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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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二十九話 影は濃く滲む

 絶えることのない往来で磨り減ったのだろう、踏みしめる度に違う感触が足の裏に伝わってくる。

 横幅の広い石畳の道は多くの人間や荷車、馬車などで溢れ返っている。

 街並みは雑然としていて、まとまりがない。

 それは広く、受け入れてきたということなのだろう。

 ともすれば怒号にも聞こえる道端の声に反応するものはいない……それがここでは当たり前の日常なのだ。


 頂戴した二つの革袋の中身を見てみる。

 完全な円ではない少し歪な銀と銅の硬貨には、巨大な樹とそこに実る二つの果実の画……いや、もしかしてこれは月だろうか。

 二つの袋の中身を合わせると、銀貨が三枚と銅貨が二十枚……それと、半円状の銅貨も十枚ちょっとある。

 これらの価値がまったく分からないので、そこら辺の店先を冷やかしてみよう。


 なんてことを考えつつしばらく歩いてみて、ふと気がついた。


「……」


 なんだか俺の周りだけ、妙に人が少ない。

 避けられている、そしてやけに見られている。

 これだけいる人ごみに紛れることすらできないってどういう……。


 けれどその原因は明白だった。

 ……この白く精緻なワンピースドレス、そして今はサイドティルに結われている、真っ白な髪。

 上から見渡したときに気がついて然るべきだった……目立ちすぎている。

 ルデラフィアさん、あの地味な色のローブ俺にも貸してほしかったです……。


 未だに裸足の俺は、硬貨の価値を把握した後に靴でも探そうかなーなんてことを思っていた。

 けどそれどころではない、一刻も早くこの馬鹿みたいに目立つ格好をどうにかしないと。

 集中する視線はまさに好奇のそれだ。


 露天商の隙間を抜け、そこじゃ稼げないだろうと思われる日陰で、恐らく靴磨きをしているだろう男の子に目をつけた。

 地べたに座り込むその前には、汚れた布と、汚い布と、小汚い布と、これから汚れるのだろう布が広げられている。

 かろうじて服と分かるものを身に付けた、その澱み落ち窪んだ目は何を見ているのだろう。


「こんにちは」


 俺の声に、あくびをしかけた浅黒い肌をした男の子はそれを慌てて噛み殺し、こちらへ向き直った。


「いらしゃいまし」


 小さな手の平を擦り合わせ、にかっと前歯の抜けた笑顔は年相応に可愛らしい。

 が、裸足の俺を見てみるみるうちに表情が曇っていく。

 その足元、木の板に黒いコンテみたいなので殴り書きされた視認性の悪いそれ。

 靴の絵、半月の絵、一枚。


「ちょっと聞きたいんだけど」


 端材で組まれた木の椅子を避けてしゃがみこみ、革袋から半円の銅貨を一枚取り出す。

 男の子の表情はころころと変わる……俺の声を聞いて、顔を見て、髪を見て、服を見て。


「一足やって、これ一枚ってこと?」


「うん。あ、はい。そです」


 急にかしこまった男の子に対し、俺は矢継ぎ早に質問を投げかけていく。

 指で半円の銅貨を二枚挟み、もう片方の手で円状の銅貨を一枚摘み上げる。


「これ二枚合わせると、こっちになる?」


「うん。あ、はいなります」


 首を縦にぶんぶん振り、律儀に質問に答えてくれる男の子は可愛らしい。

 次に銀貨を手に取る。


「これは、この銅貨何枚分?」


「じゅ、じゅう枚くらいです」


 くらい。

 若干の変動があるのだろうか。

 とりあえずこれだけ分かれば、お釣りでちょろまかされることはないか。

 あとはその価値だけど……ぐるりと見回すと、道の端だからかさっきよりは少ないものの、やはり目立つのだろう奇異の目で見られているのを感じる。

 やっぱり靴より先に外套だな……お幾らするんでしょうね。


 んー。

 靴磨きの相場がそもそも分からねぇ……。

 わざわざ半分の硬貨があるってことは、それ相応の需要があるのだろう。

 一円、五円、十円……いやそもそも十進法なのかどうかすら……。


「あ、あの、おねえさん」


「ん。ああ、なに?」


 俺のことだった。

 一瞬、誰のことか分からなかった。

 流石に慣れそうにないなその呼ばれ方は……。


「お姫さまなのに、その、靴ないのはどおしてですか?」


「んん……?」


 どうやらこの六、七歳くらいの男の子には、俺の姿はどこぞのお姫様に見えているらしい。

 裸の王様ならぬ、裸足のお姫様か……斬新だな。

 ふむ。


「……ふふふ。良くぞ見抜いたな、少年よ」


 立ち上がり、周りに聞こえないように声を抑える。

 体重をかけたら壊れそうな小さな椅子に汚れた足を乗せ、威厳たっぷりに(見えるように)口を開く。


「褒美に足を拭かせてやろう。丁重に扱えよ、少年」


 完全に悪ノリである。

 男の子はまた首が取れるんじゃないかと心配になるほどに首を縦に振り、広げられた中で一番汚れていない布を取り出した。

 足に触れた、今の俺より小さなその手は震えている。


 砂と土と路地を駆けたときに付いた何かとで、足はけっこう汚れていた。

 男の子は食い入るように、生気を感じさせない白い足をしかし絶妙な力加減で拭いていく。


「上手いな」


「あ、ありがとです」


 少しこそばゆいけど、拙いながらも一生懸命な姿は悪くない。

 指と指の間まで丁寧に。


 数分もしないうちに、俺の両足はぴかぴかに綺麗になった。

 まぁまたすぐ汚れるんだろうけど。


「うむ、ご苦労」


 脂と汚れでベタつく男の子の髪を撫でる。

 丸い銅貨を一枚手渡すと、男の子は一瞬戸惑いの色を浮かべたけれど、すぐに満面の笑みを浮かべた。

 喜びを隠そうともしない……良いことだと思う。

 直後、銅貨を握り締めた男の子のお腹が、猛獣の唸り声のような音を鳴らした。


「い、いただきまして」


 ぺこぺこと礼を重ねるその姿は色んなところが擦り切れていて、居たたまれなくなる。

 頭を下げながら商売道具をまとめ、駆け出す靴磨きの男の子も裸足で……俺の足よりももっと酷く汚れていた。

 見れば同じようなぼろぼろの格好をした年齢も様々な人間が、壁と壁の隙間や建物の死角、滲む暗闇から濁った目で行きかう人々を睨んでいる。


 なんというか、歪な街だと思う。

 これがこの世界の当たり前なのかどうかなんて分からないし、どうにかしようだなんて思い上がったりはしない。

 俺の目的は日陰から出られない彼らに同情することなんかじゃない……何より文字通り、住む世界が違うのだから。

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