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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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二十四話 暗がりに潜む

 港湾都市リフォレに戻ってくる頃には陽はすっかり傾き、昼間の騒々しさとは別の騒がしさに街は包まれていた。

 ソラはどこに行ってしまったのだろう……今更黙っていなくなるとは思えない。

 さらわれた、殺されたという可能性はちょっと考えにくい。

 この身体……俺より遥かに強いだろう『空駆ける爪』に勝てる人間なんて、果たしているのだろうか。


 まぁ、そのうちひょっこり戻ってくるかな。


 抱きかかえた少女の容態は良くも悪くもなく。

 時折うわ言で何か俺に話しかけていたようだったけど、上手く聞き取れなかった。


 憔悴した少女を抱えた俺を見た門兵の態度は、不審者を見るそれ。

 連名の紹介状がなかったらやばかったかもしれない。

 適当に説明して少女を預け、街の中へ。



 今歩いている北側の区域は、初めてこの街に入ったときに見た景色とはまた随分違って見える。

 殺伐としているように感じるのは、武器を携帯する人々の往来、またそれを売る店が所狭しと並んでいるからだろう。


 武器といえば俺もそうか。

 腰の後ろにはずっと借りたままのトトの短剣が結いつけてあるし、腰の横、リボンベルトには柄だけの『吸血鬼』を差してある。

 アーティファクトではなかったけど、結局そのまま持ってきてしまった。


 尻のすぐ上から生えたもっふもふな白い尻尾は、四肢に流した魔力を戻したら消えた。

 目を切り替えると耳が生え、四肢を強化すると尻尾が生える……なんか面倒なことになってる……。



 街の中央、大きな広場は、陽が暮れかけているのにまだ多くの人で賑わっていた。

 どこからか視線を感じるが、人が多すぎてよく分からないし、ソラのものでもない。


 どこで夜を明かそうかな、と考えながら、掲示板の方へ人を避けつつ歩く。

 空いた手が、少しだけ寂しい。


 広場の中央、大木を取り囲むようにぐるりと掲示板は立てられている。

 上空から見れば大きく広がった枝葉の周りに人々が輪を作り、その周囲をさらに人々が忙しく回る、面白い画が見れることだろう。


 あの変態の情報屋を探すか、マクロレン商会のお世話になるか。

 なんだろう、どちらも気が引ける。



 それは、継ぎ接ぎの脅迫状のように見えた。

 群がる人々が誰も気に留めない、いたずら書きのようなそれ。

 この世界ではまず見ることのない、日本語で書かれているそれは、しかし恐らく習得途中なのだろう文面は荒れている。


「あすかり、むす……けもの。ひと……まつ、こわる」


 読み取れた意味を理解するより早く、目が切り替わった……俺を注視する刺すような視線は四つ、首をぐるりと廻らせ一番早く視線が通ったそいつの頭上に転移する。

 頭まですっぽり被った外套の色は薄い茶色、驚愕の気配とともに金属の擦れる音がした。

 後頭部を注視しながら『吸血鬼』を掴み、魔力を通した。

 着地と同時に背中から突き刺し、魔力を一気に奪い取る。


「……こんばんは」


「え゛……っ」


 建物と建物の間、道とは呼びづらい狭い路地だった。

 何が起きたか分からない、そんな声を上げる男から揺らめく刃を引き抜き、フードを脱がす。

 よろめき膝をついた男の前に立つ……短く刈り揃えた髪、傷だらけの頬。

 歯を食いしばった男を見下ろし、口を開いた。


「誰の命令ですか?」


 かなりの魔力を奪った筈だが、男の眼光は鋭い。


「誰が、言うか……魔女め」


 驚愕とそれに伴う恐怖よりも、忠誠の方が勝っているのだろう、吐き捨てた男の意志は揺れない。

 瞳に宿るそれは、固い。


「じゃあ、いいや」


 後三人いるみたいだし。

 制御できていなかった『吸血鬼』の長すぎる刀身を男の顔に埋め、魔力を根こそぎ奪う。

 目を見開いたまま顔面から突っ伏した男の手首には、見たことのある銀色のバングルが嵌められていた。

 王直属の騎士団……若しくは、側近の方か。

 ジジジ、と鳴るそれを無視して近く、建物の屋根の上へ転移する。


 頭に血が上ると……いや、血液は流れていないんだった。

 感情の昂りに魔力が反応するのだろう、すぐに目が制御できなくなる。

 深呼吸をするも、冷静になれそうにない。


 ケープのフードを取り、獣の耳を晒すと、ひんやりとした風を感じる。

 蝉の鳴き声のようなそれを探し、すぐに見つけ……人差し指の付け根を噛んだ。



 見つけた。

 二階建ての建物、その屋根の上から眼下、細い路地に身を潜めている同じ色の外套を纏った人間。

 耳に手を当てているそいつ目掛けて飛び降り、四肢にも魔力を込める。

 ふぁさ、と尻尾が生えスカートが翻る。


「ふぅ……っ!」


 頭上から刀身を振り抜きざま、魔力を変質させる……秒にも満たない、『吸血鬼』の刃がそいつの身体を通る間に。


「な……っ、あ゛がっ、あ゛ぐ、あ゛」


 振り向いた男は腰の剣を抜きながら何かしらの魔術を使おうとしたのだろう、目から耳から鼻から口から股間から、血を噴き出した。

 『魔力の変質』に、時間はほとんど必要ない……思った以上に便利だなこれ。


「所属は? 誰の命令?」


 男はやはり答えようとはせず、バングルを嵌めた左手を耳に持っていく。

 魔力を流そうとしたのだろう、パキン、パキン、と身体から異音を垂れ流し、言葉を発する前に意識を失った。


 倒れ伏した男の手からバングルを毟り取る。

 狭い路地から見上げた細く切り取られた空は、暗い橙色に染まっていた。


 一息ついてから、頭に生えている獣の耳に意識を集中する。

 雑多な音の群れが行き交う、その中の一つを意図的に拾い上げ、転移の魔術を発動させた。


「おっと」


 目の前に現出してしまった、驚き後ずさるやはり薄い茶色のローブを羽織ったそいつを、一歩詰めて『吸血鬼』で切り上げる。

 魔力を奪う斬撃は目の前の人間に傷一つつけられない。

 急激な脱力感に襲われたのだろう、尻餅をついたそいつの目の前に立ち、少し考えて口を開いた。


「……私は、どこに行けばいいんです?」


 自分で意識していたものよりも、俺の声はずっと弱々しかった。

 泣いていると勘違いされかねないほどに。


 浅く速い呼吸、男の表情は苦悶のそれだが、視線は何か活路を見出そうと忙しない。

 前の二人と同じことを聞いても、恐らく無駄だろう。


「掲示板のあれ、教えてもらえますか?」


 実際、よく分からなかったし。


「……ここから北西、『災厄』で滅びた、村の跡がある。……そこに行け」


 俯きながらの言葉は切れ切れだった。

 最初から人を寄越せばいいものを、回りくどいことをする。

 こいつらは隠れ潜んで俺の様子を窺っていたみたいだし、表立って動きたくない理由があるのだろう。


「どうも」


 答え、残りの魔力を全て吸い取った。



 残りの一人にも前の二人と同じ質問をしたけれど、結局答えは得られなかった。

 四人を戦闘不能にさせた後、もう一度回って各々のバングルを回収した。

 村の跡とやらで待ち構えているのが何者かは知らないけど、あのソラを拉致できたのだとしたら、相当の脅威だ。



 湾沿いにあるマクロレン商会へ立ち寄る……あまり気が進まないけど。

 恐らく一人で行かないといけないのだろう、地図で場所を確認することにした。


 詮索されず見せてくれた地図上には、色んなところに大小の差はあれど、×印が付けられている。

 それは理由があって通れない道だったり、もう人が住んでない町だったり。

 その内の一つ、港湾都市リフォレから街道を北へ、途中で左に二度道を逸れた先に、やはり×印。


 今から向かうことを告げると、けっこうな距離があるようで、途中まで連絡用の早馬を出してくれることになった。

 お言葉に甘えて送ってもらうことにする。


 多分、酷い顔をしていたのだろう。

 お気をつけて、とかけられた言葉には距離があった。


 練習した笑顔を浮かべる余裕が、今はない。

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