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Armed Wizard Vanguard(アームド ウィザード ヴァンガード)  作者: 伊森 維亮
第1章 魔女と機巧男(ウィッチ アンド サイボーグ)
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初めての悪魔召喚

 外円部に記す最後の一行を、メリッサはしっかりと岩盤の上へ刻み付ける。

 ようやく全ての作業を終えた彼女は、手に付いている石灰の粉を(はた)き落としながら立ち上がり、脇へと置いていた分厚い装丁の本を手に取る。蝋燭(ろうそく)の頼りない明かりの下、羊皮紙に描かれていた魔法陣と自分の作ったそれをじっくりと見比べると、満足気な笑みを浮かべて頷いた。


「よーし、陣の方は、これでカンペキっと。後は召喚の呪文さえ間違えなければ、絶対に成功するはずね。えっと、悪魔を召喚するための呪文は、確かこの辺にあったはず……」


 薄暗い洞窟に独り言を反響させながら、メリッサは先日手に入れたばかりの魔導書を、真剣な面持ちで手繰(たぐ)っていく。

 その本は以前、彼女が数日分の食費と引き換えに、街の行商人から購入した物だった。


 相手はそれが、以前の戦乱の際に散逸(さんいつ)した、由緒ある魔術の家系の品だと力説していた。

 当然、メリッサはそうした説明を、残らず鵜呑(うの)みになどはしてはいなかった。

 だが、実力のある魔術師にしか扱えないため、自分には元値の五分の一で譲ると申し出た男に、思わず自尊心を心地良くくすぐられてしまった彼女は、いつの間にかそれを購入してしまっていたのだった。


 なけなしの所持金と引き換えに手に入れたその本は、正直なところ偽物の匂いがプンプンしており、書かれている内容もメリッサの常識とは異なる知識ばかりだった。

 一方、そうした胡散臭(うさんくさ)い幾つのも項目の中で、本の末尾近くに記述されていた『悪魔召喚のための手順』という(くだり)に、彼女はとても強く興味を引かれた。


 メリッサは魔術の基本的な知識について、あらかた網羅(もうら)していると自負していた。

 だが、最大の秘術とされている悪魔召喚については、彼女はかつての師匠から聞いたことはあっても、一度も教えてもらうことはできなかった。


 悪魔を呼び出し従属させられれば、それは一流の魔術師の証ともなる。

 そうした、魔術師界における暗黙の了解を心得ていたメリッサは、やがて居ても立っても居られなくなり、その方法を実践してみようと決めたのだった。


 魔導書に記載されている内容は、ほとんどがデタラメと見て間違いない。

 しかし、ひょっとしたらという可能性がある以上、やってもやらなくても同じ結果であるのなら、やってみるに越したことはないはずだった。

 そうして(わず)かな希望に賭けることとした彼女は、本に書かれていた指示に従って、まずは魔力の(つど)う地脈を探した。そして、森の奥にあったこぢんまりとした洞窟が一番適当な場所と見定めると、次はそこに召喚の媒体となる魔法陣を作成した。


 召喚に必要な条件を揃えた今、後は本の通りに呪文を唱えるだけである。

 蝋燭の薄明りに浮かび上がる、完成した白線の魔法陣を前に、メリッサはいつの間にか自分の心臓が激しく高鳴っているのに気付いた。


 これによって悪魔が召喚される可能性は、控えめに見たとしても、ほとんどゼロに近い。

 だが、もし本当に悪魔が現れて、そのまま契約を結べたとしたならば、それは自分の夢へと大きく近づく一歩となるに違いなかった。


 諦めと期待が渾然となった心地のまま、やがて意を決した彼女は片手に掲げていた魔導書へと目を落とし、そこに羅列されていた一文を力強く読み上げていった。


「我は人の子にして、魔の道を往く者なり。()は魔の(ともがら)にして、闇の(くびき)(やく)されし者なり。

 我は冥界の門の外より、其の招来を望む。其は煉獄の扉の内より、我の呼び声に応えるや否や。

 其が永劫の責苦(せめく)より、刹那(せつな)の安息を得んと欲せば、我が言の葉の糸をその両の(かいな)へと寄せよ。我が魂へと隷属し、悠久(ゆうきゅう)の契約を交わさんと願えば、其は一条の光を道標(どうひょう)として昇り来たれ。我が声を求め、この現世(うつしよ)へと導かれし者あらば、今、ここにその姿を(あらわ)せ!」


 若干の緊張が混ざった彼女の声は、四方の岩へと跳ね返って、幾重にも木霊する。

 やがて、その残響も尾を引いて消えていき、洞窟には再び静寂が訪れた。

 凍りついた時間の中、メリッサは右腕を振り上げた恰好のまま、しばらくの間辺りの様子を目だけを動かして窺う。それでも、魔法陣にもどこにも変化が起こりそうにない雰囲気に、彼女はガックリと肩を落とした。


「はぁ、やっぱりダメかぁ……。クッソあの詐欺商人、こんな落書きみたいな(まが)い物で、偉大な魔術師になる私を食い物にしてっ……! 今度会ったら、絶対にただじゃおかない―」


 悔し気にそう吐き捨てたメリッサは、腹いせにニセ魔導書を床へ叩き付けようと持ち上げる。

その時、彼女は足元に転がっていた小石が、なぜか細かく震え出しているのに気が付いた。


 最初は靴底で微かに感じられる程度だった地面の揺れは、次第に洞窟全体を震わせる程に強く激しくなっていく。それに合わせて、風の吹き込まないはずのその空間には、まるで嵐のようなつむじ風が、突如として巻き起こり始めた。


 訳も分からず棒立ちとなっていたメリッサは、次に自分のすぐ頭上へと、何か青白い光の粒が湧き上がってくるのを目にした。

 瞬く間に数を増やし、岩の天井を覆い尽くしていった光の点は、引き寄せられるように中央の一ヶ所へと集まっていく。直後、空中に浮かんでいた小さな光の玉は、突然真っ黒な閃光を放って爆発した。


 全身を押し包む凄まじい光と音の衝撃に、メリッサは悲鳴を上げてしゃがみ込む。

 正体不明の脅威から、必死に自分の身を守っていた彼女は、しばらくして周りが静かになったのを感じると、顔を覆っていた腕の合間から恐る恐る外を覗く。

 

 そこからは、あの突然現れた青と黒の光は、まるで夢か幻のように消え去っていた。

 代わりに、薄暗かったはずの洞窟には、天井へと開いた大きな丸い穴から、まぶしい太陽の光が差し込んできていた。

 真上から降り注ぐ温かな陽光に、メリッサはかざした腕で陰を作りながら、完璧な円を描く巨大な天窓を茫然として見上げる。

 ふと視線を下に降ろした彼女は、元々魔法陣があったはずの所に、巨大な穴が出現しているのを発見した。


 まさかと息を呑んだメリッサは、大急ぎでその縁の部分へと駆け寄り、陥没している底の方を見下ろす。滑らかな曲線を描いているすり鉢状の穴の底には、誰かが仰向けになって倒れていた。

 その気を失っているらしい若い男は、所々に金属片の付いた、不思議な服を着ていた。

 加えて、闇のように黒い髪、そして右腕が肩の先から欠けている異様な姿に、彼女は召喚の儀式が成功していたのを、その時初めて知ったのだった。


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