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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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七話 薄く青い出会い

 いつの間にか眠っていたらしい。

 夢は、多分見なかった。

 そしてあいつ……あの大きな狼のような姿をした魔獣は早起きだったのだろう。

 気がついたときにはいなくなっていた。


「ん……んんー……っ」


 起き上がり、伸びをする。

 身体が物凄く軽い。空でも飛べそうなほどに。


「さて」


 とりあえず陽が高いうちにこの森を抜けたい。

 意思疎通できれば、あの愛想の悪い魔獣に道案内の一つでも頼みたかったのだけど。


 一息ついて空を見上げた。

 白んで見える二つの月は、どうやら沈まず世界を見下ろし続けているらしい。


「んー……とりあえず、反対側まで回ってみるか」


 しかし慣れそうにないな、この女の子な声。



 森の中から野生の生き物が飛び出してきませんように。

 胸中で祈りながら、湖の縁に沿うように歩を進める。

 木々はまるで湖を避けるように根を這わせていて、アスレチックみたいだった森の中よりは随分と歩きやすい。


 左手に湖。右手に森。

 やはり生き物の姿は見当たらない。

 遥か遠く前方の対岸に道を切り開いたような……人の手が入った跡が見えるのが今のところ唯一の希望だろうか。


 歩きながら紙箱に手を伸ばした。

 これ、いつ見ても中身が減ってないんだよな……。

 あの女のローブも随分と不思議な構造をしていたようだけど……まぁ深くは考えまい。

 一本を取り出し口に咥えると、青白い火が独りでに灯った。

 見ようとしなければ目に映らない、魔素の煙。

 やはり今のところ空腹感はなく、乾きも覚えていない。



 二本目が宙に散り散りに消えたときだった。

 裾を軽く結い昨日より水かさが減っているような気がする、足首まで浸かるごく浅い水際を、景気良く蹴り飛ばしながら歩いていると。

 聞き慣れない、でもどこかで聞いたことのあるような言葉が、木々の隙間から聞こえてきた。


「■■■■! ■■■ ■■ ■■■■■!?」


 んん。

 素っ頓狂な女の声のようだけど、発音は全く分からないのに意味が理解できる。

 多分、「おいお前何で、いや何をしているんだよ」……って聞こえたんだけど。

 首を傾げる俺に対し、小走りで姿を現した言葉の主はかなり慌てた様子で、湖のほとりからこちらに手を伸ばした。


「■■ぅぶか!? なんっ、何して、はは早く出るんだよう!」


 ひいい、と口を歪めながら、酷く湖の水を恐れた様子で。

 いやそれ全然手、届かねーよ。三メートルは余裕で離れてるぞ。

 ……ん、あれ?

 今度は普通に話してるように聞こえたけど……なんだろう、この感覚は。

 頭の中の不思議な感覚に疑問符が浮かび、自然と俺の足は止まる。

 突然現れたそいつの口元を凝視する。


「うう動けないのか!? あひっ足動かないのか!?」


「……なるほど」


 口の動きと、言葉として理解した意味がズレている。

 恐らくこの身体の機能としての一つなのだろう。

 この身体は……あの女が、神さまとやらを殺す為に全てを注ぎ込んだと言っていたこの身体は、俺が考えているよりずっと凄いものなのかもしれない。


「早っくひいっいぃ!?」


 知らず、笑みを浮かべながら腰の引けた闖入者の方へ向かう。

 湖から上がろうとする俺の姿を見て尻餅をつき突然後ずさり始めたそいつは、よく見ると随分と珍妙な格好をしていた。

 背丈はあの女と同じくらいだろうか、今の俺より頭一つ分以上は高そうだ。

 両の手首から肩まで、そして両足も脚の付け根までぐるぐると薄汚れた包帯を巻いた……いや。

 よく見れば全身に巻かれた包帯の上に服を着ているらしい。

 左右で長さの違う亜麻色のキュロットに、同じ色の丈の短い厚手のシャツ。

 浅黒く見える肌は、顔と雑に巻かれた包帯の隙間以外、露出されていない。


 水を滴らせながら近づく俺に、なぜか逃げる包帯女。

 なんだこれ。


「わ、うわあっだだ大丈夫なっわあああ来ないでええっ!?」


「ええ……?」


 けっこうな速さで後ずさるその姿は、どこか虫を連想させる。カサカサ。

 随分と器用な……あ。


「ぐう゛っ?!」


 ガツン、と小気味良い音が包帯女の後頭部から発せられた。

 しっかりと根を張った大木は、当然の如くビクともしない。

 くぐもった呻き声を上げながら、当たり所が良すぎたのか悪かったのか……包帯女は受身を取る間もなく、顔面から地面に突っ伏してしまった。


「えええ……?」


 どうすんだこれ。

 恐る恐る近づき、声を掛ける。


「おーい、大丈夫ですかー……?」


 ピクリともしない。駄目そうだ。

 見る間に地面に染みが広がっていく。まさか出血を……いや、よだれだった。

 包帯女の近くでしゃがみ、指で頭を突いてみるも反応はない。

 くすんだ赤茶色の髪は癖が強いのかぴょんぴょんと跳ね回っている。

 その髪をいじっていると、既視感のある台詞が投げかけられた。


「おい、お前! 何を……して……」


 左手方向、やはり木々の間から現れたそいつは手に武器……ではなく、柄杓のような物とバケツを持っていた。

 髪と肌の色が倒れている女に近しい、少し目つきの悪いその少年は、伸びている包帯女と俺、そして湖……恐らくそこに続く俺の湿った足跡を見てから、力なく腕をだらりと下げた。


「あ、ああ。もしかして姉さんが、ご迷惑を……?」


 またか、という様子でこちらへ歩み寄る少年。

 口調は和らいだものの、その目は油断なく俺の頭からつま先までを注視している。

 じろじろ見られるのは構わないんだけど、何か勘違いをされている気がする。


「いや、えぇと……」


 答えようとしてふと気づく。

 向こうの言葉はどうやら理解できたけど、こちらからの言葉は果たして伝わるのだろうかと。


 しかしそれは杞憂だったようだ。

 現れた少年は、事の顛末を説明し終えた俺の言葉に一切の疑問を挟むことなく(それでいいのだろうか)包帯女を軽々と片手で抱え上げ。


「起きたら道案内させますんで……良かったら家で休んでいってください」


 と、驚くほど丁寧な対応をされてしまった。

 言葉が通じまともに話せる存在がなんでだろう、とても貴重に感じる……。

 お言葉に甘えてありがたくお邪魔させてもらうとしよう。


 ただ、前を歩き始めた少年の、腕と脚に巻きつけられた包帯。

 その隙間から覗く肌に、結晶のようなものが生えているのが少しだけ、気になった。

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