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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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二話 癖になる匂い

 食事を持ってきます。そう言って少女の姿のまま、魔獣は外へ出て行った。裸で。

 いやさっきのローブはどうした。

 ……まぁあの人気ひとけのない森の中なら別に問題はないか。


 戻ってくるまでに頭の中を整理しておかないと。

 部屋の隅にあったワンピースドレスを着つつ、ああ良かった、お金も靴もあった……。

 この家には姿見がない。左目を確認しておきたかったけど、違和感もないし見えてるからまぁいいか。


 もう手馴れた着替えを終えて外に出た。

 紙箱も健在で、久しぶりに一本を取り出し口に咥える。

 空は気持ち良く晴れていて、大きな二つの月は相変わらず仲良く寄り添っている。


 まずは、現状の把握か。


 体内を廻る魔力量は心許ないけど、淀みなく循環している。

 心許ないというより、湖の水を吸収する前に戻ったと言うべきか。

 右手人差し指の付け根に刻まれた転移の魔術は相変わらず赤黒い血の色で、血の通っていないこの白い手には酷く目立つ。

 左の手の平には同じ色の奇妙な紋様。

 目を切り替える……前より少し薄くなった周囲の魔素は、あの枯れた湖の影響だろうか。


「んー……」


 魔素を見ていると左目に違和感があるけど、よく分からないので保留。

 自分の身体はそんなところか。



 次にやらなくちゃいけないことだけど。

 あの三姉妹に盗み出したアーティファクトを届けに行く……と言っても、この手の中で燃えたんだよな。

 左目に収まった感覚があるけど、さて彼女らにはどう説明したものか。

 どれくらい時間が経ってるか分からないけど、俺が盗んでそのまま逃げたと思われてたらやばい。


 それと、テテとトトに荷物を届けてあげたいんだけど……かなりの量だし、三姉妹のところに着いてから改めて転移することにしよう。


 つまり、エクスフレアの邸宅に行くのが最優先、なんだけど……どこにあるんですかね。

 転移の連続で、それぞれの位置関係が全く把握できていなかった。


 もう一度転移の魔術でおねしょシーツ、もとい城塞都市レグルスに跳ぶか……?

 魔力が足りるか分からないけど、そこから上層、中層を経てあの宿に辿り着ければ連絡は取れそうだ。

 連絡……いやそうか、耳のピアスがあった。


 手で軽く触れ、魔力を流してみようと試みる……が、うんともすんとも言わない。

 ニャンベル・エクスフレアはいとも簡単にやっていたけど、一人では全くできる気がしない。

 そういえば尖塔の部屋でなんか異音がしてたな……壊れてる可能性もある。


「うーん」


 思いつく残りの手段は……左目に収まったであろうアーティファクトか。

 大陸全てを俯瞰したあの感覚、あれを使えるなら転移の魔術と組み合わせて跳べるかもしれない。

 左の手の平に刻まれた気味の悪い紋様をちらりと見る。

 使い方は身体が知っているのだろう、なんとなく分かる。

 けっこうな魔力を使うだろうことも、なんとなく分かる。

 いや、また昏倒したら目も当てられないし……これも一旦保留にしておこう。


 そんなことをぐるぐる考えていると、咥えていた煙草に似たそれが全て散り散りに宙に消え、ちょうど大きな狼の姿の魔獣が戻ってきた。

 口にはバケツみたいなものを提げている。

 ああ、初めてトトと会ったときに彼が持っていたやつかな。

 魔獣はそれを小さな家の扉の前に置くと、ぼう、と青白い炎を纏い、素っ裸の少女の姿になった。

 いや、だから、服……。


 やはりあれは耳だったらしい、ぴこぴこと小刻みに動いている。

 尻のすぐ上からはもさもさした尻尾が生え、こちらもゆらゆらと揺れている。

 それ以外は普通の女の子に見える……その背中に、薄っすらと幾何学的な紋様が見えた。


 魔獣は外でぼーっとしている俺をちらりと見てから、家の中に入っていった。

 その尻尾につられるように俺も家の中へついていく。



「どうぞ」


 そう言われて差し出されたのは、うん、さっき見たバケツだ。

 金属製の形が歪なそれには、枯れた筈の湖の水……液体化した魔力が半分ほど満たされている。

 柄杓のような、お玉のようなものが一本。


「……飲めばいいんですかね」


「? そうですけど」


 そうですよね。


「いただきます」


 お玉を手に取り、すくったそれを恐る恐る飲む。

 味はしない。

 ただ、この身体は魔力で動いているのだと実感させられる、充足感だけがある。


 あっという間に飲み干し、こちらをじぃっと見つめる少女の視線にふと気がつく。


「……あ。ごめん、お前の分まで飲ん……いや、魔獣だから別にいいのか……?」


「そうですね、それは濃すぎます。この森に漂う魔素は他と比べても多い方ですし……それに」


 そう言いながら少女は空になったバケツを端に退かし、にじり寄ってきた。

 俺の腕を撫でさすりながら掴み、首筋に鼻を埋め、すんすんと鼻を鳴らしてくる。

 ちょっとくすぐったい。


「私はこれで充分です。滲み出る魔力の残り香……あの方を感じられる」


 会う度に身体中の匂いを嗅がれていたのはそういうことですか。


「まぁそれでいいなら、いいけど」


 獣臭い僅かに青みがかった濃い灰色の髪に手櫛を通す。

 一瞬少女の動きが止まったけれど、またすぐに鼻を鳴らし始めた。


「気安いですね。別に、構いませんけど」


 少女がすんすんと匂いを嗅ぎながら呟いた言葉には小さな棘があった。

 この少女が求めているのは、この身体を作った『黒き魔女』の面影、その名残で……俺自身ではない。

 けどまぁ、小さなお尻の上に生えた尻尾はすんごいぶんぶん振られているので、嫌われてはいないのだろう。


「ああそうだ。お前、なんて呼べばいい?」


「んふー……。私はその……すんすん。はふ……一日で大陸を横断するという逸話から……すんすん」


「喋るか嗅ぐかどっちかにしろよ」


「はぁ……『空駆ける爪』という……ふぅ。……かっこいい名で呼ばれています」


「いやそれは知ってる」


「???」


 じゃあなんで聞いたんだよ、みたいな目で見られても。

 毎回それで呼ぶのは長すぎると思いますよ。


「ヒイラギは……あいつにはなんて呼ばれてたんだ?」


「すんすん……。あの方は、魔術で直接、意思疎通をしていました」


 そんなこともできるんですね。

 一切参考にならなかった。


「とりあえず空……ソラって呼ぶよ、長いから」


「お好きにどうぞ……はふ」


 安直だけど、まぁいいや。

 本人もそこには頓着してないみたいだし。

 名前一つでこの差……あのときは大変だったな。

 さて、それじゃあ。


「ソラさん、そろそろ離れてくれませんかね……?」

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