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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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十九話 みみとしっぽ

 大きな大きな石造りの橋、その手前に人だかりができていた。

 いや、良く見ると対岸側にも。


「こんなところで荷改め? 誰か聞いてるか」


「いんや、あの格好は騎士団みたいだが」


「にしては随分と装備がごっついぞ」


 橋に近づくにつれ道幅が広がり、速度を落として並んだ荷馬車、その御者台から口々に声が飛び交う。

 その会話に耳を傾けつつ、先を注視する。

 あの装備は見たことがある。

 御者台の男が荷台のこちらを見やりつつ、口を開いた。


「シエラ殿、どうやら騎士団の連中が荷を改めているようです」


 連中の狙いを察したのだろうその声に、小さく頷く。

 間違いなく俺を探している連中だ……若き王直属の騎士団。

 ……彼らの目の前で転移の魔術を使った筈だけど、これで俺を、白き魔女を見つけられると思っているのだろうか。

 主要な街道全てに網を張っているのだとしたら凄い執念だけど。


 目をゆっくりと切り替えた。


「……索敵魔術かな」


 二人、橋のこちら側とあちら側、けっこうな魔力を保有している魔術師が見える。

 その魔術師から網のように、魔素から魔素へか細い魔力が流れている……城砦都市レグルスでも見た、吹けば飛びそうなほどに繊細な。

 範囲は数十メートルだろうか、橋の前後を一人ずつでしっかりカバーしている。


 あの魔術は何を感知できるのだろう。

 城塞都市レグルスで上層に潜入した夜、猫背の女が使っていた魔力を探知する魔術、あれと同じだとしたらかなりヤバい。

 荷の中に隠れるのは普通に見つかる、なら荷馬車から降りて単独で転移……この辺りはちょっと見晴らしが良すぎる。

 それにあまり距離があるとズレて、現出した瞬間に見つかってしまいそう。


 近くに他の橋はない……というよりここで方向転換なんてしたら確実に怪しまれる。

 一人でこっそり回りこむのはどうだろう、距離を稼いで合流はソラを目標に転移すればいけるかも。

 いやいや、ソラはそもそも見逃してもらえるのか、ああ、首輪があるから説明次第ではいけるか……?


 悩んでいる間にも橋は近づいてきている。

 不自然にならない程度に速度を落としてくれているものの、悠長に考えている時間はない。


「ソラ殿は恐らく通せます。口汚くなりますが、ご容赦いただきたい」


「はい。大丈夫です、お願いします」


 彼らもその道のプロだ。その辺りは任せよう。

 さて、当の俺はどうしますかね……。

 変装する、のはそもそもこの髪をどうにかしないと駄目だし。


「髪……」


 んん、そういえば。

 あの少年、ルッツ・アルフェインは『変質』がどうとかで髪の色を変えたみたいなことを言っていたけど、魔力の変質のことだよな……?


「いっそシエラ殿も、獣の耳が生えていればどうとでも誤魔化せるんですがねぇ。はっはっは」


「あはは……」


 御者台からの声を聞き流しつつ自身の髪に意識を向ける……のは、どうすればいいんだろう。

 四肢や身体の内ならともかく、髪の毛は無理だ……自分の中だというイメージがそもそも湧かない。

 そんなことができるのは髪の毛が蛇な人くらいだろう。いやあれは神さまだったか?


「シエラちゃん。魔力に、同じ魔力はないんですよ」


 うんうんと唸り悩む俺を見かねたのか、隣に座るソラから助言が飛んできた。

 んん、待って、ヒントが抽象的すぎる……!


「つまり、シエラちゃんの魔力はシエラちゃんの色をしていて、私の魔力は私の色をしているんです」


 だから味も匂いも違うんですねぇ、としたり顔で語るソラだが……ああ、そうか。

 俺がようやく思い至ったことに気がついたのだろう、ほれほれ、と手を広げ待ち構えるソラ。

 こいつ今日はやけにテンション高いな……仕方ない。


「じゃあ、ちょっと借りるぞ」


「はい」


 ソラを身体ごと引き寄せ、唇を押し付ける。

 そして魔力を吸収する……『空駆ける爪』という魔獣を構成する、魔力を。

 小さな『地均す甲竜』を再構成したときと違うのは、自身の魔力を変質させなければならないということ。

 『空駆ける爪』の魔力に、俺自身の魔力を近づけ変質させる……この身体に、『空駆ける爪』の要素を再構成させる。


 今回は一時的に髪の色を変えられれば、それだけでいいんだけど。

 魔力に直接干渉、変質させられる『竜の心臓』……こんな使い方はアリなんだろうか。



「流石は白き魔女殿。それなら行けますよ」


 御者台からお墨付きの声がかかる。

 そうですか。……盛大に失敗したんですけど。


「し、シエラちゃん……んっふ。似合って、ますよ……ふふ」


「お前、後で覚えとけよ」


 髪の毛の色は変わらなかった。

 その代わりに、頭部にソラと同じような獣の耳が生えた。

 尻尾も生えた。尻の上、尾てい骨の辺りから。

 どうして、こんなことに。



 御者の男の言う通り、俺は頭の上からボロ布を纏って荷台で丸まる……尻尾だけを出して。

 ソラは身体にボロ布を巻きつけ、フードを外させた。

 そして御者台の男の隣に座らせて、準備完了。


 前を行く荷馬車が無事に通過していく、彼らの会話までよく聞こえる。

 橋はもう、すぐそこだ。

 荷馬車を索敵の魔術が覆う……結局これは、何を感知できるのだろう。

 モノの形、熱源、それとも魔力?

 分からないが、下手に動くのは得策ではないだろう。


「シエラ殿。適当に合わせてください」


「はい。……ソラも黙ってていいから」


 ボロ布の隙間からは二人の後姿しか見えない。

 こくりと頷くソラの後頭部……、荷馬車が止められた。

 小さく深呼吸。

 あの時、あの尖塔で実際に俺を直接見た兵がここに居たとしても、恐らく平気だろう。

 耳を澄ませ、会話を聞き取る。


「この一団はお前で最後か」


「へぇ、そうですが」


「現在サルファン王の命により重罪人を追っている。すまないが協力してもらいたい」


「へぇ、物騒ですねぇ」


 やる気を微塵も感じられない腰の低さと覇気のない声は御者の男のもの。

 すごい変わりようだ。

 サルファン王の命、ねぇ。


「で、それは……なんだ」


 ソラの頭の上を見ているのだろう、息を呑み、その動揺している気配が伝わってくる。

 俺もくるまったボロ布の中で、獣の耳をぴょこぴょこと動かしてみる。

 けっこう自由に動かせるんですねこれ。離れたところで話す兵たちの声まで聞こえる。

 御者の男はソラの肩に手を回し、ぐいっと引き寄せた。


「へへ、珍しいでしょう。魔獣に育てられた娘でさぁ」


「なんと……害はないのか」


 兵の言葉を受けて、男は回した手でソラの顎を持ち上げ、首輪を見せ付けた。

 さぞ横暴に見えるだろうその手つきは、ソラの反応を見るに痛くもないし苦しくもないのだろう。


「長年調教しましたからねぇ。今では立派な、コレですわ」


 下卑た物言いと妖しい手つきに、兵たちの好奇の目が蔑むような顔つきに変わる。


「そうか……まぁいい。荷を見せてもらうぞ」


「へぇ、どうぞ」


 何人かの兵が後ろに回り、積まれている荷を手早く見ていく。

 何が積まれているか、ではない……何かを隠していないか、を見ている手つき。

 その間に御者の男と兵は、所属やら何やら受け答えをしている。


「おい、こっちのは、なんだ」


「へぇ、そっちのも、コレですわ。ただ気性が荒いんでね、下手に触ると、こうなりやすぜ」


 その声に合わせ、獣の尻尾をたしたしと振る。

 御者の男は何を見せたのだろう、後ろに回った兵たちはそれ以上の追及をしなかった。


「真っ白な髪の、美しい少女を見なかったか」


「いやぁ、うちのコレより別嬪な娘なんぞおりませんて、へっへ」


「そうか、ならいい」


 しっし、と手でもう行けと促され、御者の男は軽く挨拶をしながら馬の尻をぺちりと叩いた。


 反対側もそのまま通過し、ゆっくりと先行していた荷馬車と合流した。

 纏っていたボロ布を放り投げ、荷台から御者台へもそもそと移動する。


「やりますね。……助かりました」


「したたかでないと生きていけませんから」


 そう言って男は袖を捲り、それを見せてくれた。

 手首から肘の上まで、長く引き攣れた酷い傷跡。


「馬車の車輪に巻き込まれたときの傷です。見た目がこれなので、色々と使えるんですよ」


「嫌いなもの、汚いものを遠ざけたがる人間の習性ですか」


「えぇ」


 口八丁で様々な場面を切り抜けてきたのだろう、『渡り鳥の巣』の商人。

 流石と言う他ない。


「で、ソラさん」


 スカートの中、横から回した窮屈でもふもふなそれを掴む。


「これ、元に戻るんですかね」


「……さぁ?」

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