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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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六話 夜更けの片道交流

 陽が沈んで間もないけれど、大きな月のおかげか辺りは思ったよりも明るい。

 餌、か。

 それはあまりにもぞっとしない……のだけど。

 うん、多分その線はないと思う。


 静かな湖のほとりに異音が響く。

 身体にも直接、振動として伝わったそれは……いびき、だった。

 そう、魔獣と思しき生き物は、熟睡していた。


 仮に食べるつもりなら、俺の意識が飛んでいる間に少なくともトドメを刺しておくのではないだろうか。

 逃げられても簡単に捕まえられるという自負があり、さらに狩猟行為そのものに楽しみを見出している、という可能性もあるにはあるけれど。


 自分の足先を見た。

 そしてその先の、湖の水際まで視線を滑らせる。

 何かを引き摺った跡が、ちょうど俺の足元まで伸びていた。

 多分、だけど。


(こいつ、俺を助けてくれたのか?)


 なんて考えるのは楽観的すぎるだろうか。

 知らない世界で原因不明のままぶっ倒れて、それを……世界を脅かす存在であるという魔獣に助けられる。

 いやいや、流石に都合が良すぎるか。


 俺は慎重に身体を起こし、周りをゆっくりと見渡した。

 見える範囲内にはこいつの他に何もいないようだ。

 すぐ脇に置かれていた服と紙箱を見つけて安堵する。

 ほとんど乾いていないそれを、軽く絞ってから着ることにした。


(……さて)


 時間どころか方向の感覚も全く分からない。

 人里に出ればどうとでもなると思っていたのだけど。


 立ち上がり、音を立てないように一歩、二歩……三歩。

 目に力を入れて、改めて辺りを見回す。

 湖には相変わらず、先が全く見えなくなる程の魔素が立ち込めている。

 ……あー、そうか。

 ちらり、と横目でまだ眠っている魔獣を見た。

 俺を食べる必要なんてない……餌は、いくらでもここにあるのだから。


 俺が一人で勝手に納得していると、突然魔獣のいびきがぴたりと止まった。

 そして一度低く唸ると、カッと目蓋が開き……大きなあくびを披露した。

 鋭利な牙が並ぶ口腔は、見るものに根源的な恐怖感を植え付ける。

 うん、あれは無理だ。丸ごとおいしくいただかれる自信がある。


 けれど、意を決して深呼吸をして……足を踏み出す。

 魔獣はこちらを青い瞳でじぃっと見つめ、身動き一つしない。

 その目を逸らすことなくゆっくりと歩き、手が届く位置まで近づく。

 魔獣が頭を持ち上げ、鼻をすんすんと鳴らした。

 外見は、二口で俺を食べられる、巨大な狼。


「あー……えぇと」


 俺が恐る恐る口を開くと、魔獣は鳴らしていた鼻を止めてこちらを見上げた。

 怖い。


「助けてくれた……んだよな?」


 魔獣が少しだけ目を見開いた、ような気がした。

 普通に話しかけてしまったけれど……伝わっているのだろうか。

 当たり前だけど、魔獣との意思疎通の手段を俺は知らない。


 魔獣はしばらく俺の顔を見つめると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 む、無視された……。

 そしてそのまま何事もなかったかのように目蓋を閉じて……どうやら眠りにつくようだ。


 しばらくぼーっと立ち尽くした俺は少しだけ迷った末、元の位置に戻った。

 その巨大な体躯をゆるく丸めた魔獣の、腹の辺りに。


 このまま立ち去ろうとも思ったけど、こんなサイズの生き物がいると分かった今、夜間の移動はちょっと怖い。

 暗闇から襲われでもしたらひとたまりもないだろう。

 幸いこいつに敵意は無かったようだけど、他の魔獣がそうとは限らないし。

 こいつが普通に肉食の野生動物という線もまだ捨て切れないけど。

 うん、ありがたく朝まで休ませてもらうとしよう。


 図々しく腹に体重を預けた俺を、魔獣は一瞥しただけで何もしてこなかった。

 できれば敵意がない、どころか友好的とさえ言える理由を知りたいところだけど。

 人間と魔獣は相容れない存在だと、あの女は言っていた。


 魔獣の体温と寝息に揺られながら考える。

 恐らくこの身体に睡眠は必要ないと思う。

 でもそれならば、なんでさっき俺は急に眠りに落ちたのだろう。

 眠ることが体内の魔素を節約するモードだとしたら、という仮説は、この場に満ち満ちている魔素が完全に否定している。

 うーん、さっぱり分からん。

 心臓の無い、人の形をしたモノ。

 あの女、昔話ばかりでこの身体の詳細はほとんどノータッチだったな……。


 魔獣の豪快ないびきと共に夜は更けていく。

 二つの月を見上げながら紙箱に手を伸ばした。

 見えない煙を吐きながらふと思い浮かんだのは……昔、まだ子供の頃に飼っていた、一匹の雑種犬のことだった。

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