鋼骸器、そして鋼骸種とは
嫌に形式張った高圧的な物言いに当惑しながらも、彼は請われるままに自分の名前を告げた。
「俺は、カイト・シガミ。レジスタンス軍の抵抗活動に戦闘員として加わっている、元は中央政府側に所属していた潜入工作用のサイボーグだ」
「ク……クゥアトシ、ガーミ? 何だか、悪魔にしても随分変てこな名前ね。何にしても、あんたは『レジスタス』という悪魔が統率する軍団で、『サボーグー』の階級にある戦士ってことで良いのかしら? 一応確認するけど、そのサボーグーっていう階級は、当然軍団の中でも高位の方なのよね?」
不可思議な聞き取りと解釈を行っていたメリッサは、そのままカイトへと意味と趣旨の不明な質問を返す。
それに対してどうにも答えようのない彼は言葉を濁しつつ、逆に兼ねてから疑問に思っていた幾つかの事柄を、彼女へと改めて尋ねてみた。
「済まないが、その前に、ちょっと聞いても良いかな? 君はさっきから自分が魔術師だとか言っているけど、それって一体、どういう意味なのかな?」
「意味も何も、そのまんま魔術の知識を持っていて、実際に魔法が使える人間の事に決まってるじゃない。はっ、まさかあんた、私が魔術師なんかじゃないなんて、そんなふざけたことを言い出すつもりじゃないでしょうね!? 悪魔であるあんたを召喚したのは、正真正銘この私なのよ!! 変な言い掛かりを付けて契約から逃れようなんて、そんなの絶対に許さないから!!」
突然そう声高に叫んだメリッサは、素早く中腰になって立ち上がると、憤怒の表情でカイトの胸ぐらを掴み取る。すぐ間近で怒りの炎を燃やす翡翠色の瞳に、彼は相手が何をどう曲解したのか分からないまま、逃亡の意志はないことを懸命に伝えた。
「分かった、そんな真似は絶対にしないから、一旦落ち着こう。だけど、その話とはまた別に、もし良ければ君も使えるという『魔法』を、ここで俺に見せてはもらえないだろうか?」
「なっ、はあっ!? どどっ、どうして、私が今更そんなことをしなきゃいけないのよ!? 実際にこうして悪魔のあんたを召喚してるんだから、それでもう私が魔力を持った人間だって分かってるじゃない! あんたやっぱり、何かいい加減な理由を見付けて、ここからとんずらするつもりなんでしょ!?」
カイトの頼みに奇妙に顔を強張らせた彼女は、更に顔色へと朱を加えながら彼へと詰め寄る。
胸部を締め上げているメリッサの腕は、カイトの呼吸器系ユニットの活動を阻害する程の力量はない。
それでも、これ以上むやみに相手を興奮させるのは得策ではないと判断した彼は、向こうの言い分を全て受け入れた後、時間をかけてどうにか彼女の気を静まらせた。
やがて、不承不承といった様子で矛を収めたメリッサに、カイトは次に横へと置いていたグレネードランチャーを示した。
「じゃあ、これもまたそうだと言っていた、鋼骸器と呼ばれる物について詳しく教えてくれないか? 君や君の周りの人達は、鋼骸器と呼ばれている物について何を知っているんだ?」
「そんなことも知らないなんて、やっぱあんた、生まれたばっかの悪魔な訳? まあ、こうなったらもう、そんなのどうでも良いか……。鋼骸器っていうのは、だいたい今から十数年くらい前から、人間界に突然現れ始めた鉄で出来た道具の事よ。まあ、道具って言ったって、誰にも使い方は分からないし、そもそも何かに使う物なのかさえ分からないんだけど。中には、空から降ってきたのを見たって言う人もいて、ある所では神様からの贈り物だーって信仰の対象にしちゃってたり、物好きな収集家の間では高値で売り買いされていたりもする、つまりは暇な奴らにしか縁のない不思議で奇妙なだけのガラクタよ」
彼女は目の前にある強力な兵器を、ただの無用の長物とあっさり断言してみせる。
しかし、それを聞いていたカイトは、そうした理解も無理はないと共感した。
彼の時代に製造されていた銃器などには、そのほとんどに使用者の指紋や静脈を確認する、個体識別(ID)システムが搭載されている。なので、あらかじめシステムデータに入力されていた個人情報と符合しない限りは、その武装の安全装置は解除できない仕組みになっていた。
無論、レジスタンスなどの非正規的な過激組織には、中央政府軍から強奪した武器からそれらの装置を取り除き、誰でも任意に使用可能な状態としている物もある。
だが、そういった改造品は絶対的に数が少なく、加えてここに来るまでの途中に在った『鋼骸器』は大破している物がほとんどで、初めからまともには稼働し得ない状態にあった。
だからこそ、少なくとも数世紀は前の時代であろうこの世界では、『鋼骸器』という呼び名を与えられているそれらの近代兵器が、誰にも扱えない物として認知されていたとしても、無理のない当然の帰結であると言えた。
「あと、その頃から鋼骸器と似たような見た目をした、鉄の体をした奇妙な魔獣が現れ始めたんだけど、みんなはそれを『鋼骸種』って呼んでいるわ。こいつらはいろんな姿や形をしていて、地面を走ったり水に潜ったり、それから空を飛んだりする多くの種類がいるそうよ。私はまだ本物を見たことはないけど、聞いた話だと小さな鉄の唾を物凄い速さで飛ばしたり、中には火や光の魔法みたいなのを使ったりして、人を襲う奴もいるらしいわ。まあ、幾ら得体が知れないといっても所詮はただの魔獣だし、魔法を使うなんて絶対ガセに決まってるんだけど」
彼女が続いて口にした鋼骸種という謎の名詞は、恐らく戦闘用無人自律兵器(MUAA)を指しているのだろうと、カイトはその手短な説明から類推した。
主に中央政府軍が局地制圧や拠点防衛に運用するそれらの兵器は、友軍の電波を帯びていない対象を敵味方識別(IFF)システムによって精査し、発見次第攻撃を加える規範が与えられている。
なので、携帯用発信端末を持つはずのないこの世界の人々は、奴らに取ってみれば管理区域外に潜伏する危険分子となり、必然的に排除の対象とされてしまうはずだった。
また、最新式の自律兵器は、非常に燃費効率や自己保全機能に優れており、継続的な維持管理が受けられなくとも、長期に渡る活動が可能となっている。
そうしたある程度の恒常性を持った特徴から、その兵器の存在を知らない者の目には、まるで自らの意志で動いているような、特種な生命体のように映っても決しておかしくはなかった。
そして、メリッサから伝えられたそれらの情報を踏まえて、カイトは自分が流れ着いたこの世界は、記録にも残っていない有史以前の過去、もしくは全ての文明が滅んだ後の未来ではないかとする推測に至った。