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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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三十五話 れもんのあじ

 門兵も見張りも、どうやら質が違うようだ。

 初めて見る頭頂部から顎まで覆う重そうな金属の兜、その奥から視線をひしひしと感じる。

 見上げる壁の上にはクロスボウを携えたやはり重装備な見張りの兵が立っていて、こちらをもの珍しそうに見下ろしている。

 いやー、これは正面突破は無理そうですね。


 不信感を抱かれる前に回れ右。


「……戻るか」


 お使いは帰るまでがお使いです。

 ああそういえば、ルーザーにお小遣いを貰っていたっけ。

 徹夜明けの彼らは眠っているだろうし、適当に店でも覗きながら戻るとしよう。

 程よい重量感になった革袋もいつの間にか新しいものになっていた。

 ……これもいい値段しそうだなぁ。


 それにしても本当に歩きやすい。

 思わずスキップしてしまいそうなくらいに。

 足裏の感触に頬を緩ませながら歩いていると、やはりこの姿は目立つのだろう、ちらちらと見られているのを感じる。

 その好奇の視線には慣れてきたけど……ああそうだ、ローブを買おう。できればフードが付いたやつ。

 ルーザーに言ったら、隠すなんてとんでもないわ! なんて言われそうだけど。


 それっぽいお店がないか見回すと、すぐ近くに開けた店構えの、店先に外套が何枚も下げられているおあつらえ向きな店を見つけた。

 人を避けながら駆け寄る。

 外套だけではなく、荷物入れなんかも置いてある。


「んー」


 適当に見やるも、大きいのしか見当たらない……すっぽりと全身を覆って尚引きずりそう。


「お嬢ちゃん、何かお探しかい?」


「えっと、こ……子供用、ありませんか?」


 店主だろうか、皺の多いおじいさんだ。

 自分のことを子供と称するのに若干の抵抗があったけど、これも慣れるしかない。

 こんななりですからね。


「ん、んん、そうだなぁ」


 俺の声を受けてほんの少しびくりとしたおじいさんは、俺の頭の先からつま先までちらっと見てから(嫌な感じはしなかった)顎に手を当てた。

 考え込みながら反転して店の中に戻っていくおじいさんを見送りつつ、下げられている外套を手に取る。

 薄手のものが多いのはこの辺りが、若しくは今の時期が温暖な気候だからだろうか。

 物思いにふけりつつ、人の良さそうなおじいさんを待つ。


 んん、なんだか後ろが騒がしい。

 ちらりと横目で大通りの方を見ると、兵士が二列縦隊で道の中央を物々しく歩いてきていた。

 下層の方から……凱旋的なやつだろうか、なかなかの迫力ですね。

 その後ろ、兵が引く飾られた馬に乗った豪奢な男が黄金の髪をなびかせ偉そうに辺りを睥睨している。

 この国の王族かなんかですかね。けっこう若く見えるけど。


 ……外套探しに戻るか。

 おじいさんはまだ戻ってきていない。

 揃った歩調が後ろを通り過ぎていく。


「止まれ!」


 これから重さを蓄積していくのだろう若き声に応え、ザッ、と兵士たちは揃って足を止めた。

 ……俺の、真後ろで。


「そこの女子おなご


 店先にはフードが付いたものは置いてなさそうだ。

 ああ、おじいさんが戻ってきたからちょっと聞いてみよう……そのおじいさんは困惑した顔で、こちらを見つつ俺の後ろをちょいちょいと指差している。

 振り向くと、馬の上からやっぱり偉そうに俺を見下ろしていた、立派な毛皮の外套を羽織った男と目が合った。


「遥か北方には輝く純白の羽毛をもつ聖鳥がいると聞くが……そなたはその化身かな」


 何言ってんだこいつ。

 男は器用にも話しながら馬を軽やかに降り、黄金の髪を風になびかせこちらに歩み寄ってくる。


 周囲は既に野次馬に取り囲まれ、若き王サルファン、サルファン様、という声が聞こえてくる。

 偉そうだと思っていたら、一番偉い人だった……。

 何の用だろう、と考えつつ最悪の事態を想定して魔力を込めていく。


「なんと繊細な面立ち。氷雪の時季はとうに過ぎた筈だが……淡雪がまだ残っているとは」


 何言ってんだこいつ。

 若き王を一目見ようと野次馬の声はさらに増えている。

 随分と人気があるようだ、黄色い声がそこかしこで上がっている。

 ああ確かになかなかイケメンですね。何言ってるのか分からないけど。


 ……いや、ちょっと待て。

 その首元に巻いてるスカーフだかストールだか分からないけどそれって、グレイスにあげた……おねしょシーツですよね?


「いや白銀の竜、その背に咲くという小さき花か……そなた、名は?」


「っ……シエラ・ルァク・トゥアノ、です」


 あまりの衝撃に一瞬、息が詰まった。

 答えるつもりはなかったのに、頭の中が真っ白になって答えてしまった……。

 若き王サルファンは目を瞑り、空を仰いだ。


「ああ、一生に一度しか鳴かぬという神の遣い、その調べを耳にしたものは天へ誘われるというが」


 マンドラゴラかな?


「シエラよ。余の妻になれ」


「え、いやです」


 ざわり、と周囲がどよめいた。

 別の意味で最悪の事態だった。


「……」


「……」


 沈黙が気まずい。

 目だけで辺りを窺うも、困惑と混乱その二つだけが場を支配している。

 始めから用意すらされていなかった選択肢を選んでしまい、処理落ちした機械のような。


「城砦を統べる余ともあろうものがその調べに酔いしれ雛のさえずりを聞き逃してしまうとは」


 若き王は垂れた髪を一房横に払うと、民を率いる王たる勇ましい顔つきでもう一度繰り返した。


「シエラよ。余の妻になれ」


「え、いやです」


 ガクン、と若き王サルファンは膝から崩れ落ちた。

 王! サルファン様! サルファン王! 辺りは騒然となる。


「き、貴様!」


 近衛兵だろう見てきた中でも一層洗練されている装備を身につけた兵士が一際大きく声を上げた。

 それを手で控えさせ、兵に肩を支えられたサルファンは、青ざめた顔で再び口を開いた。


「な、なぜ……?」


 いや、なぜと言われても。

 むしろそれ俺の台詞なんだけどっていうかお前、首のそれ返せよぉ……。


「お、お嬢ちゃん、その方はサルファン王ですぞ、若き獅子王サルファン……」


 後ろから店主のおじいさんがこっそりと教えてくれたけどうん、野次馬が口々に叫んでたからそれはもう知っている。

 ようやく見物人も事態を把握したのだろう、護衛の兵士が輪になり人々を押し止めていた。


「王の妻、王妃ともなれば上層での優雅な暮らしが約束されるのに」


「ねえちょっとあれどこの家の子なの!」


「王様! 王様! こちらを見て!」


「あの真っ白な子は何?」


「え? なに王様いるの? まじ?」


 感情は光の速さで伝播し、それは容易く転じる。

 より熱く、より単純な方へ。

 彼らはよくもった方だと思う。それくらいの人数が押し寄せていた。

 サルファン王とついでに俺を守っていた兵士という鎖が切れる寸前、それは起きた。


 人々の輪の外、突然の爆発音に馬が驚き足を跳ね上げた。

 兵士の動きは迅速で、若き王の動きもまた早かった。


「その場に伏せろ! 手で頭を抱えろ! 動くな!!」


 流石は王直属の兵士、自国の中といえど敵襲に対する備えは勿論万全で、爆発は人々の輪の外側で起きた。

 そう、既に輪の中心にいた俺のことなど眼中にない。

 誰も、俺を見ていなかった。

 ので。




「……助かりました、ルデラフィアさん」


 通りを挟んで屋根の上、転移して抱きついたルデラフィアは、俺を抱えたまますぐに通りから見えない裏側に転がった。


「ったく、何やってんだお前」


「いや、事故ですよ事故」


 抱き着いたまま耳を澄ませる。

 大通りは騒然としているけど、王を守るのが先決だろうその場から動く気配はない。


「つーかお前、それ準備なしで使えるのかよ」


「……秘密だったんですけど」


 それ、とは転移の魔術のことだろう。早々に奥の手がバレてしまった……。

 着痩せするタイプか、なかなか立派なものをお持ちなルデラフィアの身体を密かに堪能していると、頭上から僅かに苛立った声が降ってきた。


「おい、あたしごと跳べるか?」


「? どうしました?」


 彼らは動いていないし、こちらも死角に潜んだままやり過ごしたほうがいいと思うんだけど。


「索敵魔術」


 その声に俺は息を呑み、目を切り替えた。

 魔素は相変わらず薄いけれど、その薄い魔素を伝ってゆっくりと、染み込むような速度で何かが伝播してきている!


「やってみます」


 索敵魔術。

 その意味自体はよく分からなかったけど、ルデラフィアの声色から判断するにあまり状況はよろしくないらしい。


 裏路地であの時俺は、手に持った襲撃者の獲物……つまりは自身以外を転移させることができなかった。

 その理由は単純に、自分自身ではなかったから。

 これは恐らく、どこまでを自分と認識するかという問題だ。

 それならこの場合は、ルデラフィアを自身だと認識すればいい。

 その方法はもう知っている……魔力で繋がればいい。


 けれど自分の身体の内ではない、外側に魔力を流すのは難しい。というか今の俺にはできそうにない。

 三狂の魔女、彼女らは事も無げにやっていたけど。


「おい」


 苛立ちに僅かな焦りが混じったその声。見上げたルデラフィアの口元。

 ふと、思いついた。


「ルデラフィアさん」


「あァ?」


「失礼します」


 ルデラフィアの苛立ちを隠そうともしない顔、その双眸が見開かれ、頬が見る見るうちに紅く染まる。

 接吻、あるいはキス。

 あるいは、ちゅーと呼ばれる行為。


 転移の魔術を初めて使ったとき、なぜ刻まれた痕に無意識に口付けたのか、ようやく分かった。

 口からだとなんか、魔力を流しやすいんですよね。

 柔らかい、けれど強張ったそれを堪能する余裕は残念ながらなかった。


「ぷぁ……っ、ではいきます」


「ん、はっ……お、おま……」


 まだ騒ぎはどちらの壁にも到達していない。

 下層とを隔てる壁を改めて注視し、ルデラフィアの腰に腕を回して転移の魔術を発動させる。


 視界のブレは一瞬。そして運動エネルギーは転移した直後は完全にゼロになる。

 壁の上でも下でもない、側面に着地。こんな時でも靴のフィット感が素晴らしい。

 喧騒は遠く、やはり届いていなかった。

 落下が始まる前に視線を廻らせ探す……見つけた、わざと目立たないように造られた、こじんまりとした待ち合わせの宿。

 いける。

 はむ。




「っ……、ふうぅ……っ」


 狙い定めた道の数十センチ上に現出し、着地した。

 ルデラフィアも一緒に跳べた、良かった……さっきから随分静かですね。


「やった。できましたよ、ルデラフィア……さん?」


 転移の魔術を使いこなせた興奮が冷めやらぬまま、あの追い込まれた状況から上手く脱することができた喜びを分かち合おうとルデラフィアを見上げると、拳を握り締め丁度いい位置にある俺の頭に落とそうとする寸前だった。

 咄嗟に目を瞑り衝撃に備える。


「……?」


 しかし衝撃はやってこなかった。

 恐る恐る目を開け再び見上げると、恐らく怒りに転じていた頬の紅潮はようやく収まり……ルデラフィアは諦めたように溜め息をついた。


「……ああ、うん。よくやった」


 目に焼きついたその爆炎を操る手で、頭を撫でられた。

 それは、うん。

 悪くない感触だった。

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