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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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三十六話 継承される力

 ダルセイの屋敷の二階、広い客間。

 静かな空間で、二人と一匹は変わらずすやすやと眠っている。

 ……万が一、か。


 お腹に手を当て、『竜の心臓』に意識を集中する。

 そこに眠る小さな『地均す甲竜』は、外に現出するのにも俺の許可が……魔力が必要になる。

 都合よく呼び出される、そういう風に変質させられた……本来はおとなしい竜。

 悪いけどもうしばらく、働いてもらうぞ。


 コリン・クリシュを優しく抱き起こす。

 そのあどけない寝顔、半開きの唇からはよだれが垂れている。

 少し癖のついた栗色の髪を撫でると、ぱちり、と丸い目が開いた。


「んぇ……お姉さま?」


「おはよう」


 おはようございます、と頬を染め語尾をむにゃむにゃさせながら呟いたコリンを立たせて、俺はその目の前に両膝をついた。

 眼前にはコリンの薄い胸とみぞおち。


「あ、髪を結い直して欲しいのですねっ」


「いや、違う。……お腹、見せて」


 俺の言葉にコリンは何の疑問も持たず、丈の短いシャツを捲り上げた。

 露になったその柔らかな下腹部に、指で触れる。

 テーブルの上、俺の魔力が染み付いた白い葉を横目で見やる。


「もしこれから先、何かあったら……これを使って」


 目の前の少女の少し骨ばった腰を掴み、身体をかがめて……へその下に、口付けた。

 『竜の心臓』が、どくんと脈打つ。

 コリンの下腹部が熱を帯びていき、肌の下から紋様が浮かぶ。


「お、おねえ、さま? あ……っぁ」


 手の平の半分程の小さな紋様は、変質させた『地均す甲竜』そのもの。

 少し名残惜しく感じる滑らかな肌から唇を離し、紋様を指でなぞる。


「ふ、くすぐったい、です……っはぁ、ぁ」


 空っぽになった身体に俺の魔力を流し込まれ、下地はできていたのだろう。

 驚くほどスムーズに馴染んでいる。

 俺のお腹の下、何かが抜け落ちた感覚が、少しだけ寂しい。


「ふぁ……、これは……お姉さまの、魔術なのですか?」


「んー……、そうだね、うん」


 立ち上がり、テーブルから白い葉を一枚取って、コリンに手渡す。


「試しに、使ってみて」


 左手でお腹を押さえ、右手に白い葉を乗せたコリンは、言われるがまま魔術を行使する。

 その魔力の流れに淀みはない……ぼう、と青白い炎を上げた葉が消え、小さな『地均す甲竜』が手の平の上に現れた。

 ぎゃあ、と小さく鳴く竜と、きゃあ、と喜色の声を上げた少女、その二つが綺麗に重なった。

 うん、大丈夫そう。


「お姉さま、この子はなんというお名前ですか?」


「えーっと……『地均す甲竜』。そいつ、呼び出すときに魔力喰わせた分だけ、大きくなるから」


「ちーちゃん!」


 飲み込みが早いのか順応性が高いのか、そう叫んだコリンの手の平から『地均す甲竜』が青白い炎を上げて消失し、頭の上に一回り大きくなった『地均す甲竜』が現出した。

 そのどちらもだろう、そして魔術の素養の高さも後押しして、もう既に手馴れた扱いを見せている。

 ちーちゃんと名付けられた『地均す甲竜』も、なんだか俺のときより懐いてませんか……?


 その騒がしさにようやく目を覚ましたアイファ・ルクはあくびを噛み殺し、俺の方をじとりと睨んでいる。


「コリンばっかり……ずるい……」


 ああ、しまった。

 これは危惧していた流れに……。

 そして一緒に起きてきた隣のソラも、何故か目が据わっていらっしゃる。

 テーブル越しに突き刺さる、二つの視線。


「はぁ……寵愛ですか」


「いや、あれですよ。備えあればってやつ」


 なんで俺が言い訳しないといけないんだ。

 別にやましいことはしてないのに。


「年端もいかない女の子のお腹にちゅーして撫で回すのが備えですか」


「起きてたのかよ」


 というかお前全部見てたんじゃねぇか。

 何かが決壊したのか涙ぐむアイファを、ソラが頭を撫でてあやすという珍しい光景が展開されていた。

 いつの間に仲良くなったのこの子たち。


 んん。

 俺の魔力を内包していると危ないかもしれないよって説明をするべきか。

 その場合どこから話せば……。


「仕方ないですね。ここは私が一肌脱ぎましょう」


「……何をする気ですかソラさん」


 俺の言葉に、にやり、と不敵な笑みを浮かべたソラは、立ち上がり真っ黒なローブを翻らせた。

 青白く解けて消え去ったそれを目で追う……当然ソラは素っ裸になった。


「なぜ、脱ぐ」


「必要なことなので」


 そう言ってソラはアイファの服をするすると脱がせていく。

 随分と器用なことだ。

 ……いや、なんで?


「わ、うあ、わあぁ……っ」


 ソラの膂力に勝てる筈もない、涙目でされるがままに脱がされていく少女、アイファ・ルク。

 スティアラがいたら止めていただろうか。

 この家の主がいなくて良かった……いや違うそういう問題ではない。


「大丈夫だよアイファねぇちゃん! 女の子しかいないから!」


 コリンのフォロー(?)も残念ながら正しくはない。

 健康的に焼けた肌を晒され、涙目どころかぽろぽろと泣き始めたアイファ。

 確かクリシュ家はこの街の治安を守る役割がどうとか言ってたけど、その家の中で今まさに犯罪的な行為が行われている……。


「アイファ・ルク」


「なん、ですかぁ……うぇぇ……」


 妙に落ち着いた声色のソラはアイファの名を呼ぶと、恐らくの部屋の中で一番発育のいい胸を隠しているその手を掴み、引き寄せた。


「自分が無力だから、仲間を失ってしまった」


 その静かな声に、アイファの涙が止まった。


「それは辛くて、悲しいことです」


 切れ長の青い瞳は今、目の前のアイファを映しながら、遠い何かを幻視している。

 『空駆ける爪』という魔獣、その最後の生き残り。


「これは、私たちに伝わる『風の加護』です」


 ソラの鋭利な爪が、アイファの胸の真ん中を引っかいた。

 赤い血が滲み、青白い炎がそれを舐め、また爪が滑らかな肌を浅く傷つける。


「あのおっぱいの大きい女に付いていくのは、大変ですよ」


「……はい。分かって、ます」


 何度目かの青い炎が上がり、最後にソラはその薄く長い舌で傷跡をべろりと舐め上げた。

 固唾を呑んで見守る俺とコリンは、そのやりとりから目を離せずにいる。


「がんばりなさい、人間の娘」


 そう締めくくったソラの目には、何かが吹っ切れたようなアイファの顔が映っていた。


「あ……ありがとう、ございます。……えっと」


「ソラです。ソラちゃんでいいですよ」


 したり顔のソラは、しかしどこか寂しそうでもあった。

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