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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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二十二話 月を戴く教会

 曰く、魔術をある程度齧った人間から見ると、俺とソラは禍々しい何かにしか見えないらしい。

 この世界で目覚めたとき、初めてあの女を見たときに感じたような負のオーラ的なあれだろうか。


「ここは?」


「教会だよ。双月のお導きに~って聞いたことないか?」


 そう言いながら開かれた立派な両開きの扉をくぐる。

 ウルフレッドは扉の脇で木箱を持って立つ修道女に銅貨を三枚放り投げると、俺に目で付いて来いと促した。

 うやうやしく頭を下げる修道女を横目に、ソラの手を引き中へ入る。


 教会というのはどこも似たような造りなのだろうと思っていたけど、ここはどうやら違うらしい。

 整然と並べられている筈の長椅子がそもそも見当たらず、一番奥にあるだろう信仰の対象を示すものも見当たらない。


 中は明るい。

 それもその筈、建物の天井は綺麗に取り払われていて、大きな二つの月が余すことなくその姿を晒している。

 彼らの信仰の対象は、真上にある……それを遮るものは、必要ないのだろう。


 壁際にはまあるい鏡が何枚もぐるりと設置されていて、その前で人々が祈りを捧げている。

 その光景に呆気に取られていると、ウルフレッドがちょいちょいと指で呼ぶのが見えた。

 慌ててついていく。


「直接ご尊顔を拝するのは失礼なんだとさ」


 ウルフレッドは少し呆れた口調で、扉からすぐの二階へ上がる階段に足をかけた。

 円形モチーフのカーペットや小道具が並ぶ、それらを横目に手すりに手をかける。


 二階じゃなくてキャットウォークだった……狭いが、教会内をぐるりと一周できるように配されている。

 天井は可動式らしく、大きなクランクハンドルが奥に見えた。

 手すりにもたれ、熱心に鏡越しの月に向け祈る信徒を眼下に、ウルフレッドは口を開いた。


「見通しもいい、信者以外で入ってくる奴なんざ滅多にいない。内緒話には持ってこいだ」


「なるほど」


 開け放たれた扉もよく見える。

 追いかけてくる輩はさぞ分かりやすく目立つだろう。


「さて、仕事の話だ」


 ウルフレッドは懐からぼろぼろの羊皮紙を取り出した。

 色々と書き殴ってあるが、何が書いてあるかはさっぱり読み取れない。


「ほっ」


 手すりに飛び乗り、腰かける。

 つまらなそうにしているソラを呼ぶと、俺のお腹に顔を埋めるように抱きついてきた。

 ここなら見えないだろう、ソラのフードを取り、柔らかな耳を撫でる。


「……見てないで、どうぞ」


「あ、ああ。そうだった」


 軽く咳払いをしたウルフレッドは、ちらちらとこちらを見つつそれを読み上げる。


「黒き魔女の秘宝、アーティファクトは全部で、九つあると言われている」


 体温が高いのか、ソラの頭を抱えているお腹がぽかぽかと温かい。

 湯たんぽかな?


「そのうち八番目と九番目は、存在が確認されていない」


 誰も見たことも聞いたこともないってことか。

 なのに『ある』って情報は流れてるんですね。どういうことだろう。


「一番目は『竜』が、二番目は本人が所持していると考えられている」


 二番目のアーティファクト『竜の心臓』。

 ルッツ・アルフェイン……ヒイラギを師匠と呼んだ少年。

 本人じゃなくて弟子が持っていましたね。返却されましたけど。


「『竜』……ですか」


「ああ。黒き魔女が懇意にしていた『竜』がいるという話だ。まぁこれは噂の域を出ていないが」


 あの女なら、恐れるものなど何もなかったのだろう。

 魔術の粋を究めた黒き魔女……それでも、老いには勝てなかった。


「三番目の『かぐや』は、城塞都市レグルスから白き魔女が盗み出した。

 どういう意味なんだろうな、この名は」


「……なんでしょうね」


 竹取物語。

 そんな名前だったのか、あの羊皮紙……いや、この左目は。

 全ての魔力をごっそり奪われるあの感覚は、もう二度と味わいたくない。


「四番目はスールビナ海に没している」


「えっと……海の下、ですか」


「これはけっこう有名な話だ。船団が丸ごと呑まれたからな、あれの生き残りはゼロだと言われている」


 いきなり絶望的な話になってきた。

 呼吸がいらないだろうこの身体なら素潜りでいけるだろうか……流石に無理か。

 いつの間にか静かになっているソラの耳をくにくにといじる。

 寝息のような呼吸音が聞こえるけど気のせいだろう。


「五番目はすまない、まだ調査中だ。六番目は三狂の魔女の強奪事件が記憶に新しい」


 魔術書『転移魔術』のことだ。

 発動の鍵となる紋様が、俺の右手の人差し指、その付け根に刻まれている。


「七番目は噂と憶測が飛び交っている。本人が持っているという話もあれば、どこかの魔術師が譲り受けたという話もある。

 魔獣に食べられた、どこかに埋もれている……つまりこれも分からないってことだ」


 そして八、九が未確認と。

 えぇと二、三、六が俺の身体にあるから……つまり現状、アーティファクトに関して取れる行動は、一つもなさそうだ。


 目を伏せソラの髪を指でくるくるといじる。

 その行動に勘違いしたのか、ウルフレッドは申し訳なさそうに口を開いた。


「今のところは魔術を嗜むものなら、ほとんど耳にしたことのある情報ばかりだな」


「いえ、助かりました」


 本心からの言葉だ。

 この短い期間でよくまとめてくれたものだと感心する。

 彼女らなら他に何か知っているかもしれない、やはりエクスフレア邸を目指すのが今は最善か。


「これはまだ噂なんだが」


「?」


「黒き魔女を信仰する連中がこの街に潜伏しているらしい。

 『災厄』の辺りから姿を消した黒き魔女が復活した、なんて話も囁かれている」


「……へぇ」


 息災で……そう言ったあの女の顔が、まだ鮮明に思い出せる。

 あの時確かにあの女は、俺の目の前で……あれ?


「いや、でもそれは、流石に……」


「どうした」


 あの女が息を引き取る姿をはっきりと見たわけではない。

 ……けれど、直に死ぬと言っていたあの女との会話は、どうしようもなく最期の時間だった。

 生きている筈がない。


「……その話、もう少し詳しく聞かせてください」


 ただの偶像を信仰しているなら問題はなさそうだけど、仮にあの女の名を騙る者がいるのなら……。

 確かめる必要がありそうだ。


「いや、その必要はなさそうだ」


 トーンの落ちた声にウルフレッドの顔を見上げる。

 その目は険しく、ざわつく眼下を睨みつけていた。

 落ちないように手すりを掴み、後ろを……開かれている扉を見やる。


 歪な形の杖を手にした、黒っぽいローブを全身に纏った人間が一人、扉を塞ぐように立っている。

 両脇からキャットウォークへ上がる階段へちょうど足を踏み出した、同じような格好のがそれぞれ一人ずつ。

 扉の脇、修道女が詰め寄るが、眼前に突きつけられた金に光る硬貨の威光か、黙って引き下がった。

 いつの世もお金は大体のことを解決してくれる。


「さて、どうする? 逃げ道は上か、正面だが」


 ウルフレッドの言葉には答えず、目を切り替えた。

 魔力の廻りが良い、三人とも恐らく魔術師だろう。

 ただ、攻撃的な意思を感じない……上ってくる二人も、見たところ素手だ。

 いや、熟練した魔術師なら武器は必要ないのか。


 やっぱり寝ていたソラは空気の変化に敏感で、起きたばかりの顔をぐしぐしと俺のお腹に押し付けている。

 お前、よだれとか拭いてないだろうな……?


 上ってきた黒いローブを纏った二人に、狭いキャットウォーク上で挟まれる。

 ウルフレッドは警戒し僅かに腰を落としたが、その体勢はすぐに解かれることになった。

 彼らが、片膝をついて頭を垂れたのだ。


「……なんだ?」


「なんでしょうね」


 呆気に取られたウルフレッドの声に相槌を打ちつつ、ソラの頭をぽんと叩く。

 大きなあくびをしながら身体を離したソラに苦笑しつつ、身体を手すりの上で反転させた。

 眼下には、教会の中央まで歩を進めていた杖を持った黒ローブが一人。

 二つの月を信奉する信徒たちは、この異変の中でも盲目的に祈りを捧げている。


「お迎えに上がりました。『竜を統べし白き魔女』よ」


 同じように片膝をついた、やけに伸びのあるテノールが教会内にしかし響くことはなく空へ抜けていく。

 呼び名が長くなってる……。

 どう反応したものか逡巡していると、ソラに後ろから抱きつかれた。

 渡さん、という意思表示だろうか。


「……どちら様?」


 黒いショートブーツをぷらぷら揺らし、階下の男に声を投げかける。

 ずっとフードを被ったままだったのにあっさりとバレている……ウルフレッドが言っていた、内包する魔力のせいだろうか。


「この世界の有り様を憂い……黒き魔女の復活を祈る敬虔なる信者、でございます」


 バレてるみたいだしいいか。

 フードを取り、頭を軽く振る。

 復活……あの女がもうこの世にいないということを、知っているような口ぶり。


「野蛮なる者から秘宝を取り戻したあなた様のご活躍、感銘を受けました」


「……嬢ちゃん、その耳は、どうした」


 ウルフレッドの小さく怪訝な声に、


「可愛いでしょう」


 ソラが代わりに答えた。

 緊迫した空気が台無しだ。


「我々も一つ、秘宝と呼ばれるものを所持しております。

 しかし、我々程度の魔術の素養では、その真贋に確固たる根拠を抱けない」


 頭を垂れ続ける男の声はしかしよく通る。

 話の方向性が見えてきた。

 けれど、胡散臭すぎる。


「罠だな」


 呟くウルフレッドに心の中で同意する。

 大方、招き入れたところで俺が持つアーティファクトを奪う算段だろう。


「ご帯同願えませんか、白き魔女よ」


 俺のお腹に巻きつかれたソラの腕を撫でる。

 溜め息をつくウルフレッドを横目で見やる。


「三狂の魔女のことを調べておいてくれますか」


「……了解した」


 人差し指の付け根に口付けて、転移の魔術を発動させた。

 仰ぎ見ようとした男の後ろに現出し、フードを被る。


「じゃあ、行きましょうか」


 息を呑む気配を背に、ソラの手を引いて足を踏み出した。

 あの少年、ルッツ・アルフェインとの関わりがないとも限らないし。


 仮に真実なら、頂いてしまえばいい。

 嘘ならば……。

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