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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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三十五話 海風に揺れて

「こんな方法も、あるのですね」


 魔力の供与は普通は手の平を合わせて行うんですけど、と唇を撫でながら笑うスティアラは年相応に見えた。

 ……そうなんだ。できればそうしたいんですけどね。


 スティアラは目を瞑り、お腹に手を当てて呟く。


「しかし……この魔力。何十、いえ、何百もの色が溶け合い融合している……恐ろしく、なりますね」


 その魔術、その技術に。と語るスティアラは、しかしその口調とは逆に笑みを浮かべた。


「生きているうちにこのような、それこそ奇跡にも等しい出会い……私は幸せ者です」


 まだ二十にも届かない子が、達観したことを言う。

 ただ、それほどの重石を背負っていたのだろう、肩がこりそうな人生だ。

 いや、胸は見てないですよ。


 ああ、そういえば。


「これがあれば、誰でも簡単に除去できるんじゃ?」


 拾い物だしどうせなら、と『吸血鬼』の柄を差し出すと、やんわりと断られた。


「いえ……恐らく無理です。見たところその秘宝は、他者から魔力を吸収するだけのもの。

 純粋な魔力の刃を構成できる魔術師など、私が知る限りシエラ様しかいません」


「そうなんだ」


 あのどす黒い揺らめく刃は『吸血鬼』の特性ではない、だとすると……『竜の心臓』の影響だろうか。



 五佳人会議に向かうというダルセイ・クリシュに、事の顛末を全て話したいとスティアラも付いて行くことになった。

 残された俺とソラとコリンと……これはもしかしてまた子守りパターンですかね。

 しかし今回はもう一人、スティアラの従者アイファ・ルクも家に残されている。


 聞けばアイファは、コリンより一つ年上だという。

 背はちょうど俺と同じか、少し高いくらい。

 お姉さんぶったこの子に、私にも寵愛を、なんて言われる前に退散したい。


 ダルセイには、もうご自由にしていただいて構いません、と言われている。

 もうしばらくゆっくりしていただいても、とも。


 どうしたものかな、と窓の外を見やる。

 広場を一望できるこの場所は恐らくこの街の一等地なのだろう、今は真っ白になった『リフォレの大樹』の威容を存分に眺めることができる。

 様変わりした大木を見上げる人々の足からは忙しなさが抜け落ちたように見える。

 特に、魔術都市ソムリアよりさらに北、山脈を越えた先にある複数の都市国家の集合体、ベスターハーゼンと呼ばれる地域から来た人々には随分と好評だという。


 『リフォレの大樹』の問題(一部自爆による)は一応の解決を見たわけだし、もうこの街に長居する必要もないだろう。

 一度ウルフレッドに進捗を聞いて、魔術都市とやらに向かうか。


 外を眺めつつ出した結論を胸に、いつの間にか静かになっていた広い客間を振り返る。

 お高そうな柔らかなソファの上で、見た目年齢がほとんど変わらない少女二人と一匹が、並んで寝息を立てていた。



 あの様子だとしばらく起きないだろう、こっそりと窓を開けて遠く広場の反対側、教会だろう尖塔の上へ転移した。

 二階建ての建物より背の高い『リフォレの大樹』を見下ろしつつ、紙箱を取り出して一本を咥える。


 海からの冷たい風に、獣の耳が揺れる。

 薄く青い魔素の煙は宙に溶け、体内にもじんわり染み渡る。

 相変わらず紙箱の中は煙草に似たそれが充填されていて、一向に減る気配がない。


「あの女は……本当に神さまを、殺すつもりだったのかな」


 元の世界に帰ることを願い、その為の手段を構築することに全てを注いだ、黒い髪の女。

 未練はないと言っていた……それは、この世界そのものに、だろうか。


 この世界の人と話し触れる度に、自分の名前を、あの狭いワンルームの部屋を、思い出さなくなっていく。

 あの女は何十年もこの世界で過ごし、それでも尚、帰りたいと願っていた。


「……理由があったんだろうな」


 帰りたい、帰らなければならない、何十年経ってもそう思い続けた理由が。

 そこまでの強い思いが、俺の中にはない。

 だとしてそれは、この世界の神さまに会いに行かないという理由にはならないけど。



 微動だにしない、空に浮かぶ大きな大きな二つの月。

 コリンは、あそこに行くのが夢だという。


 元いた世界では、ファミコンよりしょぼいコンピュータで月面着陸に成功したらしい。

 この世界の天体がどんな法則で存在しているかなんて分からないけど、魔素やら魔術やらの存在する世界で、あの少女には魔術の素養がある。

 もしかしたらコリン・クリシュは、その夢を叶えるかもしれない。


 そういった可能性、それら全てを仮に消し去って元の世界に帰ることができると、そう言われたら。

 俺は、どちらを選択するのだろう。

 老いず、頑丈で、きっと悠久の時を生きられるだろうこの身体で、魔素が漂うこの世界で生き続けるのか。

 ここであった全てを忘れ一社会人として、それなりに山も谷もあっていつか結婚して家庭をもって、そんな当たり前の生活に戻るのか。


 あの女はこの問いに、即答できたのだろうか。

 今となってはもう分からないけど。


「もう少し、話してみたかったな」


 そう独りごちると……咥えていたそれが崩れ、青白い炎を散らして消えた。

 ……さて。


 そういえば、マクロレン商会に魔力でできた服を直せる魔術師を紹介してもらっていたっけ。

 服に関してはもう必要ないけれど……左耳に付けられたピアスに、やはり反応はない。

 これが直せるなら、もしかしたら三姉妹との連絡が取れるかもしれない。


 そんなことを考えながら、広場を見下ろす。

 雑踏としか表現できないその色とりどりの群集は、城塞都市のそれと比べて華やかに見える。

 あの街の下層は大分ごちゃごちゃしていたな……人も、道も、建物も。

 ここ港湾都市リフォレは道と建造物の規格がある程度定まっているのだろう、街並みそれ自体は手入れが行き届いている印象を受ける。

 反面、住む人々の色合いその混ざり具合は、あの町の比ではない。

 そしてその街の中央に穿たれた真っ白な点は、やはり異質さが際立っている。



 背中が、粟立った。

 何となしに見ていた人々が集まる広場、その中に見えた、鈍色のローブ。

 見えた魔力は濁り、吐き気を催す色をしている。


 嫌な予感が走る前に、人差し指の付け根を噛んだ。

 鈍色の真後ろに現出、した筈だが視界内にいない。

 突然広場に現れた獣の耳を生やした真っ白な髪をした少女に、辺りは静まり返る。

 そんなことはどうでもいい……どこいった?


「わ、可愛いなにあれー」

「うお、おお、し、白き魔女」

「クリシュ家に捕まったって」

「耳? あれ耳か?」

「本当に真っ白だぁ」


 ぐるりと見回す、やはりいない。

 失念していた……ルッツ・アルフェインと、恐らく以前に黒き魔女と関わりがあったのだろう鈍色を纏った者たちの存在。

 この真っ白に染まった俺の魔力を内包する『リフォレの大樹』、ヒイラギを信奉する彼らにとってこの木は、信仰の対象足り得るだろう。

 それは別に構わない、だけど問題なのは、俺の……彼らから見たヒイラギの『寵愛』を受けた二人が、どういう扱いを受けるのか。

 流石にいきなり殺される、なんてことはないと思うけど……。


 見上げる、ソラの魔力を目印に……騒がしい周囲を置き去りにして、転移の魔術を発動させた。


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