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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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二十九話 廻り廻って

 巨木の下は喧騒を取り戻していた。

 獣の耳が生えた頭を、ソラの手が優しげに撫でる。


「ふふ」


 何その慈愛に満ちた顔……。

 ようやく落ち着きを取り戻した俺は、消えたワンピースドレスを再び身に纏う為、立ち上がった。


「お、やる気ですねシエラちゃん」


「うん」


 やる気ですよ。

 いつまでも素っ裸のままでいるわけにはいかないだろ。


 幹に手を添え、街を一望する。

 広場の中央、この大木より背の高い建物は片手で数えられるくらいしかない。

 陽はまだ頂点に達しておらず、風も穏やかで肌寒さは感じない。


 息を深く吸う。ゆっくりと吐く。

 両の手でお腹を押さえ、掴んだ感覚、構成の再現。

 『竜の心臓』が熱をもち、大きく脈動する。

 どくん。

 どくん。


 肌を舐めるように青白い炎が揺らめき……お世話になり続けた白いふわふわなワンピースドレスが、露になった肌を再び覆い隠した。


「……よし」


 今度こそできた、胸中でガッツポーズ。

 尻尾の窮屈感がない……層になったフリルレースのどこかから外に出ているようだ。

 マイナーチェンジできたらしい。


「おお。……あれ」


 素直に感心したようなソラの声色に、僅かな焦りの色が混じる。

 なんだろうと思う必要もない、俺の身体を舐め回した魔素を燃やす青白い炎が……延焼している!


「あわわわわ」


 大木の立派な幹を太ましい枝を生い茂る葉を、まばたきの間に薄く淡い、青い炎が包み込んだ。

 熱くはないし本当に燃えているわけではない筈だけど、ああ、視界が青く染まる。

 あの目覚めた洞窟のように。


 燃え盛る青い炎はそれこそ数秒間だけのもので、パニックに陥りかけた広場の騒ぎはすぐに収まった。

 が、喧騒よりも今は耳に痛い、水を打ったような静けさが広場を埋め尽くす。


「……どうしよ、これ」


 貪欲に陽を浴びようと枝を伸ばし続け、青々とした葉を広げていた港湾都市リフォレのシンボル、その巨大な樹木が、真っ白に……まるで凍りついたかのような、穢れのない白に覆われていた。

 『白き魔女』その髪と、同じ色に。



「これは何事だ!」


 なんとか戻せないかと思案していると、広場に低い男の声が響き渡った。

 広場にざわめきが戻る。

 ここに居ればバレないだろう、というか誰にも見られてないし犯人分からないよね……?


 ソラから荷物を受け取りしまい直す。

 獣の耳を動かしながら考える……魔素それ自体は見えなくても、魔術によって起きた現象は視認できる。

 あの青白い炎は恐らく魔素か魔力への反応……誰にでも見えていた、ここの跳ぶ前のアレも、多分何人かには見られていた。


「……時間の問題か」


 重なる枝葉でよく見えないが、広場で声を上げた男のもとに続々と人が集まっているようだ。


「街の象徴がこのような……嘆かわしい」

「原因はなんだ! 分からなくては対処のしようもないぞ」

「病の類かもしれん、しかしそうなると」

「魔術師の仕業という目撃情報が幾つか……」


 厄介ごとに巻き込まれたくないのだろう、掲示板からは少しずつ人が離れていくが、綺麗だねぇと遠巻きに見上げる声も残っている。

 ……諦めて名乗り出よう。


「そこで待ってて」


 ソラの返事を置き去りに、密度の薄いところから枝を伝い降り、飛び降りた。

 翻るスカートを押さえ、着地。ソラ程ではないが大分慣れてきた感がある。

 いつでも迎撃、若しくは転移できるように心構えはしておく。


 憶測が飛び交う中、見るからに雰囲気の違う集団が広場に残る人々から聞き取りをしていた。

 この街を管理するお偉いさんに類するのだろう、しかし会話は中途半端に止まり、視線がこちらを向く。

 遠巻きに見る人々も野次馬も、様々な目的を持って残っていたのだろう人々も、大木の下に降り立った白い少女に視線を注いだ。


 ……めっちゃ見られてる。

 それはそうだろう、どこからどう見てもこの現象の犯人だ。

 幸い敵意や殺意みたいなものは感じない…対応を間違えれば、そちらに転ぶかもしれないけれど。


 一際大きい声を上げた人物だろう、恐らくこの場で最も立場が上の人物が、両脇に二人の従者を連れ歩み寄ってきた。

 三人とも魔術の心得がありそうだ……従者の二人は落ち着き風格のある女性だが、何故か怯えているように見える。

 中央、従者よりは頭一つ分背の低い男だが、髭をたっぷり蓄え随分と威厳がある。

 その顔は、険しい。


「主様、これ以上は」


 会話するにはまだ遠い距離で立ち止まった彼らの表情に浮かぶ、警戒と恐れと……これはなんだろう。

 従者の二人、その腕に魔力が走るが、攻撃の意思は感じない。

 近づいてきた三人を遠巻きに眺める人々の間には、緊張と好奇心が混ざり合っている。

 ああしまったフード被ってない、獣の耳も尻尾も隠し忘れていた……。


 選択肢は……二つ。

 とにかく謝る。ごめんなさいする。

 この見た目で全力で謝れば許されるんじゃないかなぁという考えは甘いだろうか。


 もう一つは、と考えていると……距離を置き相対する彼らの後ろ、人々の輪から子供が飛び出し、突撃してきた。

 周囲の制止を振り切った、傍目には無邪気な暴走。


「コリン!」


 脇を走り抜けたその姿を見て、髭の男が低い焦りの声を上げた、しかしその子供……少女の勢いは殺せなかった。

 焦燥とともに、彼らの四肢に魔力が一斉に走る。


「お姉さまぁっ!」


 少女の目は輝き、声は喜びに澄みきっていた。

 一歩を踏み出そうとした彼らは困惑に固まる。

 大木の根だろう、僅かに隆起したそれにつまずき、勢いそのままに宙に浮いた少女の栗色の髪が風に揺れた。


 思わず苦笑いが浮かぶ、右手の人差し指の付け根を噛む……少女を抱きとめた。


「お姉さまっ! 感謝を伝えに参りましたっ!」


 瞳を潤ませ見上げる、コリンと呼ばれた可愛らしい少女の言動は、少し背伸びをしていた。

 もう走れるまで回復したのか、と驚きつつふわふわした栗色の髪を撫でる。

 相対する男と従者の走らせていた魔力が静かに霧散した。


「ああ、お姉さま、お姉さまぁ……」


 猫なで声を上げ、胸元で頬を擦りつける少女に空気は和み……多分、助かったのだろうけど。


 その呼び方はちょっとやめてほしい。

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