表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
72/170

三十三話 死臭はその身に宿り

 愛でることみたいな意味だった気がするけど……今の語り口だと、既にコリンは俺の寵愛を受けているということになる。

 んん、まだ会って一日とかそこらで、その言い方は大げさな気がするけど。

 俺のその反応に、スティアラは微笑みを浮かべた。


「この辺りでは、魔力の供与ができる高位の者から教え子に魔力を分け与えることを、そう呼びます」


 なるほど。

 俺の魔力供与っていうと……。

 不穏な話の流れを察したのか、ソラの寝息が止まり、フードの下で耳がぴくりと動いた。


「孫の魔術の素養は十二分ですが、まだこの年ですからな。監督役としてスティアラは適任かと」


「……いかがでしょうか、シエラ様」


 なるほどなるほど。

 結局ほとんど理解できなかった。


 今の話で分かったのは、あの葉っぱを魔術的な要素として使用する為には……いや、そもそも触れるには、俺の魔力が必要だということ。

 昨日ソラは普通に触っていたし、さっきのコリンとスティアラの様子からも間違いないのだろう。


 ソラは薄いと言っていたけど、あの大きさの樹木なら葉の数は数万はあるだろうし、利用価値はそれなりにあるのかもしれない。

 んー、これは単純な疑問なんだけど。


「……何に、使うつもりです?」


 監督役ただそれだけなら、別に俺の魔力など必要ない筈だ。

 それにその役目は、まだ会っていないけど、コリンの親が背負うべきだと思うけど。


「やはり、見抜かれて……いますね」


 何を?

 そう言ってスティアラは、ゆったりとした左腕の袖を捲り上げていく。

 その動きに俺とソラ以外のこの場にいる人間が、僅かに緊張したのが分かった。

 露になった痩せた腕には今まで見てきた魔術師が刻んでいた紋様ではなく、そして魔力の結晶でもない……生物の鱗に似た何かがまばらに生えていた。


「……説明の必要は、ありませんよね」


 あるよ?

 一から十まで説明してほしいよさっぱりだよ。

 けれど鎮痛な面持ちのスティアラにかける言葉がみつからない。

 それを察してか、控えていたアイファが口を開いた。


「スティアラ様は村に巣食った害悪を、その身に全て引き受けられたのです。どうか、お願いします。ご助力を願えませんか」


「アイファ。よしなさい」


「でもっ」


 寵愛とやらを求める本当の理由は、そっちか。

 横目で見たダルセイの表情に変化はない。恐らく知っていたのだろう。

 いや別に、俺に何かできるのならしてあげたいけど。


「アレを私的に使用することへの反感は?」


 ちらり、とダルセイの方を見やりつつ聞いてみる。

 今までの話からして、あの大樹は街に住む皆の……大切なものだろうから。

 それを利用して街を守る、という大義名分があるのなら受け入れられると思うけど、この場合はどうだろう。

 ぎり、と歯噛みしてこちらを睨みつけるアイファの顔は、およそ少女らしくない。


「スティアラ・ニスティの尽力は街の皆が知っております」


 髭を蓄えた『五佳人』ダルセイ・クリシュの顔は険しい。

 孫が師事する魔術師、という関係だけではなさそうだ、スティアラの目的を知っていて……隠していたのだし。

 ヒリつく空気に、コリンは俺の腕に顔を押し付けている。

 ソラは……また静かな寝息を立てている。

 この空気でよく眠れるなこいつ。まじか。


 正直なところ、この街がどうなろうと知ったことではない。

 ただ、助けたとはいえ巻き込んでしまったコリンが、面倒そうなことになるのは、後味が悪い。


 目を瞑る。

 小さく溜め息をついて、目を切り替える……そしてゆっくりと開いた。

 対面の二人はやはり、息を呑んだ。

 俺の頭の上に突然生えた、獣の耳を見て。


「それ、は……」


 僅かに目を見開いたスティアラ・ニスティの体内。

 流れる魔力は淀みないが歪んでいて、左肩から先の魔力の流れが完全に遮断されていた。

 魔術師ではない普通の人間でも、ほんの微かに流れているものなのに。

 腕の表面のそれはよく見ると鱗ではなく、恐らく魔力で構成された、骨に向かって突き刺さる歪な棘。

 左の肩から手首まで等間隔に、その数、十三本。

 玉虫色の表面が、僅かに胎動しているような……。


 対面の二人、その表情は硬い。

 恐らくこれが当たり前の反応なのだろう。

 村に巣食った害悪、と言っていたけど……それに魔族が関わっていたのだとしたら、少し無用心だったか。


「『死告の卵』ですか」


 いつの間にか目を覚ましていたソラが、つまらなそうに呟いた。

 頷いたのか俯いたのか、スティアラとその後ろのアイファは押し黙っている。

 ちらりとソラを横目で見る。

 それはなんですか教えてください。


「『骨喰わず』の別名です……ふあぁ……」


「……生物に寄生し、宿主の魔力を吸い取り成長する魔獣です。卵期に無理に引き剥がそうとすれば急激に体内へ侵食し、宿主の命を道連れにします。

 成長した後、体内から宿主を乗っ取り、また新たな宿主を探して徘徊する……宿主の骨をその場に残し、自らを骨と化して」


 あくびをしたソラの言葉を継いで、ダルセイがその正体を明かした。

 その声は重々しく、諦めの色が滲んでいる。

 棘の表面、鱗に見えたそれは卵だったのか。

 左腕に魔力が通っていないのは、なるほど自ら流れを止めている……餌を、与えない為に。


「腕を切るしかないのは分かっています。ですが魔術師として、魔女として。

 あらゆる可能性を試してみたいのです」


 それは悪あがきではなく、使命感。

 その目は澄んでいて、しかし悲痛の色はないけれど。


 ……そういう悲壮な覚悟は、あまり好きではない。

 ましてや、まだ若い女の子が。


「物理的に引っこ抜くのが無理なら、魔力を抜きとるのは?」


 ニャンベル・エクスフレアが俺から魔力を抜き取ったように。


「生きているものから魔力を奪う……並大抵のことではありません。それこそ、かの黒き魔女に匹敵する技量が必要でしょう」


 へぇ。

 いつも眠そうな掴みどころのなかった三姉妹の次女は、やはり相当の腕の持ち主だったらしい。

 魔力を奪う……俺も二つ、手段を持っている。

 一つは口で、もう一つは『吸血鬼』で。


「一瞬で魔力を吸い取れば、いいんですよね」


「……はい。ですがそんなこと……」


 左目に映る十三の魔力の小さな塊は、全て合わせても人間一人にも満たない。

 『吸血鬼』なら、いける。


「腕、見せてもらえます?」


 俺の言葉にスティアラは小さく頷き、震える左腕を持ち上げた。


「こう、身体を少し横に、腕は真っ直ぐで……ああ、そこです」


 訝しむ視線が突き刺さる。

 コリンとソラをそっと離し、『吸血鬼』に手を添えた。

 宿主に魔力的に絡んでいないのなら、問題ない。


「動かないで、くださいね」


 立ち上がりつつ、『吸血鬼』に魔力を流し……一直線に並んだ棘を、切った。

 細い棘と小さな卵にこの密度、確かな手応え。

 魔力だけを切るこのどす黒く揺らめく刀身は、スティアラの完璧な魔力の制御下に置かれた左腕に、一切の衝撃を伝えることなく通り抜けた。

 くしゃり、と軽くひしゃげるような音がスティアラの左腕から鳴り……部屋は静寂に包まれる。


「……え」


 スティアラとアイファ、二人の口から同時に漏れた声を聞きながら、『吸血鬼』の刀身を消した。

 吸い取った魔力は見立て通り人間一人分程。

 スティアラの腕を注視しても、腕に魔力の残滓は見えない。大丈夫そう。

 魔力を失った棘、その表面の卵からは色が失われ萎れている。


「物理的な除去は、任せます」


「え、あ……? は、はい」


 恐る恐る、といった様子でスティアラは手首にほど近いそれを摘み、ゆっくりと引き抜いた。

 傷痕から一筋血がながれ、玉かんざしを思わせるそれを、スティアラは震える手でテーブルの上にそっと横たえた。


 じわり、とスティアラの目に涙が滲む。

 アイファはそんなスティアラと俺とを交互に見て、ぽろぽろと涙を零した。

 遅れて理解したダルセイがやはり天を仰ぎ、コリンの小さな手が俺の服を摘んだ。


「ああ、ああ……」


 痩せた左腕を抱き、泣き崩れるまだ若い魔女は、その肩に一体何を背負っていたのだろうか。

 その涙はきっと、痛みだけではないのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ