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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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三十八話 鈍色の魔術師

 ドアの先は窓のない閉塞的な、しかし灯りは多く、明るい廊下だった筈。

 本当にここは、あの時と同じ場所なのだろうか。

 敷かれたカーペットには血が染み込み、既に黒く酸化している。

 壁の灯りも無惨に割られ、まだ昼間なのに驚くほど暗い。


「良い趣味ですね」


 ソラの口調はいつにも増して攻撃的だ。

 廊下には死体と、何かの死骸と、調度品が散乱していて、砕かれた魔石がそれらを彩っている。


「……何が、起きてる?」


 ニャンベルの後ろ姿に声をかけると同時、目を切り替えた。

 廊下の奥……正面ロビーの方からこちらへ疾走してくる、何か。

 『吸血鬼』に手を添える、ソラが俺の手を離し、ニャンベルが壁をその小さな手で、ぺち、と叩いた。


 四肢が歪に長いヒヒのようなそいつが、壁から天井から床から生えた氷の腕に捕らえられ、ぎゅう、と圧縮された。

 ニャンベルが壁に叩きつけた手の平から、細かく砂状に砕けた魔石がさらさらと流れ落ちる。


「襲撃」


 ニャンベルが小さく呟いた声は、掠れていた。

 巨大な氷の腕がパキパキと音を立てて崩れ、狭い廊下をさらに狭く歩きづらくした。

 潰されたそれは、真っ黒な血を流して絶命している。

 ……魔獣、なのだろうか。


 三狂の魔女相手に、襲撃……?

 随分と豪胆な奴もいたものだ。

 あの動きの洗練された騎士団でさえ、相手取るのを躊躇していたというのに。


 あれ、もしかして。


「連れてこられた理由って」


「手伝って」


 三狂の魔女が苦戦するほどの相手、ということらしい。

 それ、俺がいてもどうにもならないと思う……けど、ソラなら或いは。

 ちらりと横目で見たソラは、私は嫌です、と目で語っている。

 ですよね。


「狙いは、アーティファクト」


「……なるほど」


 その言葉に、俺とソラが同時に反応した。

 つまり相手は……敵だ。

 フードを脱ぎ耳を動かし、鼻を鳴らしながらソラが口を開く。


「あの方の魔術の結集が、ここに? 匂いはしませんが」


「私の、部屋に、ある。隔離、してある、から」


 そっちの心配は必要ないらしい。

 だとすると……。


「外に、ヴィオ姉と、フィアが、いる。中に、石がまだ、残ってる」


「了解。……侍女たちを助ければいいんだな」


 ソラは溜め息をつきながら、しかし黒き魔女に関わる言葉が出たからだろう、少しだけ協力する気になったようだ。


「違う。シエラは、外」


 ……いやいや、外はヴィオーネとルデラフィアがいるんですよね。

 誰が相手できるんだよその二人を。


「助けて」


「……っ」


 その呟くようなニャンベルの声は、恐らく初めて聞く……感情が込められていた。


「……分かった。ソラ、悪いけど」


「はい。『木々を食むもの』ですね」


 言い終わるや否や、さらに狭くなった廊下を器用に壁も使って駆けていくソラは、廊下を抜けた直後に『空駆ける爪』本来の姿に戻り、姿を消した。

 追いかけるように足を踏み出し、付いてこないニャンベルを振り返る。

 転移の魔術によって消失するその目には既に感情の色はなく、ただ虚空だけを見つめていた。



 恐らく自室のアーティファクトを確保しに行ったのだろう。

 四肢にも全力で魔力を流し、言われた通り外へ向かう。


 細い廊下を抜けると大階段の裏に出て、迂回する……左手方向から耳障りな雄叫び、視界の端でさっき見たのと同じ姿の魔獣の首がちぎれた。

 ソラの姿を見やり、反対方向にも魔獣がいち、にぃ。

 後方、見上げた階段の上……、視界に入ったそれを考えるより先に、人差し指の付け根を噛んだ。


「ふぅ……っ!」


 左手で掴んだ『吸血鬼』の刀身で、ヒヒに似た魔獣の頭上から背まで一気に突き刺し、全力で魔力を吸い取る。

 まばたきの間にからからに乾いたそれから飛び降りた。


「……大丈夫?」


 腕に押さえつけられていた『木々を食むもの』……テテが這い出し、こちらを見上げるその目が、潤んだ。


「し、しえ……っふえぇ……っ!」


 テテは謎の言語を発しながら四つん這いのまま駆け寄るという器用な動きで、そのまま俺の足にしがみ付いた。

 相変わらず赤茶色の髪は無造作に跳ねている。


「トトは?」


「うえぇっ……あっぢ、隠れっ、ううぇ、みんなと、んえぇ……っ」


 途中ではぐれたのだろうか。

 階下では既に片方の掃討を終えたのだろうソラが、泣きじゃくる侍女を咥えて戻ってきた。


「地下室に行けば安全だから」


 テテのいつも以上に乱れた髪を撫でる。

 ……無事で良かった。


「テテ」


 名前を呼ぶと、肩をぴくりと震わせたテテの、まだぽろぽろと涙を流したままの両目が、こちらをじぃ、と見上げる。

 唇がわなないている……上手く言葉が出ない、そんな風に見える。


「ソラ、後は任せる」


 階下、大きな狼の姿をしたソラが小さく頷くのを見て、テテの癖っ毛をぽんぽんと叩いた。


「すぐ戻るから」


 返事を待たず、一階ロビーに転移した。

 黒いショートブーツに、涙の跡が残っている。


「……さて」


 やる気が出てきた。



 そして、既に半壊している正面玄関、その大きな扉を開け放つ。

 果たして。

 森を広く切り開いた空間、恐らく立派な庭園だったのだろうそこに、原型をとどめているものは見当たらない。

 ほど近く、見覚えのある長身の金の髪は戦闘中にも関わらず艶やかで、しかし紫基調の豪奢なドレスにも見えるその背中は、大きく切り裂かれている。

 間を空けて隣には薄い金の髪を束ねた、破壊力を無理やり詰め込んだ青く赤く眩い長大な炎の剣を手にして、その長い脚からは血が滴り落ちているが、僅かに青白い炎が舐めている。


 その近寄りがたい二人の背に、声をかけるか一瞬迷う。

 彼女らが相対する奥、見覚えのある風貌の少年、そして隣に立つ杖をついた老人。

 鈍色の彼らの周りには、屋敷の中で見た四肢が異様に長い猿だかヒヒだかに似た魔獣が、今まさに地面から生えてきている。


「あっ、師匠ー!」


 こちらの姿を認めた黒髪のボブカットの少年、ルッツ・アルフェインは、場違いに明るい声を上げ、手を振った。

 ぴく、と肩を震わせ振り向いたヴィオーネとルデラフィア、そしてその手から炎の剣が消失し、熱風が弾ける。

 目を僅かに見開き、二人に浮かんだ表情の意味は、俺には分からなかった。


 奥で無邪気な手の平が傾ぐ、察した二人の顔が振り返る、転移魔術で間に割り込み、魔素の揺らぎを『吸血鬼』で切り裂いた。


「あれ、師匠。面白い格好してますね」


 獣の耳と尻尾のことだろう。

 魔術を潰されたことに何も思っていないのか、世間話をするような軽い口調。


「おチビちゃん……そう、あの子が呼んだのね」


「えぇ」


 後ろからの声に振り向かずに答える。

 よくよく考えれば分かりそうなことだった。

 恐らく黒き魔女と深い関わりを持っていたであろうルッツ・アルフェインや鈍色のローブを纏った何者かたち。

 黒き魔女が遺したアーティファクトを回収する為に、ここに来たのだろう。

 それはヒイラギに献上するつもりなのか、別の何かに使うつもりなのかは分からないけど。

 ああ、『竜の心臓』は返上してくれたんだっけ。


「そこから出てきたってことは……師匠、もう用事は済みました?」


 用事とはつまり、三狂の魔女が持っているアーティファクトを取り返したのか、ということ。

 転移魔術に関してはもうこの身に刻まれている……いや、それはあの少年も見ている筈なんだけど。


「アーティファクト『閲覧者』、僕はまだ見たことないんですよねー、早く見たいなぁ」


 んん、また知らない単語が出てきた……。

 魔術書『転移魔術』ではなく、別のアーティファクト?

 もしかして俺が寄り道してる間に、三姉妹が別口で取得していたのだろうか。


 さて、しかし。

 彼らの目的がアーティファクトと俺なら、説得の余地はありそうだ。


「ルッツ。お主が言っとったのは、あやつか」


「? 言わなくても分かるでしょ」


 隣に立つ老人の問いに雑に返す少年は何故か苛立たしげだが、老人は意に介さず続けた。


「いや……恐らく違うぞ、あれは」


「はぁ?」


 険悪な口調で会話をしながらも、彼らの周囲には魔獣が生え続け、その数を増やしていく。


「ボケたの? どこからどう見ても師匠の魔力でしょ」


「上っ面は、な」


 そうして老人の手がゆらりと持ち上がり、号令を下す。

 両の手でちょうど数えられる魔獣が、一斉にこちらへ向けてその長い四肢を使い、駆け出した。


「見せてもらおう、そのハラワタ」


 老人のその声は、迫る魔獣の雄叫びにかき消された。

 彼らと魔獣、どれも見える魔力は気味が悪い。


「下がってろ、シエラ」


 その声に返事をするより早く、魔獣の眼前で一斉に魔素が捩れ、収縮、爆炎の花が咲く。

 空気が震え、熱と音の波が吹き荒ぶ。

 半数がルデラフィアの魔術でバラバラになり、そのちぎれた部位に別の魔力が絡みつく。

 空中で繋ぎ合わされた歪なそれは、まだ動ける魔獣へと襲い掛かり、端から見れば共食いの様相。

 ヴィオーネの魔術は相変わらず、背筋が寒くなる。


 いやこれやっぱり、俺がいる必要ないのでは……ちらりとヴィオーネの方を見る。

 目が合った三姉妹の長女は、指をくねらせ笑みを浮かべた。


「おチビちゃん、奥の本体よろしくねぇ」


 あ、はい。

 と言っても、鈍色を纏った二人からは、俺への敵意は感じない。

 老人の方は何か知っていそうだ……直接、聞いてみるとしよう。

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