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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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十八話 これはまりょくだから

 慎ましやかな、しかし柔らかなそれに手を当てる。

 その先端がくすぐったいような、微かな痺れに似たものが生まれると同時に、お腹の下に甘く、温かな何かが溜まっていく。

 今のところそういった欲求は湧き上がってはこないけれど、ぽかぽかした感覚は心地良い。


 肌触りはやはり人間のそれにしか思えない、しかし胸の奥……脈打つものの存在は感じ取れない。

 つるりとした、或いはさらさらとしたお腹の下は悲しいかな、見晴らしがいい。

 あの女は自分の身体をベースにしたと言っていた……つまりは若い頃、少女と呼ばれるときの身体か。


 小さく背徳感のようなものが芽生える。

 見てはいけないものを、見ているような。


「……さて」


 まぁ見ますけどね。

 隅々まで確認するとしますか。

 すぐ外には見張りの兵士が立っているから、静かにこっそりと。




 ふわふわした感覚に身を任せていたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 魔力がくるくる回るような、よく分からない感覚だった。

 そして。


「これ、は」


 目覚めは、考え得る限りの最悪だった。

 あの洞窟で目覚めて、今まで色々……理解が追いつかないくらい色々あったけど。

 多分、今がいちばん、つらい。

 あ、なみだでてきた……。


「……どうして、こんなことに」


 素っ裸のまま、立ち上がることすらできず、呆然とすること数分。

 宛がわれた周りより造りのしっかりした天幕の中、硬さを感じるものの寝心地はそこまで悪くない寝床、まぁまぁな質感の敷かれたシーツ、そこに染み込んだ、多分これは……液体化した魔力。


 も、漏らした……?

 どうしようこれ……。

 寝る前にはトイレに行けと小さい頃あれほど、いやでもこの仮の駐屯地にはトイレなんて。


 絶望に打ちひしがれていると、天幕の外がにわかに騒がしくなってきた。

 どうやら外はもう活動を始める時間らしく、俺のところにも迎えがきたようだ。

 まぁいきなり開け放たれることはないだろう、とりあえずこれ魔力なら吸収できるかな。

 なんて考えていると、天幕の入り口が無造作に開かれた。

 うっそだろおい。


「起きてるかぁ、嬢、ちゃ……」


 逆光の中、闖入者は固まっている。

 そりゃそうだろう。

 騎士団の協力者、魔獣を従えし者、神鏡の湖の女神……尾ひれが付いた色々な呼ばれ方をしている素性不明の女の子が、天幕の中、裸でおねしょ現場を前にうなだれて涙を流しているのだ。

 そんなん俺だって固まる。

 いや今はそれよりも。


「……」


 入ってきたそいつの顔を見て、ゆっくりと立ち上がる。

 逆光の中の、狐を思わせる細い目をした男……確かコンサと呼ばれていたか。

 息を呑み、何かに気づいたようだけど、もう遅い。


 腕に魔力が流れる。

 歩み寄る俺に、何か言い訳でもするつもりなのだろうコンサの口が開いた。

 それを見やり、息を短く吸い、一歩大きく踏み込んだ。

 脚にも魔力が流れる。きっかけを掴んでしまえばなるほど、難しいことではなかった。

 ありがとう、そして出て行け。

 軽く跳び上がり、魔力を存分に帯びた拳を振り下ろした。


「ま゛……っ!!」


 甲高くひしゃげたような声は、天幕の入り口を翻らせて吹っ飛んでいった。

 着地、反転。急いで寝床に駆け寄る。

 シーツの染みに手を当てる、まだほのかに温かい。

 魔力の流れは掴んだ、吸収……あれ、できない!?


「な、なんで?!」


 八つ当たり気味にシーツを叩く。湖の水はあんなにそれこそむさぼるように吸収してたのに!

 むしろ叩く程にシーツ全体に徐々に染み渡っていく。

 天幕の外は大騒ぎだ。

 また人が近づいてくる気配がする。

 ああ、もう。

 シーツを一旦諦めて立ち上がり、先に服を着ることにした。



「グレイスだ。入るぞ」


 首の後ろでリボンを結び、ようやく着替えが完了すると同時に、大柄な男が窮屈そうに頭を下げながら入ってきた。

 ああ、終わった……。


「貴様、俺の部下に何……を……」


 不自然に途切れた言葉尻、グレイスは目に飛び込んできた光景を見て、呆気に取られているようだ。

 言い訳、何か言い訳を……。


「え、えぇと、あの、これはですね……」


 シーツを隠すように立ちつつ、駄目だ何も出てこない。

 仕方がない、こいつの記憶も飛ばそう。

 後ろ暗い決意を胸に、手足に魔力を込めていく。

 そんな俺を無視してグレイスはずかずかと歩を進め、シーツの前に膝をつけた。

 そして目の前のそれを手に取った……その手は僅かに震えている。


「ちょ、ちょっと、グレイスさん……?」


 え、怒ってらっしゃる……?

 いや、しかし好機だ。その無防備な後頭部に一発食らわせてやろう。

 きっかけを掴みスムーズになった魔力の流動。


「……これは、魔布か。恐ろしい純度、そして精密さだな」


「……はい?」


 腕に込めた魔力が霧散した。

 まふ?

 グレイスの無骨な手がシーツを広げ、撫でつけ……匂いまで嗅ぎ始めたぞおい誰かこいつ止めろ!


「魔素の濃い肥沃な牧草地の厳選された羊毛を使い、専門の魔術師が七日七晩かけてもこれだけの物はできんぞ……」


 急に早口になった気持ち悪い……何を言ってるんだこいつ。

 それは俺が……言いたくはないけど、おねしょしたシーツだぞ。大丈夫か。大丈夫じゃないのか?


 グレイスの横にしゃがみ、シーツに手を触れる。

 しっとりとしたそれは既に万遍なく染み渡り、確かに全体に魔力を帯びてはいるけど……。

 ええ……?

 グレイスはすっくと立ち上がり、俺に手を差し出してきた。


「今までの無礼な態度を許して欲しい。そして改めてよろしく頼む、シエラ」


「……あ、はい。よろしくです……」


 険の取れた凛々しい顔に微笑を浮かべ、感動的なシーンですらあるのだけど、もう片方の腕におねしょシーツを大事そうに抱えるのはまじでやめてほしい。


「どれ、あいつらにも見せてやろう。驚くぞ」


「ちょっ、待って……」


「どうした。これだけの逸品、何処に出しても恥ずかしくないぞ」


 どこに出す気だよやめてくれ。


「できれば、その……内密にしておいて頂けると、助かるんですけど……」


「何を言って……いや、そうか」


 僅かに眉根を寄せて思案したグレイスは、すぐに合点がいったとばかりに声を潜めた。

 抱えたシーツをさらりと撫でる。


「これだけの腕、噂が広まれば依頼が殺到……どころか国同士の争いに巻き込まれかねん。

 ……俺としたことが浮かれていたようだ。すまない」


 おねしょが、国の争いに……?

 流石は神を殺す為に作られた最高傑作だ。スケールがとんでもねぇ。


「ああ、そういうことか。……すまんな、部下の非礼も重ねて詫びよう。

 コンサ……俺の部下はその秘術を盗み見てしまったのか。それは追い出されても、文句は言えまい」


 いやあいつが見たのはおねしょの現場なんですけどね。


「……えぇと、うん、はい。そういうことなんです。……それ、お近づきの印に差し上げますよ」


「おお……。大切にさせてもらおう」


 なんだろう、前進したのに前に進むどころか道を踏み外したような気がする。

 いそいそとシーツを折り畳み懐に仕舞うグレイスの表情は、今までになく嬉しそうなものだった。


 こうして俺は不本意ながら、城塞都市レグルスに所属する騎士団、その中の混成魔術師部隊隊長、グレイス・ガンウォードの信頼を得ることに成功した。

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