表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
56/170

十七話 言葉は煙に巻かれて

 崖の上に戻ると、一直線に薙ぎ倒された草葉の向こうに、声を上げ突き進んでくる一団が見えた。

 馬を駆り、台車を引き、手には武器……ではない、明らかに解体する為の道具を携えている。

 俺が失敗するとは思っていなかったらしい、強気というかなんというか。


 彼らは崖の下に横たわる『地均す甲竜』を見て、森の方から回って下で解体し、運び出すプランを立てた。

 木々を利用するのだろう、大掛かりな作業になりそうだ。


 崖の縁に座り、眼下で動く人々を見守る。

 足場も悪く、時折波の飛沫も浴びるかなりの悪条件の中、それでも彼らの気勢は高い。

 なんだか蟻の行列を見ているみたいだ。


 ソラはつまみ食いもせず、少女の姿で、解体された抜け殻のそれを運び出す手伝いをしている。

 後ろからの足音に、首だけを廻らせた。


「よくぞ仕留められた」


 トルデリンテ・マクロレンとディアーノ・トルーガだった。

 反応せず座ったままの俺を気にするでもなく、彼らは隣に立つと、崖下の作業に目を向けた。


「操られてましたよ」


「……そうか」


 短い返事はディアーノのもの。


「しかし『地均す甲竜』を操るとは、相当の手練れだな」


「心当たりはないのか。シエラ殿」


「……」


 商会を率いる立場として、障害となりうる魔獣を操る者の存在は看過できないだろう。

 自作自演、の可能性も疑われているだろうか。


「まぁ、良い。皆を代表して礼をしたい。今夜は我が商会で夕餉でもどうかな」


「……ありがとうございます」


 お前も遅れるなよ、傍らのディアーノにそう告げて、トルデリンテは一足先に戻っていった。

 空には少しだけ雲がかかり、海からの風は冷たい。


「『白き魔女』が竜を撃退した話は、あっという間に広まるだろう。……気をつけていきなさい」


 そう言って俺の頭にぽんと手を置き、ディアーノ・トルーガは馬を呼んだ。

 ……最初からバレてたんだろうな。


 溜め息をついてから、右腕を前に差し出す……手の平を上に向けて。


「……おいで」


 お腹の『竜の心臓』が熱を帯び、淡い血の色がワンピースドレス越しに漏れる。

 伸ばした右手から魔力が染み出し、音もなく熱もなく青白い炎が爆発するように燃え上がる。

 それはすぐに消失し、手の平の上には、一匹の小さいゴツゴツしたトカゲ……イグアナ?

 いや……ぎゃあ、と小さく鳴いたのは、手の平サイズの『地均す甲竜』。



 アーティファクト『竜の心臓』は、魔力に直接干渉できる……魔力を、変質させられる。

 ただ、不憫だと思った。

 だから、取り出した。

 横たわるその巨大な体躯に僅かに残っていた魔力を。


 吸収せず、純粋な『地均す甲竜』の魔力を保持して、何かできないかと考えた。

 まさか魔力そのものから、小さな『地均す甲竜』を再構成できるとは思わなかったけど。



 ぎゃあ、ぎゃあ、と鳴きながら手の上で地団駄を踏む『地均す甲竜』は、地味に重い。

 地面の上にそっと放つと、もう一度鳴き、草を食み始めた。

 可愛い。


 だけど、あのまま操られ利用され『死んだ魔力』として朽ち果てるのと、どちらがこいつにとって幸せだったのだろう。

 元の威厳のある強大な体躯を奪われ、俺の魔力に依存して小さな姿で生き永らえるのと、どちらが。

 存在自体の冒涜……あの少年、ルッツ・アルフェインとやっていることは、変わらない。


 背中の突起を摘むと、ぎゃあ、と鳴きながら翼をぱたぱたとさせる。

 やはり飛ぶ機能はないのだろう、威嚇モーションか。

 指先で鼻先を小突くと、はぷ、と噛まれた。

 痛くはないが、地味に魔力を吸われている……。


「戻れ」


 指で撫で呟くと、小さな『地均す甲竜』は青白く熱をもたない炎に包まれ、解けて消えた。

 お腹の下が淡く脈動する。

 回収するときのコレは、なんかこう、お腹の奥がむずむずしますね。



 久しぶりに紙箱を取り出し、一本を咥えた。

 眼下の作業風景をなんとなしに見下ろすと、手持ち無沙汰になったのか、ちょうどこちらを見上げたソラと目が合った。


 突き立った岩礁を経由し、二回の跳躍で崖の上まで戻ってきたソラは、俺の隣に腰を下ろした。


「それ、なんですか?」


「ん? ああ」


 煙草に似たそれを指で挟む。

 そういえばソラには見せたことなかったか。


「あのお方、の……形見だな」


 勝手に持ってきただけなんだけど、とは言わない。

 俺の指先をじぃ、と見つめるソラの表情は複雑だ。

 何かを悩んでいるようにも見えるし、怒っているようにも見える……泣くのをこらえているようにも。

 逡巡し、口を開こうとしてしかし目を逸らしたソラは、諦めたように呟いた。


「私は、できるなら、あの方にもう一度会いたい」


 それは、そうだろう。

 ソラはいつも俺の中にあの方と呼ぶ……ヒイラギの影を追っている。

 それは少しだけ寂しいけど、どうにかなる問題ではないし、どうにかしようなんて思わない。

 納得というより、これは諦めに近い。

 俺自身がそもそも……借り物なのだ。


「だけど、シエラちゃんのことも、好きですよ」


 とてもぎこちない笑顔だったが、その少し切れ長の大きな青い瞳が真っ直ぐに俺を見ていて……不覚にも見蕩れてしまった。

 すぐにぷいっと顔を背けたソラの首筋はほのかに赤い。


「だから……」


 ソラのその小さな声は、少しずつ強くなっていた海からの風にさらわれた。

 指に挟んでいたそれを咥えなおし、立ち上がる。

 僅かに目を伏せる、ソラの髪の間から可愛らしく生える獣の耳を撫でる。


「ありがと」


 ぴょこぴょこと耳だけで返事をされ、崖の下を見やる。

 足の速い低い雲が少しずつ増え、日が陰っていく。


「さて、俺も手伝いますかね」


 ぽん、とソラの頭に手を置いてから飛び降りた。

 立役者にそんな仕事はさせられねぇ、と言われていたが、急がないと天気が崩れそうだ。


 結局すぐに雨が降り始め、海も荒れてきたので急いで養生だけして撤収することになったけど。



 崖の上でのソラの言葉、その本当の意味に俺は勿論、ソラ自身も気付いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ