弱肉強食
ボクが人間世界に来てから、始めに見た人はこんな人達だった。
「弱肉強食」という言葉がぴったりで、弱いもの、強いもののカーストが作られているらしい。
弱肉強食という言葉は、よく動物世界で使われる。
その動物世界は、ライオン、シマウマなどの肉食系草食系のことを指すことが多い。
しかし、動物世界は人間のことも指す。人間という動物の中にも弱肉強食は存在するのだ。
ボクは高校に転入生として入った。
なんか人間の言葉はよく分からないし、人の気持ちはあまり理解できない。
でも、魔界という世界で生きていたから大抵の魔力は身についている。人に魔力がばれない程度でボクは人の気持ちを魔力で見ることにした。
「こんにちは、今日からここのクラスに転入することになりました。對馬 アリス(つしま ありす)です。まだ分からないことが多いので、教えてくれると嬉しいです。」
そんな典型的紹介文をにこっとした笑顔で言った。
一応みんなの様子を見た。クラスを見渡して目からでる若干の気を感じ取った。
みんな退屈そうだ。
ボクは人間を知りたいのだけれど…
席につくと、先生はホームルームを終わらせて休み時間にさせた。
「アリスちゃん!可愛い名前だね!どこから来たの?」
そう気さくに話しかけてくれた。
「ありがとう。えっとね…ホッカイドーって所から来たかなぁ〜〜」
ボクはまだ人間世界を知り尽くしていない。人間世界の日本という国の場所を知り尽くしている訳じゃない。ホッカイドー(?)ぐらいしか分からないから適当に答えた。
「私ね、奥嶋 玲奈っていうの!よろしくね!」
「うん!玲奈ちゃん!これからよろしくね!」
すごい優しそうな子だ。良かった!楽しくやっていけそう。
「あ〜〜、奴隷。アリスちゃんと私の分のジュース買ってきて。」
玲奈ちゃんは冷めたような口調で僕の前の席の子に指図した。眼鏡でセミロングくらいの髪の子だった。
「…え」
困ったように発した。
「いいから買ってこいよ!はやく!!」
怒った口調でその子の机を蹴り飛ばした。
周りの人はクスクスと笑って「ざまぁ」とか「玲奈ちゃんかわいそー」とかいう悪口が確かに聞こえた。
「g…ごめんなさいっ」
そう言い残した彼女はそそくさと教室を後にした。
先生のいない教室には「ドレイ」と呼ばれる彼女を悪く言った。
「あの、玲奈ちゃん。ドレイって何?ボク一回海外に行っててまだ日本語不自由なの。」
「あ〜〜、奴隷?奴隷っていうのは、私達のこき使わせられる奴。あいつ丸園 紀伊奈っていうんだけどさ、何でも頼んでいいよ。」
舌打ち混じりに言った。
「へぇ〜〜、そうなんだぁ…」
ボクは奴隷を知った。魔界では仲良く出来ることを人間は出来ないらしい。
人間は深いことを考えすぎだ。何のためなんだろう…紀伊奈ちゃんはどんな気持ちなんだろう…」
そんな事を考えているうちに授業は始まった。
ボクは教科ごとの先生に「よろしくね」と声をかけられた。
スウガク?コクゴ?リカ?なんだかよく分からない事ばかりで頭を抱えた。
数学では、プリント学習といって、早くできた人はできていない人を教えるという方式であった。
魔界では勉強なんてなかった。
数字は知っている。数字がただ並んだプリントを眺めただ時間が過ぎた。
前の席の紀伊奈ちゃんからは、シャーペンを動かす音が聞こえた。
前を除くとびっしりと答えが書いてあった。ボクは勇気を出して聞いてみた。
「紀伊奈ちゃん!ボクここの問題とか全然分からないんだけど…分かる?」
肩をとんっと手で叩いて喋った。
「ここの問題?いいよ、ここはこうでね、ここにこの文字を代入して…」
などと説明をしてくれた。分からないボクにも丁寧に。
それで分かった。紀伊奈ちゃんは頭がいいらしい。
それからボクは、休み時間や放課後、度々紀伊奈ちゃんに勉強を教えてもらった。
「紀伊奈ちゃん!ボクの家来て勉強教えてよ!」
魔界の執事から借りた家がある。そこで勉強を教えて欲しいという試みだ。
「いいけど…」
「よし!じゃぁ決まりだね!」
そして一緒に家に行った。
紀伊奈ちゃんはソワソワした様子で部屋を眺めていた。
「私といるとアリスちゃん大変になるよ?」
って心配そうに喋った。
「そうなの?それって奴隷ってやつ?」
ボクはまんざらでもなさそうにコップにお湯を注いで言った。
そして静寂な時間が過ぎたので、紛らわそうと話題を変えた。
「紀伊奈ちゃんって眼鏡じゃなくてコンタクトにしないの?」
「私は、こっちの方が好きだから…」
そう俯いていたからつい、眼鏡を外した。
「えー!眼鏡外した方が可愛いじゃーん!」
そう言うと、赤面して「そんなことないよ!」って言った。
なるほど…人間は「可愛い」って言われると赤面するのか…
そうやって、紀伊奈ちゃんで学ぶことは多かった。それは、勉強にしても人間にしても。
紀伊奈ちゃんと過ごす時間は楽しくて、時間が経つのが早く感じた。
それからボクは、ボクに向けられている目が最初の頃と変わってきたと言うことに気付き始めた。
あるとき、
(次は体育だ。体育は得意なんだ!がんばろ!)
そう思って更衣室に向かった。
ガチャとドアを開けて入ると、
「やめて!やめてください!!」
そういう紀伊奈ちゃんの声がした。
玲奈ちゃんが、無理矢理服を引き剥がして拘束して、裸の写真を撮っていた。
「奴隷だろ!?このくらいできるだろうが!!」
とかいう声がしたあと、ボクがいたってことに気づいたようだ。
「玲奈ちゃん?何やってるの?紀伊奈ちゃん傷だらけじゃない」
そう言葉にした。
「は?アリスちゃん?アリスちゃんは奴隷の味方すんの?こんなクソみたいな奴?」
玲奈ちゃんは嘲笑うようにこちらをみた。
「クソかどうかは私が決めていいよね?紀伊奈ちゃんは眼鏡を外すと可愛いんだよ?一緒に過ごす時間は楽しくて、勉強も良くできてすごいと思う。」
そういつもの笑顔で言ってみせた。だが、それは相手にとってはダメだったらしく、
そこからだろうか。ボクが奴隷の2人目として扱われるようになったのは。
あの後は、体育の授業が始まりそうで、みんな静かに着替えていた。ボクは、紀伊奈ちゃんと一緒に着替えた。
ボクは、だんだんこき使われるようになって、1人トイレに呼ばれて「サンドバッグになれ」とかよく分からん事を言われてひたすら殴られた。
服で傷は隠した。紀伊奈ちゃんはボクを心配するから、何事もなかったように過ごした。
それからの日々は最悪だった。
紀伊奈ちゃんにあたろうとしていた人たちにひっそりと「ボクが代わりになるから」と言って代わりにナイフで切りつけられたりした。
それから何ヶ月かがすぎ、木々の葉が落ち始める頃、ボクと紀伊奈ちゃんはトイレに呼び出された。
「ねぇ、奴隷らさ、消えてほしいんだよね。邪魔だから。目障りなんだよ。金だけくれればそれでいいのにお前らの存在なんか求めちゃいねーんだよ。」
そう言われた。そうか、ボクたちは君らのATMなのか。残酷だなぁ。それだけの存在意義なんていらないさ。
「おい!!聞いてんのかよ!!!」
そう言ってボクと紀伊奈ちゃんを殴った。
そして集団で紀伊奈ちゃんには首をナイフで斬られ、ボクは腹を何度も蹴られた。
すごい痛かった。言葉にできないくらい。紀伊奈ちゃんはこれ以上痛いんだろう。
そう考えるとだんだん苛立ちが募って、つい魔力を使ってしまった。
つのがでて、殺気に満ちて赤くなった眼は、いじめっ子にはもちろん、紀伊奈ちゃんの目にも映った。
魔力がでてからはもう周りなんて気にすることができず、いじめっ子の一人一人の首を爪を尖らせて押し続けた。紀伊奈ちゃんが何か言っていたかな?でも聞こえないや。
赤い瞳からは涙というものが出ていた。
それから意識は途絶え、目を開けると保健室にベッドの上だった。横を見ると紀伊奈ちゃんが隣のベッドで座っていた。
首に包帯を巻いていて体も湿布だらけ。
「おはよう、アリスちゃん。」
にへらっと笑っている。
「紀伊奈ちゃん、ボクのことバレちゃったかな?」
魔力を人間世界でだしたこと。
「うん、すごい…怖かったんだからぁ…」
そう泣いて言った。
「ホントにごめん、ボク魔界て言うところから来たんだ…まだ人間のこととか分からない。でもね…」
そう言って立ち上がって荷物を持った。
帰ろうとして保健室のドアノブを掴んで少し立ち止まった。後ろを振り向き、紀伊奈ちゃんに伝えた。
「弱肉強食っていう言葉をね、こないだ知ったんだけど、弱いものが強いものを喰うことはいつだって出来るんだよ。紀伊奈ちゃんにも手や足がある。いつだって殴り返したり蹴り返したりすることができる。そう作られているらしい。人間とはすごいものだよ。紀伊奈ちゃんもきっと凄いことが出来るよ。ボクはもうここにはいられない。短い間だったけど、ありがとう。とっても楽しかった。」
そう言い残してボクはこの高校を去った。
このままだとまた紀伊奈ちゃんはいじめられてしまうかもしれない。そう思ったけど、紀伊奈ちゃんは1人でも立ち向かえる強い子だ。ボクがいても仕方がないだろう。
そんな勝手な理由で僕は次の場所へと移った。
まだボクは人間世界を知り尽くしていない。
次の場所では幸せでありますようにと願って…