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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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十五話 地を均す甲竜

 生えている樹木を物ともせず、『地均す甲竜』は全てを薙ぎ倒しながら真っ直ぐに追いかけてくる。

 その質量、迫力はどデカい重機に追いかけられているよう。

 人の背丈を超える段差もなんのその。


「地均すとはよく言ったもんだ」


(舌噛みますよ)


 全力疾走ではないからだろう、木々を避けつつの逃避行だが、ソラの声にはまだ余裕がある。


 森の中には予定の進路を囲むように点々とかがり火が焚かれている。

 そちらに向かう気配はないので、やはり熱源ではなく魔力へ反応しているようだ。

 薄暗い木々の群れを駆け抜けていくと時折、勇猛な声があちらこちらから聞こえてくる。

 矢を射掛けるもの、投擲するもの、突っ込んでいくもの(!)、それら全てを弾き返し、『地均す甲竜』は突き進む。


 切り替えた左目だけの視界は、魔力しか映らない。

 待ち構える人間の魔力、その淡い光で真っ暗な森の中に道ができている。

 だから、それは分かりやすかった。


「ソラ、ちょっと進路を左に、飛ばして」


(? 分かりました)


 やっぱり全然本気じゃなかった、ぐん、と加速されて……明らかに狼狽した弓を構えたそいつが、すぐに視界に入った。


「ちょっと待ってて」


 枝木に引っかからないように飛び降り、左手で短剣を抜く……転移の魔術。

 一瞬で運動エネルギーがゼロになり、その急激な変化に吐き気に似た何かがこみ上げ……息を深く吸い込んで紛らわせた。

 黒と濃い緑が混ざった、身を隠す為の外套に身を包む、痩せた男。

 真後ろに立つつもりが、目の前に現出してしまった。


「ふぅ……。こんなところで、何を?」


「な、んで」


 目を見開き口をわななかせた男は、しかしぐっと歯を食いしばり、弓を投げ捨てて矢を振り被った。

 この距離なら弦を引き絞るより確かに早い。

 こんなにも明確な殺意を向けられているのに、やはり人間に向けて、握った短剣を突き出せそうにない。

 矢尻に何か塗られている、毒なら効かないだろう、転移は間に合うだろうか。

 と、振り下ろされる矢の先端を他人事のように注視していると……男の身体が真横に吹っ飛んだ。


 大きな狼のような姿をした魔獣。

 その顎に触れる。


「ありがと」


(もう追いつかれますよ)


 ソラの背中に飛び乗りつつ、吹っ飛ばされて木にぶつかり呻いている男に一応聞いてみる。

 地面が揺れる。鳴動が近づいている。


「誰の命令ですか? 教えてくれれば……」


「ふざ、けるな……。魔女め」


「そ」


 ソラの頭をぽんと叩く。

 ぐっと脚に力を溜めたソラは真上に跳躍、一瞬で重なった枝葉の傘を抜け、明るい空の下へ躍り出た。

 やあ、絶景かな。


 その真下で木々が薙ぎ倒され、煙がもうもうと立ち込める。

 見失ったのか少し速度を落とした『地均す甲竜』の後ろ、均された地面に着地。

 ぐるぅりとゆっくりこちらに向き直る姿を見つつ、ソラに声をかける。


「予定のルートに戻ろう」


(なんだったんです、さっきの)


「さあ」


 森の中で孤立して、『地均す甲竜』ではなくその先を走る囮の方へ殺意を向けていた男。

 作戦が始まる前、人々が気勢を上げる中、群衆に紛れ明らかに冷めた目で俺を見ている人間が何人かいた。

 恐らくその中の一人だろう。

 どさくさに紛れて白き魔女の存在を消したい者……誰だろう、心当たりが多すぎる。


 人間にも注意しながら、再び薄暗い森の中を疾走する。

 ただの流れてきた矢だと思っていたそれらも、実は俺たちを狙っていたものだったのだろうか。

 そこまで気にしても仕方がないか……そもそもこの速さだ、あの巨体ならともかく、正確に当てられる者などいないだろう。


 その速度は鈍らない。

 即席の罠も立ち並ぶ木々も目の前のものは全て薙ぎ倒す、竜の名を冠する魔獣。

 人々の雄たけびと砂煙を引き連れて、『空駆ける爪』は森の中を突き進む。


 毎度のことだけど、俺何もしてないな……。



 森を抜けた。

 全身に打ち付ける風が気持ち良い。

 起伏のほとんどないそこには、大きく半円状に人々が待ち構えていた。

 その中央には大きな岩が幾つか鎮座していて、そこには巨大な木の杭が固定されている。


 後ろを見やりながら、声をかける。


「少し落として」


(はい)


 バギン、と咥えた木の幹を噛み砕き、森から抜け出た『地均す甲竜』の巨大な四肢のあちこちに、折れた矢や剣の刃、何か分からないものが突き刺さっている。

 それらを全く意に介さず、障害のなくなった平地を踏みしめながら速度を上げ、猛然と追い上げてくる。

 いいタイミングだ。


「全力で、どうぞ」


 ソラの背中に身体を押し付けるように掴む。

 その跳躍は、取り囲む人々の視界からそれこそ一瞬で消えただろう……まるで、転移したように。

 その感覚は今は懐かしい、ジェットコースターのよう。


「あっは」


 強烈な負荷の後の浮遊感は、まるで空を飛んでいるようだった。

 ゴシャ、という遥か下方からの音も遠い。

 『空駆ける爪』の異名に偽りはなく、何処までも飛んで行けそうな不思議な万能感があった。

 ばんざーい。

 世界はどこまでも平らに、広がっていた。


「はは……っ、あ、うおっおおおお……っ!!!」


 開放感は一瞬にして失せ、待っていたのは加速する大地への帰還。

 人に、獣に、空は飛べないのだ。


 頂点で手放した手に、少女の姿に変化した、ローブを翻らせたソラの手が絡む。


「何やってるんですか」


「いや、つい」


 引き寄せられ、抱きとめられた。

 屈辱の、お姫様抱っこだった。


 ズン、という『地均す甲竜』の鳴動にも似た響きとともに着地。

 ソラさん、前から思ってたけど着地上手いですね。


 そんなのん気な空の旅からの帰還を、幸か不幸か誰も見ていなかった。

 というか、地上はそれどころではなかった。


 ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!


 びりびりと空気を震わせる、人間には到底出せない咆哮。


 見渡したそこは、死屍累々だった。

 稼がれた時間、その間に用意された巨大な木の杭は確かに『地均す甲竜』の首から肩の辺りを深々と抉ったようだ。

 が、固定していた岩ごと砕かれている……近くにいた人間ごと、まとめて。

 ぼたぼたと草を染める血の色は青みがかった、暗く赤い色。

 周りに倒れる人間の血と、どちらが多いかは一目では分からない。


 恐らく『地均す甲竜』が杭に穿たれたその直後に、好機と見て群がったのだろう。

 痛みか怒りか、目の前の餌が消え、暴れ回った後の惨状があれか。


 広げられた硬そうな翼は威圧の為だろう、岩のようだった体色もどこか黒ずんで見える。

 長い尻尾が振り回される度に、人間が玩具のように壊れていく。

 撒き散らされた動かないそれを、『地均す甲竜』は片っ端から咀嚼していた。


 ソラの手が、俺の手を握る。


「今なら簡単に逃げられますよ」


 確かに。

 今の『地均す甲竜』は、周りが見えていないように見える……いや、目がないからではなく。

 手にそれぞれ獲物を構え取り囲んでいた人々でまだ動けそうなのは、もう半数ほどしか残っていない。

 手練れだろう何人かは距離を取りながら上手く捌いているが、捌けているだけだ。

 このままではジリ貧……どころか全滅だろう。


「シエラちゃん」


 ぎゅう、と握られる手は温かい。

 ここで逃げても、誰も文句は言わないだろう。


「……悪い。試したいことがある」


 だけど、逃げるわけにはいかない。

 ずっと考えていた。

 俺はこの血生臭い世界で、永遠の時を過ごすつもりなんてない。

 この世界の神さまに会い、そしてきっと、殺すだろう。

 ……トカゲの一匹や二匹倒せないで、どうする。


 溜め息をついたソラが、指を絡めて顔を寄せた。

 薄く長い舌が、べろりと俺の頬をすくい上げる。


「ご褒美は貰いますからね」


 空いた手で頭を撫でた。


「うん。……期待してて」

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