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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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二十七話 岩壁に刻まれた都市

 そして、明くる日。


「んじゃ、行くか」


 ロビー正面の大階段、その裏手にある細い廊下は、転移の魔方陣が刻まれている地下室に繋がっていた。

 地味な濃緑色のフード付きローブを纏ったルデラフィア・エクスフレアは俺の肩を抱き、赤黒い乾いた血のような液体で描かれた魔法陣の中心に立っている。

 陣の外、小さな祭壇の脇に立つ魔術書を抱いたニャンベルは見るからに不機嫌な顔を隠しもしない。


「仕方ねェだろ、適材適所ってやつ」


 ニャンベルは盛大な溜め息をつくと、抱えていた魔術書を開き、小声で何かを唱え始めた。

 ルデラフィアは俺の身体を抱き寄せると、今日は高い位置でサイドティルに結われた髪を除け、この部屋に入る前に付けられた左耳のピアスを指で転がしながら囁いた。

 ちくしょうこいついいにおいがする。


「外すなよ」


「……はい」


 次の瞬間、体内からごっそりと魔力を抜かれる感覚がして、視界が立ち上った光に塗り潰された。

 肩に触れるルデラフィアの手、その感触だけが真っ白な視界の中で鮮明に肌に残る。



 眩しさに目を閉じ数秒、恐る恐る開くとそこは……やけに埃っぽい木張りの狭い部屋だった。

 物置だろうか、整理整頓は行き届いているものの、長い間使われていないようだ。


 ルデラフィアは部屋の様子を特に気にすることもなく、立て付けが悪いのだろう薄く明かりの漏れる扉を乱雑に押し開けた。

 木製の簡素な扉の先は硬い砂の地面で、部屋ではなく小屋に居たのだと分かった。

 周りには同じような形の木製の小屋が狭い間隔で幾つも並んでいて、目印でもないとどの小屋から出てきたかすぐに分からなくなりそうだ。


「さっき言った通り、三日後の夜に宿だ。それまでは好きにしろ」


 ルデラフィアはそう言って、小屋の前にいた髭まみれの小汚い老人に何かを手渡すと、俺を置いてあっという間に姿を消してしまった。

 ……いや、好きにしろと言われましても。


 まだ陽が頂点に達していないこの時間に人がいるのが珍しいのか、それともこの格好が目立つのか。

 まばらに立つ小屋の陰、朽ちた壁、乾いた細い木の傍から……幾人かの遠慮のない視線が注がれている。

 居心地の悪さを感じ、とりあえずそれらから逃げるように、足早に小屋を後にした。



 城塞都市レグルスは、険しい岸壁に対し扇形に抉り食い込むように存在する都市国家だ。

 周囲を天然の要塞である山岳に囲まれているここは、攻めるに難く守るに易し。

 その領地を三分割するようにそびえ立つ、元は外敵から民を守る為にあった長大な二枚の壁の存在は、いつしか上層、中層、下層とそこに住むものを区別する為の記号に成り果ててしまった。


 そして最後に作られた現在修復中の三枚目。

 街の内と外とを明確に隔てる全長三キロメートルにも及ぶ壁は、人々からは『臆病者の壁』と揶揄されている。


 その最も長い城壁の三箇所に等間隔に開かれている大きな城門には兵士が立ってはいるものの、人相や荷物の確認といったことはしておらず、誰もが自由に出入りを許されている。

 中央の城門から真っ直ぐ奥へと伸びる石畳の通りは、ひっきりなしに大勢の人や荷馬車が行きかい喧騒に包まれていて、確かにこれでは侵入者も逃亡者も捕らえることは不可能だろう。


 商人が引き連れる荷馬車が三台は並んで通れるメインストリートの脇には、大小様々な店が軒を連ねている。

 見たこともない乾燥した野菜や果物が吊り下げられている店。

 鈍い光沢を放つ刃物が所狭しと並べられ、乱雑に大樽にも突っ込まれている店。

 羊皮紙だろうか、厚さのあるひび割れた紙に不可思議な紋様が描かれたものが並んでいる店。

 店と店の隙間にも、地べたに売り物を並べた年端のいかない少年から、生きているのか定かではない老人まで、様々な人々が商魂たくましく声を上げ今を生きる為に必死になっている。


 そのごった返しの道から横へ逸れると、別の種類の喧騒が空気を震わせている。

 光があまり当たらないそこにはこの都市本来の空気が息づいていて、表には出せない様々なものが流れ、澱み、溜まっている。



 そんな風な、聞いていたこの都市国家の話を思い返しつつ……まずは大通りを目指すことにした。

 ルデラフィアの言っていた宿は、いわゆる中層と呼ばれる場所にあるらしい。

 さらにその先、上層にはお目当てのものが秘蔵されているのだろう。

 現在地は聞いていた限りでは下層の……ここはどこだ。


「さて、と」


 小屋を出て、見えた高い壁や岸壁から中央通りの位置を推測してそちらに向かっていたのだけど。

 日当たりも風通しも悪い迷路みたいな路地に這入り、彷徨うこと数分……。

 ほとんどが石と木でできている密集した建物は見通しが悪く、目印となる背の高い建造物の類が何も見えない。

 ……早くも迷いましたね、これは。


「……一旦、引き返すか」


 闇雲に進んでもさらに迷うだけだろう。

 来た道を戻るだけならなんとかなる、そう思って身体を反転させると……物陰に慌てて身を隠した人間が、何人か見えた。


 んん……、尾行されていた?

 警戒心が沸くと同時に自然と目が切り替わる。と、同時に気がついた。

 魔素が、異常に薄い。

 こんなに薄いのは初めて見る……どういうことだろう。

 動かない俺を見て尾行がバレたことに気がついたのだろう、そいつらは姿を現した。


 出てきたのは二人……いや、後もう二人隠れている。

 呼吸によって魔素を取り入れるからだろう、不自然に揺れ動く魔素が見えている。


「何か、用ですか」


 姿を見せた二人の男はどちらも無精髭を生やしていて、手には獲物を握っている……見るからに真っ当な人間ではない。

 どちらも手首と足首が見える中途半端な長さの衣服を身に着けている。

 動きやすさを重視しているのか、そういう流行なのかはちょっと分からない。

 いや、少なくともファッションではなさそうだ……ところどころ薄汚れているそれは、わざとそうしているようにも見える。

 小綺麗な格好はそれだけで目立つ……こういう吹き溜まりのようなところでは、特に。


「お嬢ちゃんこそ、こんな所で何してるのかなぁ?」


「迷子の子猫ちゃんですかねぇ?」


 その言い回しはこの世界でも通用するのか。

 薄暗い中、ギラギラとしたその目付きだけが否に神経を逆撫でる。

 この種の視線は初めて見る……敵意ではなく、殺意でもない。

 好奇心の類に似ているけど、好意的なそれではない。

 元の世界でも、こちらの世界でも感じたことのない、これはなんだろう。


「えっと。一番大きい通りって、向こうでいいんですか?」


 後ろを指差しながら聞いてみる。

 もしかしたら、迷っているおのぼりさんの俺を物陰から見守っていただけかもしれない。


「おっほ、マジで迷子かぁ?」


「運が向いて来たなぁおい!」


 下卑た笑いとともに男の足が踏み出された。

 残念ながら見守りおじさんではなかったようだ。

 握られている獲物に刃はなさそうだけど、取り回しやすそうな無骨なそれは、どう見ても他者を害する為のもの。


 睨みつけ、右手を大きく突き出す。左手は右手の手首に添える。

 ついでに笑みも浮かべてみよう、ルデラフィアを脳裏に浮かべながら。

 それだけで、男たちの足が止まった。


「ま、じゅ……っ!?」


 勿論、そんなものは使えない。

 俺にできるのはせいぜい、魔素を見ることと魔力を四肢に込めることくらい。

 なので。

 反転。


「こっ……のガキィ!!」


 防御の姿勢を取った男たちを尻目に、一目散に逃げた。

 走りながらようやく思い至る。

 あの男たちの纏わりつくような視線は……力や立場に劣る者に対する、好色の目だ。


「……うひぃ」


 想像して鳥肌が立つ。

 こんななりだけど、俺は男だからな。


 道を折れ、分かれ道を勘で曲がり、なるべく周りの建物や風景を覚えつつ走る。

 逃げる白い少女を追う男の声はやはり増え、土地勘もあるのだろう彼らとの距離は一向に広がらない。

 いやむしろ、少しずつ回り込まれている気がする。

 わざわざ対象に追いつかず、退路を狭めるように動く理由なんて一つしかない。


 走りながら右手に魔力を流し込んでみる。

 あの夜に人差し指に刻まれた、転移の魔術とやらを使えれば簡単に逃げられると思うのだけど。

 ……残念ながら、うんともすんともいわない。


 そして。


「あー……」


 袋小路。行き止まり。俺がいたところだと、どんつきなんて言ってたけど。

 捨てられ積み上げられた生ごみに群がる虫やねずみは、闖入者など意に介さず飯を貪り食っている。

 遠く聞こえる喧騒は大通りが近いのだろう、だけど石壁に囲まれたここはまさしく死角。


 姿を現した男はやはり、四人。

 彼らが横に並んでも多少の余裕はあるこの行き止まりで、前と後ろで二人ずつに分かれた彼らは、こういったことに手馴れている印象だ。


「へ、へへ」


 獲物を追い詰め、完全に優位に立った彼らの目に警戒の色はない。

 武器も持っていない、魔術もフェイクだったとあれば、むべなるかな。


 俺の視界に映る魔素はあまりに薄い。

 獲物を相方に預け、素手で一歩一歩近づく男の身体に魔力は全く感じない。

 笑みすら浮かべる頭の左右を短く刈り上げた男は、広げた手、その指を小刻みに動かしながらじりじりと迫ってくる。

 その下心丸出しの視線は、明確な殺意よりも精神的にクるものがある。


「本当に真っ白な嬢ちゃんだ。こんなの初めて見るぜ」


「人間じゃないのかもな、へへ」


 彼らの交わす言葉は油断に満ちている。

 それはまぁそうだろう。

 逃げ道を完全に塞いでいるのだし。


「おぉい、顔は傷つけるなよ」


「わあってる」


 既に捕まえた気でいる会話のさなか、俺は両手に魔力を流し込んだ。

 一つはおもいっきり殴る為に。

 もう一つは……右手の人差し指に刻まれた転移の魔術、その発現に淡い期待を込めて。

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