表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
65/170

二十六話 剣戟は鋭く

 人差し指の付け根を甘く噛む。

 この身体の中に刻まれた、転移の魔術を発動させる。

 この目にこの耳に、潜む彼らの魔力も息遣いも衣擦れも全て把握している。


「魔女、め……っ!」


 死角を消す為の配置はしかし完全ではない。

 孤立する二人一組の彼らは、居場所を悟られた時点でその場を捨て密集すべきだった。

 壁を越え、障害物の先の魔力を見るものの存在など、本来は有り得ないのだろうけど。


 突如として消え、そして現れる真っ白な少女の姿は、彼らの目にはどう映っているのか。



「これで、六人」


 物陰の拠点を三つ潰したところで、残りの潜んでいた魔術師たちが飛び出し、開けた場所へ集結した。

 合わせて七人か。

 ここにはけっこうな数がいたんだな。

 それだけ本気だということか。


 腕に自信があるのか、それとも俺をこの場所に呼び出したから用済みなのか。

 寝転がるソラを利用する者はいないようだ。


 索敵の魔術を使う気配はない。

 崩れ朽ち欠けた壁越しに魔力を見やる。

 彼らは遠距離戦を捨てたのか、四肢と手に持つ獲物に魔力を流し、迎え撃つ構え。


 流石に迂闊に飛び込めば返り討ちだろう。

 この目この身体は一対一ならなんとかできる自信があるけど、対複数はまだ経験がほとんどない。


「……はは」


 思わず笑みがこぼれる。

 少しの間に、考え方が随分暴力的になってしまった。

 人を殴ったこともなかった俺が、今は平気で刃を人に向けている。

 いや、この『吸血鬼』は物理的には斬れないから、精神的な負担が少ないというのもある。

 いい拾い物をしましたね。


 警戒する彼らに隙らしい隙は見当たらない。

 ソラの枷を外せれば後は任せるんだけど……頑丈そうなあれを外すのは無理そうだ。


「あ」


 ふと思いつき、お腹の『竜の心臓』に意識を向ける。

 せっかくだ、試してみよう。



 彼らの前方、距離を取った位置に転移で現出した。

 剣を構える彼らの目は険しい、空気がひりつく。


「その耳……よもや魔族とはな」


「えっ、違いますけど」


 急に何を言い出すんだこいつ。

 そういえばディアーノ爺さんが言ってたっけ……そういう特徴を有したものがいたとか。


「その、人を惑わす髪と美貌。獣の耳。およそ人間では、ない!」


 酷い言い草だ。

 確かに人間ではないけれど。後すみません、尻尾も生えてるんですよ……。


「まぁ、そうですね」


 右手を前に差し出す、手の平は上に。

 相対する彼らは身構えたが、俺の意図を察することはできなかったようだ。

 その反応……攻撃魔術を射出するには、やはり相手に手の平を対象に差し向ける必要があるのだろうか。


「おいで」


 『竜の心臓』が熱を帯びる。魔力をこれでもかと注ぎ込む。

 右腕を伝う魔力は以前より雄雄しく、激しい。

 薄闇を吹き飛ばす薄く青い炎の奔流、目くらましにも使えそうだな、そう思った次の瞬間には、目の前に『地均す甲竜』が現れていた。


「……大喰らいだな、お前」


 おどけながら言う、現出した『地均す甲竜』はあれだけ注いだのに元の大きさにまでは足りなかったが、変化したソラより一回りほどでかい。

 威圧するには充分に巨大な体躯、その背に飛び乗る。


「しょ、召喚の魔術……っ、く、おぉぉっ!!」


 召喚の魔術とやらはよく分からないけど、多分違うと思う。

 気圧されたかに見えた彼らは、しかし『地均す甲竜』を囲むように足を踏み出した。


「急に呼び出して悪い。適当に暴れてくれ」


 通じたかは分からないが、ぎゃあ、と一声鳴いた『地均す甲竜』は、その場で岩のような翼を広げ地面を打ちつけた。

 左右に二人ずつ回りこんだ、正面は遠距離魔術の構え、転移の魔術を発動させる。


「ほっ」


 向かって右側に回りこんだ、威嚇の羽ばたきに怯んだ男の後ろに現出し、無防備な肩から背中へ撫で切る。

 根こそぎ魔力を吸い取り、そのままもう一人へ突っ込む。


「お、……オォっ!!」


 やはり反応がいい、そして速い。

 気合の声とともに上段から振り下ろされた切っ先が、急ブレーキを掛けた俺の左肩を浅く引っ掛けた。

 すぐに踏み込み切り上げた『吸血鬼』の刀身を受けようと、男は剣を引く。

 無意識に笑みが浮かぶ。


「ぐ、う、お……っ」


 月明かりを照らし返すその刃を僅かな抵抗とともにすり抜け、どす黒い刀身が男の身体を、ず、と通り抜けた。

 刃を通したときの感触にバラつきがあるのは、恐らく内包する魔力の量か。

 薄く光を放つ何かしらの魔術が刻まれている長剣、これが一番抵抗がある。

 危険度はやはり高そうだ。


 魔素の揺らぎ、連続する爆発音。

 正面にいた三人だろう、『地均す甲竜』とついでに俺を狙った魔術は、岩のように硬く重い翼で遮られた。


「ありがと」


 俺の身体より太い脚をぽんと叩き、翼が持ち上がり視線が通る前に転移の魔術を発動。

 正面の三人、その後ろに現出する。

 魔力か気配か、察知していち早く剣を振り上げながら振り返る中央の男、その圧力に気圧され、反応が遅かった向かって右の男に狙いを変える。

 狙いの男が振り向く、左から咆哮、視界の端で魔素が捩れる、間に合わない、腕で顔を覆う。

 衝撃で身体が少し浮いた。


「わっぷ」


 二歩三歩と後ずさった俺に追いすがる男、目の前の『魔術の起こり』を切り払い、もう一歩……後ろには下がれなかった。

 腰だめに構え身体ごと突っ込んでくる、避けられない、歯を食いしばり『吸血鬼』を突き出す。

 ズ、と目の前の男の腹に刀身が埋まりそれと同時に、ガキン、という音が俺の背中から聞こえた。


「……っく、ぅ」


「お、……ま、じょがぁ……っ!」


 身体を貫通した長剣、その刃先が後ろの石壁に当たった音か。

 相打ちになった男から魔力を一気に吸い取り、その後ろ攻撃魔術が飛んでくる前に、右手の人差し指の付け根を噛む。


「はっ、ぁ……ふぅ」


 その場で駄々をこねるように地面を均す『地均す甲竜』、その背に戻った。

 刺されたのはわき腹か、痛みのような感覚はあるけど思ったほどではない……血のような魔力が流れ出て、薄い青白い炎を上げている。

 この恐ろしいほどに頑丈なワンピースドレスをも貫通した、あの長剣に走っている魔術のせいか。


 眼下、一人が朽ちた壁際で相打ちに倒れた男のもとに駆け寄り、もう一人……髪を手で撫で付けこちらを睨む男。

 『地均す甲竜』の近く、向かって右の二人は俺に魔力を吸い取られ倒れ伏している。

 逆側は一人が気絶しているのか、残った一人がそれを引きずって後退していた。


 周りの敵を排除して安心したのか、ぎゃあ、と鳴いておとなしくなった『地均す甲竜』の背、ごつごつした突起を撫でる。

 どうやら引く気はないらしいまだ動ける残りの三人は、互いに視線を交わし頷くと、懐から何かを取り出した。

 あれは……魔石か。


 ガチ、と魔石を歯で挟む彼らの形相は険しく、冷たい覚悟が滲んでいる。

 身体に四肢に、そして握る長剣に追加で魔力が流れ込む、明らかに許容量を超えている。


 左から一人、正面から二人。

 突撃せんと足を踏み込んだその瞬間、転移の魔術で左の男の真後ろに現出した。


 腰の辺りを狙った刺突は届かなかった。

 『地均す甲竜』に彼らの切っ先が触れるのを見て、魔石を使った四肢への強化が俺の想像を超えていたことに気がついた。


「……戻れ!」


 ぎゃあ、と痛みに鳴く『地均す甲竜』の巨体が青白い炎に包まれ、消失した。

 お腹の『竜の心臓』が鳴動する。

 呼び出すときに注ぎ込んだ魔力も回収できたようだ。

 お腹に手を当てる……もう一度呼び出すか、少し迷う。


 ぶん、と目標を失った光輝く長剣が振るわれ、互いに距離を置きこちらを睨みつけるは三人。

 さっきまでは恐らく俺の方が速かった筈だけど、今はどうだろう。

 体捌きは明らかに相手の方が上、接近戦は不利……いっそ、全部相打ち狙いでいくのも手か。


 少しずつ距離を詰められ、じりじりと後退する。

 転移しての奇襲も通じそうにない……と、冷や汗が頬を伝ったとき、足にコツンと何かが触れ、倒れそうになった。

 ああ、彼らが落とした剣か。


 ……いいこと思いついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ