表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
6/170

五話 夢現は魔獣の傍らで

 ワンピースドレスを捕まえてようやく浅いところまで戻ってきた。

 気のせいか息が熱く、身体がぽかぽかしていて……なんだか水が柔らかく感じる。

 疲れた、のだろうか。何時間もずっと歩き回って何ともなかったこの身体が。

 というよりこの感覚は……アルコールで酔っているときに、少しだけ似ている。

 さっきまでの調子の良さはどこに行ってしまったのだろう。

 原因も分からないまま、水の抵抗とは違う重い脚を動かして、湖のほとりへ向かう。


「なんだ……?」


 意識をしていないのに魔素が見える。

 ほんの僅かに緑がかった、限りなく薄い青色。

 何度かまばたきをして、目に力を入れ、細めてみても戻らない。

 力を入れた目蓋が重い。

 水を吸った服が俺の手からずるりと逃げ出し、浅くなった湖面に落ちた。

 それを拾い直そうとして、膝から力が抜けた。

 酩酊、という言葉がしっくりくる。

 酷く、眠い。眠い?

 まさか湖が酒でできていたんじゃないだろうな、なんて考えていると……顔面から着水し。

 世界が裏返るように、意識が落ちた。




 薄緑色のカーテン越しに和らいだ朝の光が届いていた。

 もう五年の付き合いになる時計の針は、設定してあるアラームの時間のきっちり十分前を指している。

 会社へ遅刻することへの恐怖感か単に眠りが浅いだけなのかは分からないけど、今までずっとこうだった。

 これからも、そうなのだろう。


 時計の頭を叩き、ぼやけた狭い部屋を見渡す。

 どこにでもある六畳ぽっちのワンルーム。

 一度大きなあくびをしてから、部屋を数歩で抜けて洗面台へ。

 蛇口から流れ出る水を両手で受け、うがいをする。少し生温い。

 今日も暑くなりそうだ。

 顔を洗い、置いてある眼鏡を手に取る。

 ああ、でもそうか。

 今日は外回りが多いからコンタクトにしよう。

 そう思って眼鏡を置き直し、ふと鏡を見た。

 映ったモノは、こちらを見ていなかった。

 真っ白い髪の、大きな赤い瞳をした、まるで人形のように生気を感じない女の子。

 その、血を連想させる不気味に輝く大きな瞳が、こちらをぎょろりと向き……。




 目が、覚めた。


「……あ゛ー」


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 空の青はとうに暗く湿り、世界の端っこが最後の抵抗とばかりに燃えるような煌きを空に焼き付けている。


(……どっちなんだろうな)


 胡蝶の夢。

 目が覚めた……夢から覚めた、という感覚があった。

 認めたくはないけれど、今此処こそが現実なのだろう。

 うん。

 それはもう、納得しつつあった。

 差し当たって今、問題なのは……。


(動いて大丈夫なのか、これ)


 俺が今素っ裸で仰向けに、まるで寝心地の良いリクライニングチェアのようにもたれかかっているコレは……濃い灰色をした長い毛並みの、多分俺より遥かにでかい、生き物らしいということだった。

 恐らく……狼とか、そういう類の。


 呼吸をしているのだろう、まどろみを誘うように一定の間隔で身体が浮き、沈む。

 夜が近い空気はひんやりと冷たいけど、背中からは少し硬めの体毛越しに体温が伝わってきて、これがまた心地良い。

 二つの大きな月は相変わらず仲良く寄り添って世界を見下ろしていた。

 時間の感覚が全く分からない。

 流石に丸一日以上経っているとは思えないけど。


 陽が沈み、目の前に広がる月を鏡のように映した湖は、不気味な程に静まり返っている。


(どうしたもんかな)


 魔獣、なのだろうか。

 この世界の至る所に存在する、魔素を喰らう異形の生物……だっけ。

 人間は溜め込みやすいとも言っていたか。

 つまり……?


 俺は今、捕食されかけている?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ