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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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二十一話 爆炎に踊る

「ハァイ」


 そんな場違いに明るい挨拶が、向かおうとした先の木から聞こえてきた。

 ……木がそんな、明朗な挨拶をする筈がない。


「……はぁい」


 恐る恐る、声を返す。

 俺の声を受けて木陰から歩み出てきたのは、大胆なショートパンツから伸びた長い脚。

 幾何学的な紋様には魔力が淀みなく走り、既に臨戦態勢だ。

 紫を基調としたその服は軍服とドレスを掛け合わせたような、どこか鋭く硬い印象を受ける。

 傾いだ陽の光を受けて輝く、束ねた薄い金の髪が尾を引いて……三狂の魔女の一人、ルデラフィアが現れた。


 絶望感が、半端ない。


「ここにさァ、『エリクシル』が沸いてるって聞いたんだけど」


 まったく気負っていない自然すぎるその声に冷や汗が止まらない。

 また知らない単語が出てきたし……湖のことだろうか。


「お前、何か知らねェ?」


 両の目がギラリと光る。

 蛇に睨まれた蛙は、こんな気分なのだろうか。


「……知らないです、はい」


「そっか。……ヴィオ姉はえらくご執心だったみたいだけど」


 そう言って女……ルデラフィアは、あの時と同じように右腕をこちらに持ち上げた。

 長い指が滑らかに握り込まれていき、視界内の魔素が俺を取り囲むように順番に励起していく。

 美しく緻密なそれが、鮮明に見える、あの時より、密度が濃い──!


「バァイ」


 両腕で顔を覆うのがやっとだった。

 真っ白に上書きされる視界と止まない爆発音。

 前から後ろから横から上から、巨大な拳に殴りつけられているように軽々と身体が吹き飛ばされる。

 魔素が見えるから、魔力が四肢に込められるから、だから何だというのか。

 これが純粋に破壊を突き詰めた、魔術の威力か。


「はっ……はぁっ……」


 数秒間、空中で無様な踊りを披露させられた俺は、ようやく尻から硬い地面に着地した。

 地に足が着くって素晴らしい……いや、尻か。

 辺りには爆発によるものか薄い霧が発生し、だけどそれはすぐに晴れていく。

 砂煙のほとんど上がらないこの場所は、考える余裕を微塵も与えてくれない。


「へェ……防御魔術か? いや、ソレ……とんでもねェ魔装具だな」


「……どうも」


 まそうぐ。魔素の……なんだろう、分からない。

 服は、真っ白なワンピースドレスは相変わらず健在だった。ほんと丈夫だなこれ。

 ただ、露になっている四肢のそこかしこが赤く、ヒリヒリと焼け付くように痛い。

 ……いや、あれだけの爆発の中で、これだけで済んでいることに驚くべきだろう。


「ふ、ふふ……」


「……ア゛?」


「いえ、やっぱり痛いんだなぁって」


 少し、安心した。

 ずっと……そう、目覚めてからずっと、どこか生きている感覚が希薄だった。

 フィルター越しに世界を見ているような……人の形をした容れ物、ただそこに収まっているだけの存在のような。

 なんだか、やっとこの小さな身体が、自分の身体だと認識できたような気がする。


「よく分かんねェけど、もっと痛ェのいくぜ」


 口の端を獰猛に吊り上げたルデラフィア、その両腕が持ち上がった。

 ずっと魔素が見えている視界、その目にさらに意識を集中する。

 その両手、いやロンググローブか、紋様が刻まれている、意味は読み取れない。

 滑らかに魔力が流れ、指輪にも紋様、それは独立して、


「ッハァ!」


 ルデラフィアの四肢に流れる魔力に意識を集中しすぎたせいで、反応が遅れた。

 俺の視界を一瞬で追い越した『魔術の起こり』、それを追うように振り返り……足がもつれた。


「や、ば」


 結果的には、それが功を奏した。

 変に踏ん張らなかったおかげで、俺の後頭部で炸裂したであろう魔術は寸でで回避できた。

 余波で吹っ飛び、地面を無様に転がることにはなったけど。


「へェ……?」


 喜びを隠し切れないその声色に慌てて顔を上げた。

 すでにルデラフィアは次弾の準備を終えている。

 ルデラフィアが口を開くと同時に、脚に魔力を込めて真っ直ぐ飛び出した。

 彼我の距離は十メートルもない。

 魔素に魔力が伝播する、周囲全て逃げ道などない、それは連鎖的に爆発を起こすだろう。

 左腕で顔を庇い歯を食い縛る。

 目の前で魔素が捩れ、爆発。反射的に脚が止まる。

 左手で残り火を振り払い、見えたルデラフィアは思ったより近く、その足は一歩……後ずさっている。


「……ハハッ!」


 何かを振り払うような哄笑。

 そして彼女との間に、突破させまいとこれでもかと密集させられ励起する魔素、煌き収縮するそれを見て、右に跳んだ。

 周囲の木々はあの爆発の雨の中で枝の一つも折れず、健在だった。

 爆音と爆風に背中を押され、立ち並ぶ一つの木陰に飛び込み、一息つく。

 あの密度は流石にこの身体でも少し不安だ。


 さて、彼女……ルデラフィアから、隠れている俺の場所は分かるのだろうか。

 ちなみに俺からは奴がどこにいるか分からない。

 ……どうしよう。


 耳を澄ませるも足音はしない……動くつもりは無さそうだ。

 不意をついて魔術が発動するよりも早く突撃、組み伏せるくらいしか勝ち目がなさそうなんだけど。

 と、後方すぐ近くで突然の爆発音。

 ……びっくりした。


「ッハ、まじで硬すぎんだろこれ。……何でできてんだ?」


 どうやら異常な硬度を誇る枯れ木の爆破を試みたらしい。

 この木の正体は確かに気になる所ではあるけれど、とりあえずそれは後回し。

 できれば正確な立ち位置が知りたい……最短距離で走る為に。


「まァいいや」


 ルデラフィアが一呼吸置いた気配……何をする気だろう。

 木の陰に座り込み、脚に魔力を込めつつ待機。相手の出方を待つことにする。

 短剣がないのを心細く思ったけど、人を刺すなんてできそうにない……それならいっそ、持ってないほうがいい。


「……集え。廻りて集え。贄は此処に、杯は此処に」


 声の質が変わった……?

 後ろを覗き込みたい誘惑に抗っていると、視界内に変化が起きた。

 風……ではない。

 辺り一面に漂っていた魔素が、後方……ルデラフィアの方へ引きずり込まれていく──!


「双眸以て喰らい尽くせ。ルデラフィア・エクスフレアが元に」


 怖気が走り、見上げた頭上は全て覆われていた……励起した魔素で構成された、巨大な魔法陣に。

 四肢に走る紋様だけが変換機構ではない、今唱えてる口上あれも変換機構で……頭上のあれは、何だ?

 多分、恐らく、四肢の紋様だけでは発動できない、もっと大規模な魔術を行使しようとしている。


「……っ!」


 嫌な予感に覚悟を決めて飛び出す。

 ルデラフィアの姿はすぐに見つかった。

 その身体はちょうど横を……左を向いて、差し出す右手は猫の喉を撫でるように優しげだ。

 行ける。


「……勘がイイみたいだからな、出てくると思ったぜ」


 こちらを横目で見やる、ルデラフィアの左腕が持ち上がった。

 目の前の魔素が捩れ、収縮する。

 間に合わない、突っ切……いや、跳ぶ!


 足元で起きた爆風、それをもろに受けて体勢が崩れた。

 けど問題ない。距離はドンピシャだ。

 腕に魔力を込める。

 一瞬俺を見失った筈のルデラフィアが空中を泳ぐ俺を瞬時に捉えて、獰猛な笑みを浮かべた。


「遅ェよ」


 その右手にはいつの間にか……剣が握られていた。

 視界に入れるだけで目が潰れそうな、荒れ狂う純粋な破壊力が凝縮された、眩い青紫色の長大な炎の剣。

 振り被り、振り下ろすその動きは、酷く緩慢に見えた。

 視界を埋め尽くしていく、塵も残らないだろう、迫りくるそれは確かな死。


 届かなかった。

 諦めがよぎったその時、わき腹に横合いから突然、風の塊が巻き起こり爆発した。

 吹っ飛ばされる俺の身体を掠めるように超高熱の刃が一閃、風の塊をその空間ごと焼き切った。

 したたかに地面に打ち付けられた俺は、吹き荒ぶ熱風が落ち着くのを待ってから顔を上げた。

 ……何が起きた?


「チッ……邪魔しやがって」


 苛立たしそうに吐き捨てたルデラフィアは、遠く黒煙が上がる方を見ている。

 その右手から炎の剣が消失した。それだけで再び熱風が巻き起こる。

 つられてそちらに顔を向ける……何を見てるんだろう。

 薄く揺れる霧の向こう……ああ、数十メートルも離れた枯れ木の脇、誰かが立っている。

 二人いる……遠いな、誰だあれ……。

 あ、隠れた。


 いやしかし助かった。

 あれは多分、馬鹿みたいに頑丈なこの身体でも耐えられなかっただろう。

 そしてこれは……千載一遇のチャンス。

 ルデラフィアとの距離は五メートルちょっとか。

 全力で跳べば一歩で届く筈。

 上半身だけ僅かに起こし、気取られないようにゆっくり魔力を込めていく。


 その呼吸も止めた俺の背中に、ふにっと柔らかい何かが降ってきた。


「フィア。見つかった?」


 俺の頭に手を置いたその声は、確か……ニャンベルと呼ばれていた小柄な女。

 三狂の魔女の一人、ニャンベル・エクスフレア。

 重さを、全く感じない。


「いや、さっぱり。そいつが何か知ってそうだったけど」


「にしては、本気で、消そうと、してたけど」


 これは、怒気か。

 俺の背に馬乗りになっているらしいニャンベルから発せられるそれ。

 重さを感じないのに、身体が動かない。

 ニャンベルの手が後頭部、俺の髪を掬い纏め、軽く引っ張っている……何されてるんだ俺。


「面白そうだから遊んでただけだって。怒んないでよ、お姉ちゃん」


「ふぅん」


 両手をパッと開き、おどけるルデラフィア……って、お姉ちゃん?

 お前、末っ子だったのか。いや、そんなことは今はどうでもいい。

 この状況……接近してしまえばどうとでもなると思っていた俺の考えは、完全に甘かったということか。

 何をされているか分からないし、痛みも脱力感もないけど、身動き一つ取れない。


「できた」


 何かができたらしい、後ろから降ってくるそのやる気を感じさせない声と、後頭部をゆるく叩く小さな手。

 ……何されたんだ俺。

 背中から降りる気配、それを待っておっかなびっくり立ち上がった。

 髪に何か、違和感がある。


「んふ」


 目の前にいそいそと回り込んできたやはりニャンベルその人に、手鏡を手渡された。

 何かの動物を模しているらしいそれを恐る恐る手に取り、覗き込む。

 長く白い髪が、一つに纏められて、低めのポニィテールになっていた……。

 目の前の、目線の高さが俺とほとんど変わらない恐らく次女であるニャンベル・エクスフレアも、ああ今日は、髪型違うんですね。

 おそろいですね。


「……今日は……髪型、違うんですね」


 何言ってるんだ俺。

 テンションの乱高下が激しすぎてつらい。

 とりあえずこの場から脱したい……目だけで辺りを見回す。

 四肢に全力で魔力を回し、目の前のこいつを突き飛ばしてさっき見えた二人……恐らくコンサとラックの方へ走る、可能だろうか。

 と、こちらに歩いてくるルデラフィアを見やりつつ考えていると。

 ニャンベルに、そっと手を握られた。


「……っ!?」


「止めといた、ほうが、いいよ」


 息を呑んだ。

 警戒、していた筈なのに。

 そのやる気のない声色と、全体的にふわふわした印象は……所々にレースのフリルが飾られたその衣装のせいか。

 しかし、三狂の魔女。


「ニャンベル。そいつ、どうすんの?」


「お持ち、帰る」


 お持ち帰られるらしい。

 握られた手を振りほどきたくても力が入らない。

 さっきみたいに都合良く誰か助けてくれないかしら。


「あいつらは?」


「いらない」


「そ」


 簡潔で明瞭なそのやり取りの直後、遠く、まばらな枯れ木で爆発が起きた。

 なんと言うか、他者を害することに抵抗が無さ過ぎる。

 いる、いらないで他人の生死を決められる価値観。

 彼女らとの対話は果たして成立するのだろうか。


「この木といいおチビちゃんといい、なんか自信失くすわァ」


「だからって、あれは、だめ」


「はァい」


 腕をかざし爆撃しまくるルデラフィアの薄い金の髪も、後ろで一括りにされていておそろいだった。

 ……いや、そんなことより。


「……あの、離して欲しいんですけど」


 分厚い図鑑みたいな本……浮いているようにも見えるそれを、片手で器用に広げるニャンベルに声をかける。


「だめ」


 駄目だった。

 ……でも待てよ。

 このままお持ち帰りされれば、こいつらの居場所を突き止められる……か?

 隙を見て捕らわれているだろう二人、テテとトトを連れて脱出もできれば万々歳だけど。


「借りるね」


 すぐに理解できなかったその一言の意味は、急激に襲い来る脱力感で知ることになった。

 転移の魔法陣を起動させたときと同じような感覚……魔力が吸われている。

 それはニャンベルのものと混ざり、その手に持つ本……魔術書に流れ込んでいく。

 なるほどこれは便利そうだ。ページ毎にびっしりと描かれた変換機構は、複雑な魔術を見る間に完成させていく。

 それは見惚れるほどに美しかった。


 魔力が意思を持つ生き物のように地面を這い、魔法陣を形成していく。

 俺が村跡で苦労して描いたそれは、ものの数秒で完成した。


「フィア、帰るよ」


「ん。あれ、ヴィオ姉は?」


「お楽しみ中」


 返事代わりに嘆息したルデラフィアが、一際盛大な爆炎を空に咲かせた。

 それを合図にニャンベルが、パタンと音を立てて魔術書を閉じた。

 光が立ち昇った瞬間、取り巻く空気の温度が変わり……俺は見知らぬ場所に立っていた。

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