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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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十三話 渡り鳥の巣

 なんだ……?

 目を切り替えると、遠く森の方へ逃げた筈の二つの魔力の塊が見えない。

 小さな生物だろうか、綿埃のような薄く淡い魔力が草木に絡まり、光を放つ絨毯のようで、見惚れそうになる……が。

 森のさらに奥、明らかに異常な大きさの魔力の塊が見える。

 森の向こうは崖になっていて、その先はもう海だと聞いている……見えている魔力の位置がおかしい、崖を、登っている……?


「ソラ、何が来てる?」


「分かりません。すぐに、遠くへ」


 袖を掴んでいたソラが、俺の手を握りなおす。

 目を戻しながら横目でちらりと窺う、全身鎧の男と恰幅の良い商人は、賊の死体から金品を回収しているようだ。

 声をかけるか一瞬迷ったが、俺の手を痛いくらいに握るソラの手が僅かに震えている……逃げよう。

 すぐ後ろ、小高い丘の傾斜はきつく、壁のようにそびえている。

 その上、背の低いまばらな木々を注視して、人差し指の付け根を噛んだ。


 目の前に現れた枝に軽く手を添えつつ落下、着地。

 見晴らしの良さに感動する暇はなさそうだ。

 かなりの距離がある筈の木々の群れ、その向こうの崖の上に、登りきったのだろうそれが見えた。


 翼のようなものも見えるけど……一見、巨大なトカゲに見える。

 石みたいな地味な色、数百メートルはあるこの距離で姿形が判別できる程に、視認したそいつの体躯はあまりにも巨大だった。

 ……目が、合った?


 眼下ではようやく俺たちが消えたことに気がついたらしい、護衛の男が辺りを見回している。

 声をかけるべきだろうか。

 遠くから何かやばいのが来ていると。


「シエラちゃん。どこまで跳べますか」


 余裕のないソラの声に改めて周囲を見回す。


「見える範囲なら、多分」


 海とは反対側はだだっ広い平地で、遠くに小さな集落と畑が見える。

 さらにその向こうは低い山が連なっていた。

 視線を横に滑らせる。

 目的の港湾都市とやらは見えない……どころか、まだ川も見えていない。

 やってきた方向、一晩を明かした商人たちの寄り合い所は見えないが、遠く突き出した丘の上に小さく見張り櫓が見える。


「一度戻りましょう。見つかる前に」


「……分かった」


 いや多分、見つかってるけど。

 初めて耳にするソラの有無を言わさぬ声色に、爪楊枝みたいな見張り櫓を見つめる。

 転移の魔術を発動させると、視界がブレ、空中に放り出された。

 縦軸も横軸もさらには奥行きも見事にズレた、首を廻らせると、ああすっごい行き過ぎてる!


 落下が始まる中もう一度発動させるか悩む、櫓の上に人影が見えた、やめておこう。

 十数メートル落下し、しかし体勢を立て直したソラに抱えられ、櫓からかなり離れたところに着地した。


「思い出しました。あれは『地均す甲竜』です」


「ちならす……竜?」


 けっこうな距離を転移したからだろう、魔力が抜け落ちた感覚。

 だけど今朝方に感じていた身体のだるさは既にない。

 無尽蔵だな、と感嘆する反面、左目に納まっているあのアーティファクトはどれだけ大喰らいだったのかと、改めて驚く。


 聞きなれない言葉に詳しく聞こうとすると、櫓の上からけたたましい音が辺り一帯に響き渡った。

 ガァン。ガァン。


「っ……びっくりした」


「上の人間も見つけたようですね。恐らくこちらに向かってくるでしょう」


「どういうこと」


「お腹ぺこぺこってことです」


 ソラに手を引かれて丘を駆け下りる。

 鳴り響く鐘か銅鑼か分からないその音に、建物内から続々と人が出てきている。


「野党か? 魔獣か? 騎士団様かぁ?」

「なんでもいい、返り討ちだァ!!」

「なんだなんだ、久しぶりだなぁおい」


 テンションの高い方々が広場の方へ集まっていく。

 こういったことに慣れているのだろう、動きに淀みがない。

 排他的だった建物は開放され、手に手に武器が配られていく。

 我先に逃げ出しそうな商人風の男たちは、逆に稼ぎ時だと言わんばかりにその場その場で露店を開いていた。


 ……戦う気なのか、あれと。


 ソラの手を握り、道の半ばに見えた見知った顔のところへ跳ぶ。


「ディアーノさん」


 腰に剣帯を引っさげ杖をつきながら広場へ向かう老人、ディアーノ・トルーガ。

 後ろから声をかけると、おお、と顔を綻ばせて振り向いた。


「嬢ちゃんたちか。まだ出立してなかったのか」


「はい、えぇと……『地均す甲竜』っていうのに出くわしまして」


「……ほう」


 俺の言葉に、老人の双眸が鋭く妖しい光を放つ。

 少しだけ目を伏せ考えた後、ディアーノは腰のポーチからくたびれた羊皮紙の端切れと羽根ペンを取り出した。

 指でインクと紙を持ちながら何か書き記していく……器用だ。


「これを広場にいる一番偉そうな男に渡してくれ。ディアーノからだと言えば通る」


「……分かりました」


 逃げたほうがいい、と伝えに来たつもりだったんだけど。

 杖をつく、世話になった人の頼みは無下に断れない。


 屋根の上を見つつ転移の魔術で跳んだ。

 隠す必要もないだろう、何より恐らく事態は切迫している……四肢に魔力を流し、屋根伝いに走る。


「最悪、シエラちゃんを咥えて逃げますからね」


「……了解」


 圧倒的な戦いを見せつけてきたソラが完全に逃げ腰になっている。

 恐怖の中に、少しだけ興味が沸いてきた。

 屋根から屋根へ跳び伝う……広場には武装した大勢の人間が詰め掛けていた。


 一番偉そう……あれだろうか、もう鳴り止んでいる、櫓の立つ丘を背にして即席の壇上に立つ男。

 豪奢な外套を纏う、白髪混じりだが背筋は伸びている、手にしているのは杖ではなく鞘か。

 その目の前に、転移した。


 僅かに見開いた目を見て確信する……人の上に立つ者特有の、自信と威厳が満ちている。

 ただ今まで見てきたその誰よりも、冷たい。

 後ろの群集が、息を潜ませた。


「何者だ」


 その声は重く寒々しく、恐らく自分以外を心から信用することなどない、損と得で物事全てを計る……冷徹な人間。

 顔を晒さないと問答無用で斬られる、そう感じた。

 大衆の目が集まっているけど、逃げ切る自信はある……覚悟を決めてフードを取った。

 取り巻く空気が、少しだけ変わる。


「ディアーノさんからです」


「何……?」


 控えていたこの男の護衛だろう、二人こちらに詰め寄ろうとするが、目の前の男は視線だけでそれを制し、俺が差し出した紙切れを受け取った。

 一度こちらを見やり、読み終えた男は無造作にそれをしまうと、溜め息をついてから口を開いた。


「言伝を見たか」


「? いいえ」


 そもそも読めない……。

 広場に集まった武装した人々の視線を一身に受け、既に帰りたい気持ちで一杯になっている。

 というか渡すもの渡したし、もう逃げてもいいですよね?


 と、ソラの手を握り直しお別れの挨拶でもしようと口を開こうとすると。


「私はトルデリンテ・マクロレン。……白き魔女殿、その名を聞かせて貰えるか」


 んん……?

 態度が少しだけ、和らいだ気がする。

 いやでも待て待て、白き魔女って……いやその前にマクロレンって。

 飛んで火にいるなんとやら、なんて言葉が脳裏に浮かんだ。


「……シエラ・ルァク・トゥアノ」


「聞いていた通りの美しさだ。お目見えできて光栄に思う」


「えぇと……。私を捕らえたり、とかは」


 恐る恐る聞いてみる。

 いつでも逃げられるように、魔力は四肢に流しておく。


「ああ。そのつもりで私兵を割いていたが……ディアーノに釘を刺されてしまった」


 苦笑しながらの言葉に皺が寄り、ようやく人間味を感じ取れた。


「なんて書いてあったのか、聞いても?」


「『地均す甲竜』。いい手向けになる。……ケープの似合う美人を送る」


 あらやだ美人ですってよ奥さん。

 ……いや、全く意味が分からないんですけど。


「力添えを願えるか。白き魔女、シエラ殿」


 その言葉を受けて、ソラの方をちらりと見る。

 この男の心変わりの理由は分からないけど、協力しておけばこれから先の旅は楽になりそうだ。

 というかこれ、巻き込んでおいて恩を押し付ける形になっているのでは……?


「危なくなったら、シエラちゃんだけ連れて逃げますから」


 物凄く後ろ向きな首肯だった。

 これはまたご褒美を奮発しないといけないかもしれない。


「……分かりました」


 見上げ、返事をする。

 まぁ、囮くらいしかできないだろうけど。

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