二十話 おそろいねわたしたち
気がついたら消えてました。
いや良かった、ほんと。
「残念ですね。おそろいだったのに」
ソラはしょんぼりしていたが、事件はそのすぐ後に起きた。
それは、先頭の荷馬車の幌の上、ソラと二人で魔素、魔力、音、匂いで周囲を警戒していたときだった。
風も緩く温かで、薄くひつじ雲が浮いている。
日はもう傾いているが、二つ目の川はまだ見えてこない。
はっ、と息を呑むソラの気配に目を向ける。
「どうした」
「んっふ。……シエラちゃん、今は目、あっちですよね」
「そうだけど」
ソラが言う『あっち』とは、魔素と魔力を見ている、切り替えた後の目のことだ。
急になんだろう。っていうか笑いを堪えてなかったかこいつ。
「戻してもらっていいですか、目」
「? いいけど」
頭の上に疑問符を浮かべつつ、目を戻す。
薄く淡く漂っていた魔素は視界から消え、草原の埃みたいな魔力も、ソラの濃密な魔力も見えなくなる。
「……もう一度、あっちにしてください」
アーティファクトが収まっている左目に何か起きているのだろうか。
違和感は特にないけれど。
言われた通り、目を切り替える。
「ふほっ。……し、シエラちゃん。ふっく……大変です」
「もう嫌な予感しかしないんだけどっていうかお前目線がずっと頭の上なんだけど……」
諦めて頭の上を手でまさぐる。
「なんでだよ!」
消えたと思っていた獣の耳が、再び生えていた。
俺の叫びが聞こえたのだろう、下の御者台から声がかかる。
「どうかしましたか、シエラさん」
「な、なんでもないです」
「そうですか。落ちないように気をつけてくださいね」
はい、となんとか返事を絞り出し、隣で笑いを噛み殺すソラに目を向ける。
「どういうことだ」
「んふ? 分かりませんけど、シエラちゃんが目をあっちにすると、ぴょこって生えてきますよ……ふふ」
恨みがましくソラに目を向けつつ、頭を手で押さえながら目を戻す。
しゅん、と落ち込んだときのソラのように耳が萎れ……なくなった。
折れているわけでもなく、小さくなったわけでもない。
なくなった。
えぇ……?
体内の魔力の流れは正常そのもの。
もう一度目を切り替えると、ソラの言う通り獣の耳がぴょこん、と生えてきた。
「くふっ……シエラちゃん、好きです」
「いやそれどころじゃねぇ」
突然の告白を流しつつ、腰に手を回す……尻尾は生えていない、セーフ(?)だ。
なんでだ。なんでこうなった。
再度、自身の魔力の流れに意識を向けながら目を戻し……切り替える。
「んふっ……シエラちゃん、ふふ、誘ってますよね?」
「待って、いや真面目に」
駄目だ、分かんねぇ。
なんで目に連動しているのかも、なんで生えるのかも、さっぱり。
「多分ですけど」
ソラは俺の頭の上を見ながら、口を開いた。
「おい、目を見て話せ」
「シエラちゃんが目を切り替えるのって、警戒するときですよね」
「そうだけど」
周囲に何か潜んでいないか、どこに、どれだけ。
相対する敵の魔力、魔術の行使、その発生、どこに。
ひっくるめてつまりは、警戒しているとき。
「私が耳を立てるときも、警戒するときですよ」
「……そう、でしょうね」
そういうことですよ、みたいな顔されても。
何も答えになってねぇよ。
「えぇと、つまり、新たに警戒能力を得た……?」
「そうです。パワーアップですよ」
流石ですねシエラちゃん、と言いソラは話を締めくくった。
おそろいになったのが嬉しいのか、うざいくらいに上機嫌なソラは、横に座り身体を押し付けてくる。
違う。
俺が考えていた、パワーアップとか新たな能力、スキルの習得はこういうのじゃない。
橋にいた魔術師が使っていた索敵の魔術みたいな、ああいうのが使いたい……。
生えてしまった獣の耳を動かす……自由自在だなぁちくしょう。
けたたましい荷馬車の車輪が道を削り跳ねる音の中に、馬の鼻息、小石が弾かれる、後方の話し声、葉と葉の擦れ合う音。
音の洪水に溺れそうになり、耳をぺたりと伏せる。
「取捨選択が難しいな、これ」
「慣れですよ、慣れ」
俺の頭の上、獣の耳に手を伸ばすソラを見て、目を戻した。
獲物に逃げられたような顔をしたソラを横目に、遠く先を見やる。
放っておけばそのうち治るだろう……今のところ害もないみたいだし。
『魔力の変質』は神の所業だと言われている。
だからこそアーティファクト足りえたのだと。
知るものは、今はいない。




