白い炎
深刻な自家中毒からカイトが復帰したのは、D・ウォルトにとって驚くべき事柄ではなかった。
膨大な魔力を拡散させた少女は、こちらの世界でカイトが行動を共にしていた人物である。
その場合、少女が日常的に放っている魔力の残滓を、彼が偶発的に身に帯びる可能性も低くはない。となれば、カイトの義身においてもまた、適合性のある彼女の魔力を吸収し、状態の改善や能力強化などが行われるであろうことは、当然ながら考慮の内の出来事だった。
だが現在のカイトは、こちらの剛腕を一方的に打ち負かす程の、圧倒的な臂力を有していた。
そうした非合理的で不条理な事態に、D・ウォルトは無意識の内に後ろへと下がる。動揺に思考停止へと陥っていた彼は、しかし、次の瞬間に起こった非現実的な現象に、今度は激しい混乱の中へと突き落とされた。
こちらの世界で調達したらしい、カイトの間に合わせの右腕は、反撃を決めた姿勢のまま固まっている。敵へと向けて差し伸べられていたその腕から、突如として、轟々とした眩いばかりの白炎が噴き上げられたのだった。
外装の継ぎ目や、破損した裂け目から溢れた炎は、瞬く間に彼の右腕を覆い尽くす。
一方、真横で燃え上がるその火炎にも、当人は全く動じる気配はない。
そうした視覚的な情報のみでも、宿り主に牙を剥かない、出自不明な異色のそれが、尋常ではない存在の物であると判断するのは難しくなかった。
「なぜ、だ……何だ、何なんだ、これはァ!? 貴様の、その、力は、炎は何だ!? どうして、私の腕だけが、砕けた!? なぜ、貴様の方が、私よりも勝っているのだぁッ!?」
「…………質問が、多過ぎだ。つうか、俺の方が訊きたいぐらいだっての。まあ、でも、あいつが力を貸してくれたってのは、間違いないとは思うがな」
擦れた声でそう呟いたカイトは、メリッサがその身に帯びていたのと同じ、銀の燐光に包まれた右腕を横目で眺める。感慨深げな面持ちで、彼が確信をもって口にした発言に、D・ウォルトは激情も顕わに激しく地団太を踏み、床へと蜘蛛の巣状の罅を広げる。
「馬鹿な、有り得ん! 有り得るはずもない! 魔力の放出源である小娘との距離は、私の方が近かった! それに、受信体としての胴体部の表面積も、遥かに私の方が広いではないか!?」
「そう、かもな。だけどよ、前に俺の知り合いの魔女が、こう言ってたんだ。『魔法ってのは、高度な技術や知識と同じ位に、強い信念がなくちゃいけない』。『要は、使う時の心ってのが大事』なんだってな」
唐突に穏やかな口調で語り始めるカイトに、D・ウォルトは反応に戸惑い、絶句する。
疑念に満ちた表情を浮かべる相手に、彼は掌へと燃える白き炎を握り締め、覚悟に満ちた鋭利な眼差しを突き刺した。
「だから、どんなに計算に合わなくても、お前が俺より強くなるはずはねぇんだよ。自分を、大切な人達を、そして、この世界を傷付け壊そうとしている頭でっかちの下衆野郎なんかに、あいつが力を貸そうだなんて、思う訳ねぇだろうが!!」
「ふざ……巫山、戯るなぁ!! そんな世迷言の戯言など、私が聞く耳持つと思うてかぁ!!」
カイトの断言に逆上したD・ウォルトは、一気に彼へと距離を詰め、左腕の剣を振るう。
更に速度を増した挙動で、相手の首を目掛けて横薙ぎに払われた刃は、虚しく空を斬る。
瞬間、手応えの有無を確かめる暇もなく、背面へとめり込んだ痛打によって、D・ウォルトは前のめりの恰好となって突き飛ばされた。
激しく床の上を横転していく巨体に、カイトは蹴り出していた右足をそのまま直下へと落とし、素早い踏み出しから追い縋る。
残像を引く程の俊足で肉薄する彼に、受け身から急制動を掛けたD・ウォルトは、仰向けの姿勢から蹴りを見舞う。
超絶的な相対速度で迫る靴底を、カイトは間一髪で、しかし危なげなく躱す。続け様に、彼は伸びきった敵の脚部を、膝の辺りで抱え込む。そして、相手に抵抗する暇も与えないまま、猛烈な勢いで時計回りにその巨体を振り回し、充分な加速を付けた後に投げ飛ばした。
激しい右回転で宙を舞ったD・ウォルトは、林立する装置の列へと墜落し、けたたましい激突音を響かせる。
敵を下敷きとしたその瓦礫の山へ、カイトは早足で歩み寄っていく。
互いの距離が半分程に狭まった時、折り重なっていた残骸が内側から弾け飛び、中へと埋もれていたD・ウォルトが再び姿を現した。
「貴ッ、様ッはあああぁぁッ!! 不遜で、不敬で、不快に、過ぎるぞおおおおッ!!」
狂乱から裏返った絶叫を響かせた彼は、振り翳した双腕の銃口の先を、発射炎の赤い火花で明滅させる。
重機関銃による狙いの荒い射撃は、散弾のようにバラけつつ、標的であるカイトへと向かう。
轟音と化した銃声に遅れ、一面を覆い尽くしながら飛来する無数の弾丸に、彼は無言のまま右腕を差し出す。
刹那、大きく指を広げた掌から、白の炎が縦に輪を作って広がる。
そして、行使者の前面を隠すまでに拡大したそれは、衝突した鉄の塊を包み、勢いを殺し、融解させ、気体と化して霧散させていった。
やがて、残弾を全て射ち尽くした重機関銃は、激しい鳴動の余韻を残して沈黙する。
白煙の棚引く銃口を下げたD・ウォルトは、生身の頃であれば血走っていたに違いない、飛び出さんばかりに見開いた双眼で、炎の盾を収束させる敵を凝視していた。




