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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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十一話 轍に血は染みて

「あ゛ー……」


 大きな荷はなくなり、港湾都市へ向かう足取りは軽くなる……筈だった。

 なんだろう、微妙に身体がだるい。

 この重さは腕に巻きつくように身体を寄せるソラのせいではないだろう。


「……歩きづれぇ」


 つるつるのたまご肌と化した頬をすり寄せてくるソラは朝から上機嫌だ。

 周囲からの視線はない。

 あの男……自称お人好しのウルフレッドは、律儀に掃除を済ませていったようだ。



 商人たちが身を潜め取引を行うあの場所を離れてしばらく経つ。

 左に見えていた小高い丘はその高さを変えず、視線を遮り続けている。

 右手方向の森は低く遠ざかり、木々の向こうには眩しく光を跳ね返す海面が遠く、遠くに見えている。

 森を避けるように弧を描いていた道は、今は丘を避けるように弧を描いていた。


 見事なまでの快晴で風も心地良く、まさに旅立ちには打ってつけ。

 だのに昨晩、調子に乗ってソラに魔力を与えすぎたせいだろう、遅々として歩みは進まない。

 時折荷馬車に追い越され、またすれ違うが、どちらもフードを被っているからか、声をかけられることもなかった。


 川を二つ越えると見えてくるという港湾都市リフォレ。

 その一つ目の川すら見えてこない。

 ……これ、明るいうちに着けるのかな。

 そんな心配が脳裏をよぎったときだった。

 もう何台目だろう、後ろから迫る荷馬車の音を聞き、道の端に避けると、その荷馬車は速度を一気に落として併走を始めた。


「嬢ちゃんたち、どこまで行くんだい」


 御者台からの声に見上げると、顔の鼻から下をバンダナのようなもので覆い隠した男が軽く手を挙げた。

 太い眉が勇ましい恐らく中年くらいの男が手綱を引く度、馬が不機嫌そうに身体を震わせている。

 砂埃に口を押さえながら、仕方なく答えた。


「えぇと……港湾都市、です」


「歩きでか。随分軽装だな、夜までに着かないよ」


 ちらり、と横目でソラを見る。

 ん? と純粋な青い瞳で見返され、小さく溜め息をついた。

 お前、完全に希望的観測だったじゃねーか。


「乗ってくかい? 金は取らないよ」


 幌の付いていないそれに積んである荷は、大きな布が被せられていて何も見えない。

 ぱっと見たところけっこうな量の荷が積んでありそうだが、少女としか呼べない小柄な体格のこの二人なら、問題なく座れそうだ。


 魅力的な提案に、しかしじぃっと荷の方を見つつフードの中で忙しなく動くソラの耳と、表情が気になった。


「んー、そうですね……」


 適当な相槌を打ちつつ、ゆっくりと目を切り替える。

 ああ、本当によく見える。

 思わず笑ってしまうほどに。

 厚く大きな布の中、薄い魔力が身体を廻っている……御者を合わせて六人も乗っていたのか。


 くるり、と身体ごと周りを見た。

 丘のせいで見通しがあまりよろしくないが、遥か後方に幌付きの立派な荷馬車がこちらに向かってきているのが見えた。

 あれにしよう。

 既に剣呑な目つきになっているソラの手を握る。


「いえ、遠慮しておきます」


 できる限りの笑顔を浮かべた。

 わざわざ生きている人間を隠している、その理由は色々あるのだろうけど。

 俺の言葉を受けて御者台の男は一瞬たじろいだが、すぐに追いすがるように口を開いた。


「いやいや、途中に宿もな」


 男の台詞を最後まで聞かず、右手の人差し指、その付け根を唇で挟む。

 まばたきの間に、ソラの手を引いたまま、見えていた荷馬車の上に現出した。


「あ」


「わふ」


 が、思っていたより上方に跳んでしまったのと、当たり前だけど、荷馬車は動いていた。

 すたっ、と華麗に着地した。

 ……道の上に。


「シエラちゃん」


「待って。何も言わないで」


 やっぱり距離があると大きくズレる。

 ゆっくりと遠ざかる幌付きの荷馬車、その真上……いや後ろが開いている。

 見やりつつ、手を繋いだままのソラに声をかける。


「どうする? 歩きだとけっこうな距離みたいだけど」


「あれに乗ってみたいです」


「じゃあ、決まりだな」


 改めて転移の魔術を発動させた。

 直後、上手く入り込めたらしい目の前には大きな木の箱、身体が後ろに持っていかれ、何かに頭をぶつけた。

 隣のソラは上手くバランスを取れたようで、腕を引いて起こしてくれた。

 目配せして礼を言う。

 息を潜めて様子を窺うが、どうやらバレていないようだ。

 というか、荷馬車はけっこうな揺れで騒音も凄い……これなら小声で話すくらいなら平気だろう。


 木箱の陰から前方を覗き込むと、御者台には二人の男が座っていた。

 頭にターバンのような厚手の布を巻いた横に体格のいい御者と、見るからに重そうな今は兜を脱いでいる全身鎧の男。

 後者は恐らく護衛だろう、背もたれに身体を傾けて随分と慣れている様子で、その頭部は鳥の巣のよう。


「どうしたんだろうねぇ、立ち往生している」


 と、御者の男は馬の足を少し緩めながら口を開いた。


「人運びか? 四……五人、いや、随分と物々しいな」


 答える護衛の男は僅かに緊張した様子で身体を起こした。

 金属同士が擦れる鈍い音がする。


「賊の類かもしれん、反転の準備を」


「えぇ、参ったなぁこんなところで」


 情けない声を上げた御者は恐らく商人で、後ろから見ても分かる恰幅の良さだ。

 目を切り替える。

 幌で覆われた荷台の中には魔力……俺たちの他に生きている人間はいない。

 無賃乗車しているコレの乗員は、御者台に見えている二人だけ。


 向かう先に視線を移す。

 荷馬車がすれ違えるかどうか微妙な道幅の真ん中で、覆われた布から解き放たれた男たちが、手に武器を携えて辺りをきょろきょろ見回している。

 探し物は……俺たちだろう。

 ソラに目配せしつつ、見つからないように頭を引っ込めた。

 いつの間にフードを外したのか、ソラは目を瞑りぴょこぴょこと耳を動かしている。


 彼らの数十メートル手前で人間の歩く速さにまで速度を落とした荷馬車は、引き返すかどうか逡巡している様子。

 木箱越しに左目で見通す……御者台の二人、護衛も商人も魔力は人並み。

 ずっと向こう、六人分の魔力の塊……何人かは意図的に魔力を流している、魔術の気配。


 荷台が斜めに傾いだ、丘ではない方を使って無理やり反転するつもりだろう、しかしその動きは護衛の声に止められた。


「これは間に合わんな。馬車から降りて離れていろ」


「頼みましたよ、旦那ぁ」


 商人の男はすぐに馬を丘の方へ寄せていく……全身鎧の男はそれを待たず片手に兜を掴み、重そうに御者台から飛び降りた。

 道から外れ荷台の中は酷く揺れるが、積み込まれている物は固定されているのだろう崩れることはなかった。

 木の陰に馬を隠すように荷馬車を置いた商人の男は、言われた通りにえいやっと降りて、馬に身を寄せた。


 遠くに見えていた六人のうち、四人分の魔力がもう既に護衛の男の近くまで来ていた。

 手足に刻まれている紋様に魔力が流され、身体能力が向上しているのだろう。

 ふと思い立ち、自分の腕を見ながら魔力を流す。


「あー、そゆこと」


「? なんです、シエラちゃん」


 ただ単純に、魔力を身体に流せばその部位の能力が向上するのだと思っていたのだけど……違った。

 最初から刻まれていたのだ。

 この身体の恐らく骨に当たる部分に、見えても理解はできない緻密な紋様が、それこそ気持ち悪くなるくらいびっしりと。


 ガキン、と金属と金属がぶつかり合う音に視線を戻した。

 幌越しに魔力体が絡まりあっている……何が起きているのかさっぱりだ。

 ソラに目配せをして荷台の後ろから這い出てから、改めて様子を窺う。


 遠く、小さな弓を手に男が二人、荷馬車の方へ駆けてきている。

 先行していた賊の四人のうち、一人が既に肩から胸まで真っ赤に染まっていて、短剣を落としたところ。

 他の三人は、兜を装着した全身鎧の男から距離を取っている……その手に持つ刃渡りの長い剣、それが振るわれ乾燥した砂が血を吸った。


「うへぇ……」


 グロい。

 思えばこの世界で目覚めてから、スプラッタな場面を見たのは初めてだった。

 目を背けたくなる、という意味では、あの村跡での惨状の方が上だったけど。


 隣のソラは舌なめずりをしている……。

 ああ、おいしそうとか思ってそうだなぁこの子。


「おいしそう」


 言っちゃったよ、もう。


「……ソラさん」


 膠着状態の彼らを見やりつつ、ソラの手に触れる。


「俺の前で、人間は食べないでね……」


「そんな」


 眉根をひそめ、明らかに不満そうな顔で抗議の声を上げようとするソラの、唇に指を添えた。


「御褒美の方が、美味しいだろ」


「っ、……ふひ」


 このにやけた小娘が『空駆ける爪』とかいう大層な名前で呼ばれているらしい。


 さて、この状況……どうしますかね。

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