匂いは、しかしあまりにも危険すぎる。


「うちの子たちなら、何か知っているかもしれないわね」


 この屋敷にいる『木々を食むもの』のことだろう、今は屋敷の中と外を総出で片付けている筈だ。

 二人の顔を思い浮かべる、けれど獣の耳に注ぎ込まれる熱い水音が思考を塗り潰していく。


 ヴィオーネの少し汗ばんだ身体が、焦らすように離れていく。

 警戒能力の象徴を唾液まみれにされ、シーツの海に横たわる俺の身体に、無事なところは最早ない。


 身動き一つ取れない俺の、頬のすぐ横に手をついたサディストは、顔をゆっくりと近づけてくる。

 きた……逆転の目。

 散り散りになった意識をかき集める。

 唇に口付けた瞬間、ヴィオーネ、お前の魔力を(限界ぎりぎりまで)吸い尽くしてやる……。


「……おチビちゃん」


 唇が触れるか触れないか、という距離で顔を止めたヴィオーネが、笑みを浮かべた。

 その笑みはまるで、捕食者のような……。

 ぺろり、と下唇が舐められる。


「悪いこと、考えてる顔よ」


「……っ」


 ……バレてた。

 胸の中で渦を巻くこの感情はなんだ。

 絶望だ。


 すい、と唇が離れ、顎から首筋へ熱く唾液を含ませた舌が滑る。


「物欲しそうな目をしてもだぁめ」


 指で唇をぷにぷにと突かれ、それに噛み付こうとして、避けられた。

 胸からお腹まで撫でながら下りた指先が『竜の心臓』で止まり、爪がその縁をなぞる。

 カリ、カリ、と。


 俺が部屋から解放されたのは、それから一時間後のことだった。

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