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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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三十話 かりそめの拘束

 自由と平和の象徴である中央広場の大木には、最も暑い日に大輪の黄色い花が咲くという。

 その五枚の花弁になぞらえ、『五佳人』と呼ばれている五人の権力者たち。

 港湾都市リフォレはその成り立ち上、独裁は争乱を呼ぶ、という理念が根底にあり、都市運営は『五佳人』による合議制を用いている。


 その内の一人、ダルセイ・クリシュ。

 立派な髭と太い眉、初老に近いだろう男だが硬そうな髪には艶と張りがある。


 通された屋敷の二階の客間、大きな窓からは真っ白に変色した立派な大木が見える。

 ふかふかのソファに座る俺の左隣には、ダルセイの孫だという少女、コリンが腕に抱きつき、右隣にはソラがやはり腕にしがみ付いている。

 俺を挟んで睨み合うのは止めてください。


「これ、コリン。離れなさい」


「やー」


 対面に腰を下ろした男、ダルセイは広場で相対したときとは一転、柔和な笑みを浮かべている。




「綺麗で、眩しくて、あれはきっと『小月の姫』だったんだわ! き、キスでわたし、助けられたの!」


 一週間前に姿を消した少女が憔悴した姿で戻り、しかし外傷などはなく、寝起きの開口一番まくし立てた言葉に、一同は困惑した。

 きっとまだ混乱状態なのだろうと、誰もが取り合わなかった。

 そんな大人たちの態度に腹を立てた少女は、屋敷を抜け出し、おぼろげな記憶を頼りに街の外を目指すことにした。

 大好きな本、『双月物語』で読んだ……本では髪の色は銀だったけど……儚くも凛々しい、民を率い皆にお姉さまと慕われていた、そして少女を助けてくれた『小月の姫』を見つけに。


 そして少女は見たのだ。

 この街で生まれ育ち、物心ついたときからずっと大きく、これからもずっと大きく見守り続けていくのだろう、巨大な街のシンボル。

 それがほんのまばたきの間に、真っ白に……あのとき薄い意識の中で見た、真っ白な『小月の姫』と同じ色に姿を染めた。

 そして人々を掻き分けた少女の見ている前で、ふわりと降り立ったのだ。

 ああ、ああ。

 少女はきっと、このときの光景を、生涯忘れないだろう。




 ……という内容の、コリンの目を潤ませながらの熱弁を経て、ダルセイ・クリシュの屋敷へ迎えられることになった。


 街では一月程前から人さらいの話が増え、そして誰一人戻ってこなかったという。

 そんな時期の可愛い孫の失踪、その心痛は察するに余りある。


「黒き魔女を崇拝する集団ですか……噂では聞いていましたがなるほど、どうりで」


 コリンを助けることになった経緯を掻い摘んで話すと、何か合点がいったのか、ダルセイは髭を撫でながら頷いた。


 そして、白き魔女と呼ばれていることと、黒き魔女が遺したアーティファクトを集めていることを併せて伝えた。

 大勢に見られたであろう獣の特徴については、こちらからは触れないでおく。


 怪しい魔術師の集団はちらほらと目撃情報があったらしい。

 が、彼らの目的も素性も分からずじまいで放置されていたという。


「城塞都市と魔術都市が近々また衝突しそうでして」


 魔族の侵攻、『災厄』より以前から二つの大都市は、領土を巡り度々ぶつかってきた。

 どちらにも属していないいわゆる中立都市のここも、その衝突による影響は良くも悪くも大きい。

 人の、物資の、そしてお金の。


「それに隠れて乗じて、悪さをする輩が後を絶たない?」


「そういうことです」


 つまりあの集団は氷山の一角ということらしい。

 あらゆる道から通じ、あらゆる人が物が交わるという港湾都市リフォレ、そこに根付く問題は深そうだ。


「もちろん、白き魔女殿の噂は多く耳に入っております」


 この街の、そしてその立場上、そういった話には敏感に為らざるを得ないだろう。

 だからこそこの待遇は、奇跡にも等しい。


「私にとってあなたは、可愛い孫の命の恩人です」


 難しい話が続いたからか、コリンは俺の太ももに頭を乗せ、寝息を立てている。

 身体を廻る魔力は穏やかで、魔術師の家系なのだろうか素養は高そうだ。

 栗色の髪を見つめるダルセイの目は、街を守る『五佳人』のそれではなく、一人の優しいおじいちゃん。


「だからこそ、街を預かる一人として……首に五十枚の金貨がかけられているあなたを、放任するわけにはいかないのです」


 緊張が伝わったのだろう、ソラの耳がピンと立つ。

 価値はいまいち分からないが、口調からして争いごと厄介ごとの火種となるには充分過ぎる額なのだろう。

 港湾都市リフォレの治安維持や防衛を担当しているというダルセイ・クリシュにとって、白き魔女の存在は簡単に容認できるものではない。


「本当に、申し訳ない」


「いえ、そんな」


 深々と下げられた頭に、広い部屋そのドアの横に立つ従者の女が僅かに反応した。

 一介の人間、それも賞金首に頭を下げるような立場ではないことが窺える、その秘めた覚悟と思いはいかばかりか。


 正直、あの場で取り押さえられなかっただけでも御の字なんだけど。


「『リフォレの大樹』については、他のものには私から上手く説明しておきましょう」


「……よろしくお願いします」


 あれは結局、元に戻せそうになかった。

 木そのものの生命活動に支障はなく、色素が変化しただけだろうというのが彼らの見解だった。

 『五佳人』の孫の熱弁もあり、意外と人々の受けは良いらしい……そのままでも大きな問題はないだろうとのこと。

 ただやはり街の古くからの象徴、この街では『リフォレの大樹』を悪戯に傷つけたりするものには、当然厳しい罰則が下される。


 コリンの柔らかい髪を撫でる。

 まだ本調子ではなかったのかもしれない、少女の体温は高く、眠りは深そうだ。


「今日のところは申し訳ありませんが、家に泊まって頂けますか。表向きには聴取及び軟禁ということで……コリンも喜びます」


「えぇ、喜んで」


 それくらいならお安い御用だ。

 精緻な刺繍が美しいテーブルクロス、その上のカップを手に取る。

 紅茶色の澄んだそれはシナモンのような香りがして、少し癖がある。

 きっと高いんだろうな、と思いながら口をつけた。


 屋敷の中は好きに使ってください、と言いダルセイは席を立った。

 ドアの横で静かに佇んでいた魔術師だろう従者の女も、一礼して部屋を出ていった。


 残されたのは俺とソラと、眠っているコリンだけ。

 自由にしていいと言っても、これはあまりにも無防備すぎやしないだろうか。

 金貨五十枚と言っていたか、恐らくけっこうな額の賞金だ。

 自身の目によほど自信があるのだろうか、それとも。


 窓の外、昼間の光を浴びる雪化粧を施されたような、真っ白で大きな木を見上げる人々。


「……で、ソラ」


「はい」


「それは、何」


 ソラの手元には、あの木から摘んできたのだろう白い葉っぱが何枚か。

 わざわざ持ってきたということは……。


「これ、シエラちゃんの匂いがします」


 うわー、やっぱりかー。

 ということは、あの木を覆う薄い魔力から俺を特定して……いや、そもそもあの外見だ、一発でバレるだろう。


「と言っても相当薄いですよ。あの魔布ほどではないです」


 あれはすごいですよ、と言うソラの口元は緩んでいる。

 そんなにか。

 製造方法を知られたら大変なことになりそうだ……絶対に言わないでおこう。

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