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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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四話 魔獣という生き物

 便利で虫歯知らずだろう牙を生やした蛇の頭は、その長い身体をくねらせ、ソラへ向かって宙を舞った。

 随分と器用な動きをする。ソラは押さえつけていた蛇の首を蹴るように跳ね飛ばし、自身も後方へ跳躍。

 空中で接触するように見えた二つの蛇の頭は、しかし捻るような動きで立て直し、砂埃をほとんど立てずに着地した。


 しゅるしゅると舌を交差させてこちらをねめつけるその四つの目は、獲物をどう捕食しようか相談しているように見える。

 改めて見ると恐ろしく太く、しなやかで長大なその姿は筒型のウォータースライダーを思わせる。

 さっきはソラに突っ込みながらで恐怖がどこか飛んでいたけど、相対するとこれは……飲まれそうになる。


「あの、ソラさん。……逃げたほうがよくないですか、これ」


 と呟いてみるも、聞こえている筈のソラの警戒態勢が解かれない。

 狼のソラと蛇の初速、どちらが速いかは分からないけれど睨み合うこの状況……恐らく逃げに回るのは悪手なのだろう。

 覚悟を決めて、左手で短剣を抜いた。

 握ったそれに魔力を込めようとしたけど、やっぱり上手くいかない。

 四肢に流すだけに留め、逆手に構えた。


 ああ、怖い。

 けれど、不思議と頭は冴えている。


 恐らくもう一度ソラが、初撃で牙を突き立てた方を押さえてトドメを刺せば、勝負は決するだろう。

 なら俺がすべきことは、未だ無傷の頭への陽動。


 初速、それだけならば、きっとこの世界の誰よりも……俺が一番速い。

 短剣を握った左手を振り上げ、転移の魔術を発動させた。


「ふ……っ!」


 蛇の頭、その真上に現出した俺は、その無防備な光沢のある少し湿った鱗に短剣を突き刺した。

 驚愕が腕を通して伝わるようだ。

 痛みや感情がどの程度繋がっているのかは分からないけど、もう一つの頭は俺から見ても反応が鈍かった。

 俺の転移と同時に飛び出していたソラの鋭い爪が、迫る口腔、その噛み付きを避けざまに柔らかそうな蛇の腹を引き裂いた。


 刺さった短剣を手放し宙に投げ出された俺を目掛けて、蛇の大口が迫る。

 重力に逆らう到達点の決まったその動きは、読みやすかった。

 慎重に人差し指の付け根を唇で噛む。


 ばくん。

 一人分ズレた空中……口を閉じた蛇の頭のすぐ横に現出した俺は、刺さったままの短剣、その柄を掴んだ。

 そのまま重力に引かれ、一気に切り裂く。


「あれっ」


 つもりだったのだけど、現出した直後の運動エネルギーがゼロな俺は、つまりは体重分しか力として使えなかったわけで。

 この身体の体重はどれくらいなんだろう、多分、けっこう軽いんでしょうね。

 切り裂くどころか少し傷口を抉った程度で短剣はすっぽ抜け、蛇の身体にぶつかって大きく跳ねてから着地した。

 ……なかなかの弾力でした。


 もう一方の蛇の頭は、巨大な狼と化したソラの爪と牙で蹂躙されていた。

 短剣の刺し傷それ自体は大した傷ではなかったのだろう、危険度はソラの方が高いと判断した『双頭の毒蛇』は、俺の捕食に失敗した頭を反転させ、上空からソラへと襲い掛かる。

 それを見越して大きく跳躍したソラは、華麗に岩に着地した。

 その辺りは毒液っぽいのがぶちまけられてそうだけど大丈夫ですかね。


 ソラの相手をしていた頭はもうほとんど動いておらず、引き摺られるまま既に尻尾のように扱われている。

 つまり、ただの巨大な蛇だ。

 いやそれでも充分すぎるほど怖いけど。


 ちらり、とこちらに視線を寄越したソラと目が合う。

 言葉も何もないけど、なんとなく言いたいことは分かった。


「任せる」


 もう俺の出番はないだろう。

 というより最初から俺、必要なかったんじゃないかな……?



 そこから数分もせずに、決着はついた。

 『空駆ける爪』の戦いは凄まじく、なんというか一切の容赦がなかった。

 対する『双頭の毒蛇』の耐久力も相当なもので、動かなくなる頃には頭の原型はほとんど残っていなかった。


 蹂躙後のソラの体毛は返り血を浴びてどろどろで、歩く度に血の足跡が地面についていく……。

 そして倒れ伏す『双頭の毒蛇』の身体にソラは齧り付き、トドメを刺したかと思いきや……そのままムシャムシャと咀嚼しだした。


「えっ、ちょっと」


 食べるの?

 ちょっと待って大丈夫なのそれ。

 戸惑いながら声をかける俺に対しソラはもぐもぐしつつ、早く来いよ食べようぜ、みたいな顔でこちらを見ている……。


「え、あの、ソラさん」


 尚も躊躇する俺を見てソラは一度少女の姿(血まみれで裸)に戻ると、


「もぎゅもぎゅ……にゃんですか、んぐ、もぐもぐ」


 と、食べることを止めずに、そのままちょっと面倒臭そうに答えた。


「……なんで食べるの?」


「???」


 その何言ってんだこいつみたいな純真な目はやめろ。

 大きく噛み千切った鱗の付いたままのそれを嚥下したソラは、ぐいっと口の周りの血を拭った。


「いや、魔獣の餌は魔素なんじゃないの……?」


「けぷっ……そうですよ。でも魔力の方が美味しいので、魔獣は魔獣を食べますし」


 ソラはその長い舌で、血まみれの指を舐めた。


「人間も食べますよ」

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