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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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六話 隠れ潜むは商い人

 舗装などある筈もない、薄く轍の残る名も知らない道を歩く。

 ヴィオーネがあの村を僻地と呼んでいたのも頷ける、誰ともすれ違うことはなかった。


 まだ陽は高く、歩みを妨げるものはない。

 風も穏やかで、控えめに言っても絶好の旅日和。


 時折現れる分かれ道にも看板などはなく、世界そのものから仲間外れにされているような気さえしてくる。

 ただ隣を歩くソラはずっと楽しそうで、尻尾でローブが持ち上がる度に視界に飛び込む肌色にひやひやさせられた。




 それからさらに、二時間以上は歩いたと思う。

 掲げている巨大な蛇の頭蓋骨のおかげだろうか、魔獣に襲われることもなかった。

 疲労感はない。

 視界に入る植物、月を横切るように飛ぶ鳥、どれもが見たことのないものばかりで飽きることがなかったし、何よりソラがずっと楽しそうにヒイラギとの出会いやこの大陸の地理を話してくれていた。


 人の生活圏が近くなってきているのか、道幅は少しずつ広がり、轍の跡もはっきりとしてくる。

 もう何回目だろう小高くなった丘を上りきり、ようやくソラが寄り合い所と言っていた場所が見えてきた。


 右手には大きな森が広がっていて、背の低い木々が海岸線まで鬱蒼と生い茂っている。

 その森を避けるように湾曲している道、それを挟んで岩だらけの小高い丘が見える。

 丘と森、その間にひっそりと人目を忍ぶように建物がぽつぽつと建っているそこには、往来する人々の姿も小さく見えた。


 近づくにつれてあまり整備されていない道は広くなり、建物のある辺りまで来ると荷馬車がぎりぎりすれ違えるほどになっていた。

 薄暗い道沿いに肩を寄せ合うように立ち並ぶ建物はそのほとんどが木造りで大きく、見れば物置や馬小屋を併設しているところが多い。

 それぞれ出入り口に飾られている所属を表すものだろうそれは多種多様だ。

 馬の蹄。傾いた天秤。積まれたコイン。折れた鳥の羽根。


「こんな風になっているんですね。色んな匂いがします」


「どけ! 危ねぇぞ!」


 蹄と車輪のけたたましい音を聞き既に道の端に避けていた俺とソラに、御者台から怒声が降ってきた。

 慌てて建物の脇まで退避すると、砂煙を上げて荷馬車が通り過ぎていく。


「人間同士の触れ合いですね。風情があります」


「そうですかね」


 それにしてもここはどういう場所なんだろう。

 町という規模ではないし、村という感じでもない。

 第一印象は各地から持ち寄り運ぶ荷の中継地点。集積所みたいな。

 ちらほらと人の姿は見えるけど、そのほとんどが顔を半分かそれ以上を覆って人相を隠している。

 方々から訝しげな視線を感じるけれど……見た目がコレで、持っているものもコレだし、仕方ないだろう。


 道の脇を視線に晒されながら歩いていく。

 城塞都市レグルスの開けた店先とは違い、ほとんど全ての建物に扉が付いている。

 作りとしては当たり前なそれは、しかしどこか排他的に思えてしまう。

 どの建物も窓がやけに少ないからかもしれない。



 さて、本当にこんなものを買い取ってくれる店などあるのだろうか。

 どこがどういう建物なのか、パッと見ではまったく分からない。

 隣のソラは鼻をすんすん鳴らしながら物珍しそうに辺りを眺めている。楽しそうで何より。

 埒が明かないので、試しに近くの一見宿舎に見える大きい建物の扉をノックしてみることにした。


「すみませーん」


 返事はない。数秒待って中へ。

 立て付けが悪いのか床を引き摺るように開けると、奥のカウンターに座っている小洒落たシャツを着ている男が顔を上げた。


「どちらさんですか」


 無機質で冷たい声に、怪訝な表情。

 まぁそれは、そうだろう。


「こういうの、買い取りしてますか」


 抱えている丸めた皮と巨大な頭蓋骨。

 掲げられたそれを見る目は、とてもとても険しい。


「あー……どこのお使いかな? 雇い主は誰だい」


「? えぇと……」


「それとも何処から持ち出したのか、って聞いたほうがいいのかな」


 投げかけられる男の言葉は刺々しく、敵意すら感じる。

 つまり、小間使いか盗っ人か。

 そんな風に見えているらしい。


「……いえ、失礼しました」


 上手く説明できる気もしないし、面倒ごとになる前に退散することにした。

 んん、思ったよりこれ売り捌くの難しいのでは。


「血の通った温かいやり取りでしたね」


「言うねぇ」


 それにしても門前払いに近い扱いを受けるとは。

 どこぞではこの姿は湖の女神とまで形容されたというのに。

 ……もしかして。


「ソラ、これ持ってて」


 既に両手で巨大な頭蓋骨を持ち上げているソラに丸めた皮を渡すと、事も無げに片手でそれぞれを持ち上げた。


「んー」


 俺の服はそんなに汚れてない。

 髪も魔力を補充したせいかしっとりと潤っている。

 ということは……。


「? 何ですかシエラちゃん」


「いや、お前よく見たら髪の毛ぼっさぼさだぞ」


 有り体に言って、小汚い印象を受ける。

 櫛が欲しいなんて思う日が来るとは思わなかった。


「おとなしくしてろ」


「んぅ~……」


 ソラの随分とワイルドになっている髪を手櫛で整える。

 俺より少し背の高い、身体の曲線も少し大人びている、両手に荷物を抱えたソラはされるがままだ。

 目を瞑って気持ち良さそう。狼というより犬っぽい。


「うん、こんなもんだろ」


「ありがとうございます。私もしてあげましょうか、シエラちゃん」


「……いや、いい」


 目をきらきらさせながらの提案は丁重にお断りした。

 爪がこわいので。


 さて。

 他に考えられる理由としては……二人とも見た目がおチビちゃん、ということか。

 流石にそこはどうしようもない、数を撃てば当たるだろう。




 気を取り直して二軒目。


 扉を開けた途端、奥のカウンターと壁際の椅子それぞれからねめつけるような視線を感じた。

 この種の視線はどこかで……と思い出そうとしていると、奥から恰幅の良い男の声が飛んできた。


「これはまた随分と可愛らしいお客さんだ。ご用件は何かな」


「……えぇと。買い取って頂きたいものが」


 横に傾けてなんとか扉を通ったソラが、巨大な蛇の頭蓋骨を高らかに掲げた。

 壁際の男が驚いたように溜め息をつき、カウンターの男は反対に訝しげな表情を浮かべた。

 なんだろう、困ったような……いや、面倒臭そうな。


「ああ、何処の紹介かな」


「……紹介?」


 俺の語尾を上ずらせた言葉に片眉をぴくりと上げた男は、しかし態度には出さず声を和らげた。


「すまないねお嬢ちゃん。うちは飛び込みは受けてないんだよ、悪いね」


「……そうですか、失礼しました」


 そういうことなら仕方がない。

 おとなしく頭を下げる。

 隣のソラもつられてか同じように頭を下げた。


「ああ、ああ。いいんだよお嬢ちゃん。それよりもっと良い話があるんだが」


 壁際の男の気配が変わる。そこでようやく思い至った。

 ああ、この視線……城塞都市レグルスの路地裏で浴びた、好色の目。

 背筋がひんやりとする。


「いえ、失礼します」


「待っ」


 言葉を遮り外へ。

 ソラが飛び出したのを見てから扉を叩きつけるように閉めた。

 何事かと注がれる周りからの視線も、やはり好奇の類が多い。


「心のこもった応対でしたね」


「下心だけどな」


 どうしたものかな。

 今の二つの対応、内装、受付、奥に見えた間取り。

 そして往来する護衛付きの荷馬車は物々しい印象。

 ここはこの場所は、商人が商人の為に設けられた場所のように見える。

 だとすれば俺たちのような客は、そもそも客ですらないのかもしれない。


「んー」


 ただ明らかに、この場にそぐわない武装した小集団もちらほらと見える。

 護衛みたいな仕事を探しているのかもしれないけど、その中には俺たちと同じように、『生きていた何か』だったモノを運んでいる者たちもいる。


 やはりそういう店もあるのだろう。

 彼らの後を尾ければ手っ取り早そうだけど……。


「シエラちゃん。あそこ行きましょう。道の反対側、三軒目です」


「ん。いいけどなんで?」


「一番魔獣の臭いが濃いです」


 なるほど。

 蛇の道は蛇ですか。

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