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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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十八話 無慈悲なまでに

 あの方はきっと、私に何も求めてなどいなかった。

 私が求めたものは何でもくれたけれど、あの方は私に何も求めてはこなかった。

 ただ一言。


「その姿を見られただけで満足しているよ」


 あの方はそう言って、しかし笑ってはくれなかった。

 私はただ、一度だけ。

 あの方の笑顔を、一度だけでいいから、見たかった。




 明くる日。

 湾沿いの商会が立ち並ぶ一角に、マクロレン商会が所有するだだっ広い資材置き場がある。

 三方を壁に囲まれたここは今はがらんどうで、運動するにはもってこいの場所だ。


 朝も早くからソラが、軽く身体を動かしたい、と言うので受付のお姉さんに教えてもらった穴場すぺーす。

 汚れると困るしケープを畳んで、入り口に置いてある端材で組んだのだろう木の椅子に置くと……猫様が鎮座された。

 ……なんでついてきたんだろう、今日も毛並みがよろしいですね。

 お目付け役かな?


「……さて」


 ソラは既に奥の方で真っ黒なローブを翻らせ、髪を後ろでぱぱっと結んだ。

 その大きめのハンカチーフには、俺の魔力が未だに染み込んだままだ。


「ふふ……いつでもいいですよ、シエラちゃん」


 ソラの表情と声色は、単純に今から行う遊びを楽しむもの。

 その声に答えず、俺は左手で『吸血鬼』を握り、魔力を流し込んだ。

 どす黒く揺らめく刀身は、朝の柔らかい陽を浴びて尚、不吉な色。


 目を切り替え、四肢に全力で魔力を廻らせる。

 やはり連動するように獣の耳と尻尾が生えた……結局、独立させて扱うことは諦めた。


「いくぞ」


 軽く『吸血鬼』を振るい、足を踏み出す。

 ソラは構えもせず、ただ自然体で立ち、その顔にふんわりと笑みを浮かべている。


 軽く身体を動かしたいというソラの要望と、身体の動かし方を教わりたいという俺の要望が合致した結果。

 この手合わせは、ソラにとっては遊び感覚だけど……俺は、本気で挑みますよ。



 十メートル弱の距離を数歩でソラの元へ到達し、『吸血鬼』を真っ直ぐ突き出す。

 ひょい、と無駄のない動きで横に避けたソラ、即座にその真上に転移して、身体を捻りつつソラの後頭部目掛けて『吸血鬼』を振り下ろす。

 こちらを見もせずに(耳がぴく、と動いた)軽いステップで避けたソラは、身体を反転させながら俺の腰を、ぺちっと叩いた。

 身体のバランスを崩し手をつきながら着地、振り向きながら切り上げるとそこにはソラの姿はなく、回りこんでいたソラの指が、俺の頬をぷにっと突いた。


「……まじか」


 今のやり取りだけで、早くも絶望感しか湧いてこない。

 まったく本気ではないソラに、多分俺はもう、二回殺されている。


「んふふ」


 含み笑いを残しつつ、ソラは軽やかに距離を取った。

 ……まだ諦めるのは早い。

 右手の中指、その付け根をそっとなぞる。

 俺はもう、この破壊力を突き詰めた魔術は、使いたくない。


 無造作に立ち上がり、もう一度真っ直ぐ距離を詰める。

 さっきより一歩遠い間合いから、『吸血鬼』を突き出し、魔力を注ぎこむ。

 無防備なソラの腹を目掛けて揺らめく刀身が伸び、しかし半身になったソラのローブにすら掠らない。


 ソラの避ける動作、それはもう攻撃する為の一歩。

 くるりと身体を滑らせるように俺に肉薄した、伸ばされるソラの手、左手を引き戻しながら転移の魔術を発動させる、ソラの真後ろに現出。

 真横に切り払った『吸血鬼』の刀身は空を切った。

 その場に屈みこんで避けたソラは、そのまま俺の足を払い、一瞬だけ宙に浮いた俺の身体を抱きとめた。

 またお姫様抱っこ……。


「んふー、楽しいですね、シエラちゃん」


「……そうですね」


 これは勝ち負け以前の問題ですね?

 視界の端で見守っていた(かどうかは分からないけど)猫様がくあぁ、と盛大なあくびを披露した。


「ソラさん、どうすれば一撃当てられますかね」


「んぇ? 無理じゃないですか?」


「……」


 容赦がない……。

 ずっとソラにおんぶに抱っこというわけにはいかないと、一応男の子な俺としては、思っているわけなのですけども。


「相性の問題ですよ」


「相性、ねぇ……」


「私には『竜』は倒せませんから」


 俺の頬に唇を押し付けてから地面に降ろしたソラは、後ろを見ずに器用に片足でぴょんぴょんと距離を取っていく。

 そして、おいで、と言わんばかりに両手を広げた。


「ふうぅ……」


 四肢に魔力を込め、常人より速く動けている筈なのに触れることもできないのは、恐らく初動が読まれているのと、動きが連動していないから。

 ソラの動きは綺麗だ。見惚れるほどに。

 『吸血鬼』の刀身を消し、柄だけになったそれをしまう。

 目標を変えよう……まずは素手でソラの身体に触れる。


「……よし」


 あまりにも低い目標に少しだけ悲しくもなるけれど、仕方ない。

 それほどまでに、俺とソラの実力はかけ離れている。


 笑みを絶やさないソラに向け、再び足を踏み出した。




「よォ、何処行ってたんだ?」


 マクロレン商会リフォレ支部。

 戻ってきた俺とソラを、ルデラフィアがロビーで待ち構えていた。


「ちょっと、運動を」


 手を握るソラは汗一つかいていない。

 結局あれから三十分かけても、俺の手は一度もソラに触れることができなかった。

 泣きそう……。


「へェ。今度暇なら、あたしともヤるか?」


「……遠慮しときます」


 消し炭にされそうなので。

 なんだよつれねぇな、と俺の頬をぷにぷにしながら、思い出したようにルデラフィアは言葉を続けた。


「これ、お前が持っとけ」


 アーティファクト『閲覧者』……この世界に現存する魔術書を全て閲覧できる魔術書。

 今は、どのページも真っ白になっている。

 手に馴染む、この感覚はやっぱり、あの女の。


「あたしが持ってても意味ねェしな」


「……分かりました」


 俺も現状、使い道ないんだけど。

 ……いや、そうか。

 さっきまでのソラとの戦い(遊び)を思い出す……何か補助的な魔術があれば、もしかしたら触れることくらいならできるかもしれない。


「そうだ、フィア。私に何か魔術を……」


「お姉さまぁっ!」


 と。

 ロビーの扉がけたたましく開かれ……栗色の柔らかな髪をなびかせて、コリン・クリシュが飛び込んできた。

 勢いそのままに、振り向いた俺に飛び込んでくる。

 四肢に魔力を流し、抱きとめた。


「おはよう、コリン」


「んはっ……おはようございます、お姉さまっ」


 朝から元気な子だな。

 床にそっと降ろすと、コリンは身だしなみを整えてから改めて挨拶をした。


「ソラちゃん、ルデラフィア様。おはようございます」


「あァ」


「はい」


 この子も顔が広いな。

 俺が眠っている間に交流を深めていたのだろうか。

 コリンは俺に向き直り、背筋をしゃんと伸ばしてから口を開いた。


「お姉さま。おじい様がお呼びです。可能であれば、すぐに来てほしいと」


「……分かった。すぐに行く」


 なんだろう、分からないけど良い予感はしない。

 ルデラフィアの方をちらりと見る。


「あたしはここの酒を飲み尽くすっつー仕事がある」


「はは……」


「冗談だよ。明日には発てるようにしとくからな」


 冗談に聞こえなかったんですけど。

 それまでに戻ってこいよ、と手をひらひらと振り、ルデラフィアはロビーの奥へ我が物顔で歩いていった。


「ちょっと待ってね」


 『閲覧者』を両手で持ち、お腹に意識と魔力を集中する。

 ああ、やっぱりあの女……ヒイラギはすごいな。

 青白い炎は上がらず、ぽんっ、と小気味良い軽い音を立てて、アーティファクト『閲覧者』は消失し、『竜の心臓』に取り込まれた。


 はわわ、と目を輝かせるコリンの頭の上に手を置き、微笑む。


「じゃあ、行こうか」


 さて、面倒な用件じゃなければいいけど。

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