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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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二十五話 月夜に舞う亡霊

 すっかり暗くなった世界を一人歩く。

 と言っても、相変わらず大きな二つの月は我が物顔で世界を見下ろしているし、目は魔素と魔力を映し出しているので、歩みに支障は一切ない。


 もう随分と長い間、人の往来がないのだろう。

 魔族によって滅ぼされたという村への道は草で覆われていて、歩き難いことこの上ない。

 フードの中で獣の耳が窮屈だけど、もう少しの我慢だ。



 しばらく背の高い草を掻き分け歩き続けると、前方ずっと先……魔力の塊が見えた。

 いち、にぃ……奥に見える一際密度の高いものはソラだろう、重なっていて分かりづらいが、恐らく十人以上が待ち構えている。


 向こうからはまだ気付かれていない筈……索敵の魔術の気配もない。

 奇襲をかけるか少しだけ迷う。

 人質を取ってわざわざ人目のつかない辺鄙な所まで呼び出す意味はなんだろう。


「んー……分からん」


 独りごちて、目に意識を集中する。

 もっと暗ければ暗闇でも見えるこの身体が有利なんだろうけど、月明かりには雲一つない。


 まずはソラの状態を確かめよう。

 他のことを考えるのはそれからだ。



 近づくにつれ、外壁の名残だろう積まれた石材や、家屋だったものが見えてきた。

 それらの陰に隠れている魔力の塊が見え、この目の便利さを改めて痛感する。


 かろうじて形の残っている石の塀を背にして、猿轡を噛まされ手足に黒光りする金属の拘束具を嵌められたソラは少女の姿のまま。

 そこから伸びる鎖を掴む、街で見たやはり同じ色のローブを纏った、きっちり撫で付けられた髪は鈍い金。

 そこまで大柄ではないが、重く硬そうな印象を受ける。


「ああ、安心しました。黒き魔女の言語が通じたようで、何より」


 いや、全然分からなかったけど。


 距離は十メートルちょっと……魔術師と相対するのにこの距離はどうなんだろう。

 にぃ、と笑みを浮かべながら口を開いた男は、空いた手で綺麗に揃えたもみ上げを撫でた。

 周囲から人の動く気配。

 四肢に魔力を流す。柔らかな尻尾がスカートの中で窮屈に垂れる。


「取引といきましょう。白き魔女」


「……取引?」


 意外な提案だった。

 潜む彼らからは、敵意しか感じないのだけど。


「あなたが奪ったアーティファクトと、この娘」


 考える振りをしつつ、ソラを見る。

 外傷はなさそうだし、魔力も穏やかに廻っている……というかあいつ、寝てないか……?

 どうやって捕まったんだろう……いや、それよりも、男の懐に何か、見覚えのある魔力が。


「懐のそれ、魔布ですか」


 笑みの形に上がった口角が驚きに歪む、いや内心、俺の方が驚いている……。

 なんでお前それ持ってんだよ。


「流石……いえ、やはりと言うべきですか」


 そう言って男はローブの内から、ハンカチ……より一回り大きいそれを取り出した。

 金の糸だろうか、細かな刺繍が美しい。


「これの製作者が怪しいと踏んだ我が主は、慧眼だった」


 つまり、色々バレているということか。

 潜入方法、魔布……彼は、グレイスは無事だろうか。

 よくよく見れば、ソラが噛まされている猿轡にも……あいつ、俺の魔力が染み込んだ魔布に釣られたのか。

 満足そうな顔して寝てるなぁおい。


「はぁー……」


 思わず盛大に溜め息をついてしまった。

 でもまぁ、良かった。


 安堵する俺の身体の周り、魔素が揺らぐ。

 周囲に潜んでいる魔術師が狙いを定めたのだろう。

 取引などと言いつつ、帰すつもりはないらしい。


 攻撃魔術、か。

 魔術で手元に現象を起こしてそれを目標に向けて放つよりも、補助魔術で対象を定めてから放つほうが命中率は格段に上がるのだろう。

 だけどそれは、白き魔女相手には愚策だ。


 グレイスの部下、狐に似たコンサが使っていた、術者が任意の場所で発動させるものは高度な魔術なのだろうか。

 結局はあれも、『魔術の起こり』を視認するこの身体には通用しないけど。


 持ってきた四つのバングルを、男の足元に放り投げる。

 ぶつかり合い鈍い音を立てて転がったそれを見て、男は苦い顔を浮かべた。


「ソラを返せ。命だけは助けてやる」


 言い放ち、左手に握った『吸血鬼』に魔力を流す……身体の周り、鬱陶しく捩れる魔素を全て切り払う。

 その俺の動きを理解できるものは、ここにはいないだろう。

 対象を失った魔術がどうなるかは、もう何度も見てきた。


「傲岸不遜な物言い、高く付きますよ!」


 それが合図だった。

 声高に発した男の声の直後、周囲の物陰から暴発したのだろう幾つかの衝撃音と爆発音。

 物理的な飛び道具を警戒して身を屈めたけど、誤射を警戒してか飛んでこなかった。


 呆気に取られる男に三歩で踏み込み、刀身を伸ばした『吸血鬼』を振るう。

 僅かに届かなかったが、男は避けるのを優先したのか鎖を放し、後ろへ跳び上がった。


「何をしている! お前たち!」


 崩れそうな石の塀の上に立ち、剣を抜いた男は、よく通る声で一喝し魔力を長剣に流した。

 紋様が浮かぶ、何の魔術かは分からないが刀身が薄く光を放っている。


 やっぱり奇襲すればよかった、と思いつつ、今のでフードが脱げたケープを外し、ソラの方へ投げた。

 汚れたら困る。

 近くで見るとソラの手足の枷は重く頑丈そうで、簡単には外れそうにない。

 そのまま元の姿に変化したら……うん、考えるのはやめておこう。


 奇声とともに塀から飛び降り剣を振るう男、『吸血鬼』の刃を合わせようとして、慌てて飛び退く。

 これ多分、透過するよな。

 異音を感知して、もう一度後ろへ跳ぶ。

 流石に切り替えが早い、狙いを魔術ではなく自力で合わせて飛ばしてきた。


 左右からの火球の雨が止む瞬間を狙い、男は距離を詰め淡く光を放つ長剣を振るう。

 その狩る為の手馴れた連携に一抹の恐怖を覚えつつ、転移の魔術を発動させた。


 目の前には男が翻らせたローブの裾。

 真っ直ぐ腰を狙い、突き刺す……刀身が僅かでも身体に触れれば、全て吸い尽くす。


 が、男は後ろも見ずに足を踏み出し、頭を抱えて地面に飛び込んだ。

 さっきまでの洗練された動きとは違う、無様な……しかし、避けられた?


「……お、わ」


 追い討ちも考える暇もなく、身を潜めた魔術師から狙いは正確ではないが、数で押すと決めたのだろう火球の雨あられ。

 避けながら転移する、周りから黙らせたほうが良さそうだ。


 音を頼りに現出した俺の目の前には、背中を合わせ魔術を行使する男が二人。

 驚いたように目を見開きつつも、すでに剣を手にしていた男は正確に俺の喉を狙い突きを放つ。

 が、腰の入っていないその突きは迫力がなく、遅い。

 踏み込んで避け、二人まとめて切り払い、魔力をいただく。


「……っふぅ」


 やはりこの身体は……この目は、よくできている。

 崩れかけた恐らく家だったのだろう壁の向こう、体勢を立て直した男が月明かりの下で周りを油断なく睨みつけている。

 さっきのあの転移への反応、潜む彼らは死角を消した二人一組。


 こちらの手段……転移魔術がバレている。

 白き魔女との戦闘、その対応が練られている。


「本気っぽいな」


 バングルへのあの反応も鑑みると、彼らは恐らく王の側近の命を受けた手駒だろう。

 魔布を入手した経緯が分からないけど、やっぱりあの時回収するべきだった……。


 後悔先に立たず。

 幸い彼らは『吸血鬼』のことまでは知らないみたいだし。

 そして、この目のことも。


「……よし」


 覚悟を決めよう。

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