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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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十四話 人参は鼻先で揺れて

 そもそもの始まりは、都市間を行き来する際に発生する通行料や、都市内で商売する為の権利料などを払いたくない、ケチな商人たちが僻地でひっそりと取引を始めたことがきっかけだった。

 勿論、様々な危険は付きまとった。

 街道の巡視ルートから外れるので賊や魔獣はひっきりなしに出てくるし、札付きの護衛を雇えばそのまま賊に寝返られた。

 それでも転がり込む利益の桁が一つ上がると知れば、同じような目的の人間は自ずと集まる。

 噂を聞きつけた傭兵、拡大を目論む商会や、都市から弾き出された者まで。


 一部からは『渡り鳥の巣』と呼ばれているここには、様々な思惑が渦巻いている。

 ここには善人はいない。悪人もいない。

 いるのはあくまで、商人だけだ。



 そう語ったのはトルデリンテ・マクロレンのお付きの男。

 筋骨隆々の大男、どう見ても商人というより歴戦の戦士。

 話を聞いてみれば閉鎖的な空気に納得がいったけど……いや、悪人だらけじゃないですかねここ。


 広場の中央、簡易的に設けられた議場で各商会の代表が集まり、話がまとまっていく。

 部外者の俺とソラは護衛(というより見張りか)の男に挟まれ、見守る形。

 さらにそれを取り巻く群衆は、熱気に満ち溢れている。

 なんというか、暑苦しい。


 こちらに向かってきているのが『地均す甲竜』だと聞いても、彼らの中から逃げ出そうという声は一つも上がらなかった。

 むしろ討伐後の取り分の話が先に始まったのは、流石と言う他ない。


 商会ごとの取り分、傭兵の扱い等々、俺には関係のない話が終わる頃に、ディアーノ・トルーガは姿を現した。

 それだけで、場の空気が変わる。

 商会の代表というわけではなさそうだけど、しかし一目置かれているらしいことは周りの態度ですぐに理解できた。


「お使いご苦労さん」


 そう言って所在なさげに立つ俺とソラのところへやってきたディアーノは、俺の頭にぽん、と手を置いた。

 そのまま連れられ、代表たちの下へ。


「『地均す甲竜』の生態について分かっていることは少ない。仮説が多く含まれることを留意してくれ」


 ディアーノが口火を切り、この付近の地形が纏められた簡素な地図が広げられ、作戦が説明された。

 小さい子供でも分かるレベルの、単純明快な作戦。



 その説明に要した時間は短く、理解できなかった者はいないだろう。

 危機が迫ることを伝えるけたたましい音が再度鳴り響く。


 分かりやすかったが故に、恐らく誰もが共通の疑問を抱いた。

 やはりどこかの商会を纏めているのだろう強面の男がずい、と手を挙げ口を開く。

 その声はよく響き、丸太のような太い腕は、本当に商人たちの集まりなのか少しだけ不安になる。


「魔力を欲しているんだろう? 十人単位の集団の方にこそ来やしないかね」


 当然の疑問だった。

 作戦の大筋は、白き魔女を囮にして森の中を引きずり回し、要所の罠にかけつつ削り殺す、というものだから。

 その囮が機能しなければ、そもそもこの作戦は成り立たない。

 ……やっぱり囮でしたね。分かっていたけどね。


 ディアーノがこちらをちらりと見て、肩に手を置いた。

 小さく頷き、ソラに目配せをした。

 こういうのはあんまり乗り気じゃないのだけど。


 お互いに溜め息をついてから少しだけ離れ、ソラは青白い炎を全身からごう、と立ち昇らせ……本来の姿、『空駆ける爪』の姿に戻った。

 数々の修羅場を乗り越えてきたであろう男たちが、息を呑んだ。

 その大きな顎を撫で、あえて転移の魔術を使い……ふわり、とソラの上に乗った。

 息を吸う。


「この辺りの人間全てまとめても。……私の魔力の方が、多いですよ」


「……ということだ。他に質問は、ないな」


 俺の言葉を引き継ぎ、ディアーノが締めくくった。

 『地均す甲竜』襲撃の報を受けても動じなかった男たちが、ソラの姿を見て言葉を失っている。

 それとも『空駆ける爪』を従える、白き魔女の姿を見て、だろうか。

 どちらでもいい。これから先、俺たちに降りかかる火の粉が減るのなら。



 そうして。


「白き魔女殿が駆る『空駆ける爪』が、『地均す甲竜』を引きつける!」


 各所で声高に男たちが叫ぶ。

 彼らの気勢は高い……竜の鱗はそれ一つで金貨一枚の価値があるとかなんとか。

 あの巨大な体躯だ、彼らには金の山に見えるのかもしれない。



(上手くいけばいいですけどね)


 またがるソラの声が伝わる。

 昨晩のご褒美のせいか分からないが、転移もやけにスムーズだった……この形態のソラとも、触れていれば意思疎通ができるようになっていた。


「まぁ大丈夫だろ」


 丘の上、森を越えてくる冷たい風を浴び、『渡り鳥の巣』を見下ろした。

 アレが何者かの意図によるものなのか、たまたま出くわしただけなのかは分からないけど。


 そのまま丘を伝って走り、背の高い草葉を綺麗に均しながら近づいてくる『地均す甲竜』を出迎える。

 既に何かを平らげてきたのだろう、その頑強そうな下顎に人間だった何かが引っかかり、赤く染まっている。


「人間に使役できるものなの、あれ」


(あの方なら、造作もなく)


 体長自体は『双頭の毒蛇』の方が長かっただろう。

 ただ横幅が比べ物にならない、トカゲよりイグアナの方がイメージに近いか。

 鋭い突起が無数に生えた背は鎧を纏っているようだ。

 折り畳まれている翼が気になるけど、明らかに体躯に比べて小さいし、飛ぶことはないだろう。


 視線を感じる……けれど、見た限りでは顔に当たる部分に目が見当たらない。

 魔力を見ている……いや、感じ取っているのだろうか。

 俺の、左目のように。


「それじゃ、誘い込みますか」


 動きは鈍重そうに見える……囮なんていらないのでは、と思うほどに。

 ソラは丘を駆け下り、『地均す甲竜』の鼻先を横切った。

 近づくとその大きさにその迫力に、思わず笑ってしまった。

 俺とソラ、両方まとめて一口でおいしくいただけるスケール感。


「……はは、すげぇ」


 恐怖を通り越して、乾いた笑いが漏れた。

 鈍重なんてとんでもない。

 動きは緩慢だが、歩幅の大きさと何よりその巨体、圧迫感が半端じゃない……!


 『地均す甲竜』が地面を踏みつける度に地響きのような鳴動が起き、空気それ自体が震えているような錯覚。


(ちゃんと掴まっててくださいね)


 ソラの声が耳の奥で響く。

 小さく頷く……『迷落の森』と名づけられた暗闇に突入した。

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