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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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一話 目覚めは青い洞窟で

「……冷たっ?!」


 背中から腕、さらには太ももにかけて強烈な冷気を感じ、俺は慌てて立ち上がった。

 どうやらこの傷一つ見当たらないつるりとした、切り出された石の台座の上に横になっていたらしい。

 そして遅まきながら気がついた。

 裸足……どころか、裸だということに。


「えっ……ちょ」


 寝ていたらしい石の台座は高さ一メートル程で、上面はベッドと呼ぶには些か手狭に見えた。

 俺は慌てて台座の上から飛び降り、その石を背にしてしゃがんだ。

 ……背中が冷たいので、少しだけ離れる。


「はー……」


 縮こまった状態で辺りを見回してみる。

 周りは薄暗く、人の姿は見えない。

 壁は見えないし、空も見えない。

 地面は土ではなく、石や岩の肌触り。

 耳を澄ましてみても、耳が痛くなるくらいの静けさ。

 何も聞こえないことが、こんなにも気持ち悪いものだとは思いもしなかった。

 入ったことはないけれど、防音室の中はこんな感じなのだろうか。


 というより、静かすぎはしないだろうか。

 気のせいでなければ……自身の脈打つ音すら、感じられないのだけど。


「……」


 俺は折り畳むように抱えていた脚を解き、目を瞑る。

 しかと音を、脈を感じ取る為に。

 胸に手を当てる。

 ふに。


「へっ」


 情けない声が漏れた。

 違う。

 俺が求めていたのは血液を隅々まで力強く送り出す熱いビートだ。

 こんな柔らかな……ええ?


 完全に固まってしまった自分の右手を引き剥がし、見下ろす。

 手の平サイズと言えなくもない、可愛らしい双丘があった。


「……ははーん」


 驚きはしたものの、逆に有り得ないことが起きたことで冷静になれた。

 夢だ、これ。

 声も完全に別人だし。


 もう幾度となく体験したことのある、いわゆる明晰夢というやつである。

 眠りがかなり浅い時に見ることが多いこれは、つまりはもう寝起き寸前ということだ。

 目が覚めてしまうまでのこの僅かな時間、人には言えないあんなことやこんなことも、夢の中なのでそりゃもうやりたい放題なわけだけども。

 もう一度触ってみる。

 ふに。

 ふにふに。


「……」


 やはり脈はなかったけれど、それは夢だと分かった今、大した問題ではなかった。

 だんご虫みたいに小さく縮こまっていた状態から跳ね起き、堂々と身体を伸ばす。

 ひんやりとした空気が心地良い。

 身体に触れる長い髪もさらっさらだ。


 改めて周りを見渡すと、石の台座がほんのりと青白く発光していたことに気がついた。

 というより、これ以外に光源がないから、ここはこんなにも暗いのか。

 目を凝らそうとして手が自然と目頭に上がった。

 眼鏡は掛けていない。


「……さて」


 と一息ついた瞬間、見通せない暗闇の奥から、何かくぐもった声が聞こえた気がした。

 音としては不明瞭だったそれは、しかし空気の震えとなって空間全体に響き渡った。

 そしてその声のせいなのか、音もなく暗闇が晴れていく。

 つられるように周囲をぐるりと見回すと思っていたより狭く……ごつごつとした岩肌に囲まれていた。

 洞窟、だろうか。

 岩肌が淡い光を湛えている。

 あれを精巧に切り出して加工した物が、この石の台座なのだろうか。


「■■■ ■■ ■■……!」


 先程の声がした方から、今度ははっきりと人の声だと分かる……恐らく怒声が聞こえた。

 恐らく、と歯切れが悪いのは、聞き取れた音がどこの言葉か分からなかったからだ。

 少なくとも日本語ではない。


 声の出所をよく見ると、頭から足先まですっぽりと黒い服を……いや、フード付きのローブを被った人がこちらに近づいてきていた。

 カツン、カツンと妙に軽い杖を突く音が空間を支配している。

 魔法使いとか魔術師、なんて言葉を連想する。


 まだ距離は大分あるけどなんだろう、その怪しい人物の周囲を禍々しいとしか形容できない何かが漂っているのが見える。


「負のオーラ的な……何かかな」


 夢の中では、超能力や魔法などの不思議な力みたいなものは割とよく出てくる。

 とりあえず様子を見てみよう、と悠長に構えていると。

 ギギギ、と、すぐ後ろから何かを引き摺るような音が聞こえた。

 振り向くと、横たわっていた石の台座が……直立していた。


「おぅ?!」


 外国人みたいな発音になってしまった。

 まさかこんな重そうな物が動くとは……そういう機構の物なのだろうか、それとも。

 これを動かしたもう一つの可能性、ローブを纏った人物へ顔を向けた瞬間……こちらにかざす手が見え、身体が真後ろに引っ張られた。

 びたん。


「……冷ったぁっ!」


 ひんやりとした台座にまた寝る羽目になってしまった……今度は、立ったままで。

 急いで身体を離そうとするけれど不思議と全く離れない。

 いや待ってこれほんとに冷たい。

 俺がもがいている間にも、ローブ姿の怪しげな人物はこちらに近づいてきている。

 彼我との距離が十数メートル程まで近づいた時、長すぎる袖で見えない手元が、何か……嫌な気配のするものを纏わせているのが見えた。


「ちょっ……何する気だお前……っ」


 嫌な予感から声を荒げつつ、身体を台座から引き剥がそうとするものの……ぴくりとも動かない。

 磁石になった気分。どっちがNでどっちがSかは知らない。

 と、端から見れば唸るだけで身じろぎもしない俺の前で……あの嫌な気配のする靄のような何かが、音もなく霧散していった。


「■■■……? ■■……お前……■■■、か?」


「は? ……おっとっと」


 何言ってんだこいつ、という口から転がり出そうになった悪態は、途端に自由になった身体のおかげで何とか飲み込めた。

 ああ、背中が滅茶苦茶冷たい。


「ああ……あぁ。そうか。そういうことなんだな」


 重苦しく黒いローブ姿のそいつは、身体を震わせて諦観の声を上げた。

 女の声だ。

 質問を投げかけておいて、こちらの答えを待たず、勝手に完結させている。

 大分失礼な奴だけど、まあ夢の中の登場人物に常識だのなんだのを求めてもしょうがないだろう。


「それは私の傑作だったけど……良い、良いよ。そういうことなら、別に、良い」


「何言ってんのかさっぱり分からん」


 その女の声はよく聞けば、するりと頭の中に入る美しいものだった。

 まるでカナリアの鳴き声のようだ。聞いたことないけど。

 フードの陰から覗く顔は恐ろしく血の気が薄いように見える。

 光源がぼんやりと青白く光る岩石しかないからかもしれない。


「ふ、ふふ……あぁ、すまない。ところで私の言葉は、変じゃないかな?」


「いや、別に」


 若干偉そうな口調だけど、気になる程ではない。

 それにしても何のキャラクターだろうか。

 俺の夢はその日に見聞きした新鮮な情報が反映されやすい。

 だから寝る前にホラー系の番組は絶対に観ないことにしている。

 腕を組み、顎に手を当てる……こういった事を考えるのは、いつもは起きた後なんだけど。


「良かったら、話をしよう」


 女がそう言い、手をひらひらと振ると、俺との間の地面がパキパキと軽快な音を立てた。

 縦に横に線が無数に走り、せり上がっていく。

 見る間に、石でできた精緻な椅子とテーブルができ上がった。

 こりゃすごい。


「座りなよ」


 俺は今多分、眉根を寄せて不満顔を浮かべている。

 これに座れと言ったな。

 すげぇ冷たいんだぞこれ。


「えぇと……座布団とか、ない?」


 とりあえず聞いてみたけれど、いや、そうか。

 夢の中なら、自分で出せばいい。


「ん、ああ。そうか、そうだね」


 と、女が答える声を聞かず、俺は目の前の青白い椅子に手をかざした。

 そして念じる。

 座布団……ふかふかの座布団を!


「……?」


 おや、出てこない……?

 いつも見ている明晰夢なら、イメージしたものが即座に反映されるんだけど。

 同時に頭上に浮かんだであろう疑問符を先に打ち消したのは、女の方だった。


「……よく分からないけど、ご所望のものを。いや、気が利かなくて悪いね。人と会うのは本当に久しぶりなんだ」


 そう言って女がローブの中から引っ張り出したのは、一目で上物だと分かる白い艶やかな服だった。

 ワンピースだった。

 明らかに重力を無視した緩やかな速度で投げ渡された。

 両手で受け取る。

 ふわっふわだぁ。


「ええ……?」


 ご所望してねぇよ。

 してないけどそうか。俺は今、丸裸だった。

 夢だと理解してからすっかり意識の外に置いていた。

 ……だけど、流石にこれを着るのはためらわれるので、座布団代わりにさせてもらおう。

 そう思って冷たそうな椅子へ目を向けると、ぽふっと立派な薄桃色の座布団が投げ落とされた。

 お前のローブの中どうなってんだよ。


「ほら、早く着て、座りなよ」


 渋々、手触りの良いそれを広げてみる。

 腰のラインに可愛らしいリボンベルトがあしらわれ、緩いフリルレースが層になったスカートは、一見ドレスのようにも見える。

 着るの?

 これを?


「いや、このままで、いいや」


 絞り出した声は掠れていて、なんとも情けなく響いた。


「あはは。良い訳ないだろう。ああ、着方が分からないのかな?」


 女は心底楽しそうに笑うと、言葉の最後には俺の後ろに回り込んでいた。

 俺の夢の中の筈なのに、後手後手になっている……。


 そうして俺は、人生で初めて女物の服に袖を通すことになった。


 ……いや、夢の中だから、ノーカンで。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読点があちこち変なところに入っていて、吃音症みたいで読みづらいです。
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