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鉛筆  作者: 桜枝 巧
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そして――

そして私は、受験が終わった帰りの電車で、少しだけ泣いた。

 できるだけ嗚咽はこらえて、他人には迷惑がかからない程度に。

 きっと、それが私のできる精一杯のことだった。

他にも受験に失敗したらしき高校生たちが泣いていたから、不自然な行動ではなかった。笑い声、泣き声、ただ本のページをめくる音が絡まりあって独特の電車の空気を作り出していた。

だから私は、静かに、ただ静かに雫を落とした。

それ以上は、私の大切な部分が壊れてしまいそうだったから。

ひょっとしたら、Tは自殺だったのかもしれない。

ひょっとしたら、Tは何か精神的に追い込まれていたのかもしれない。

受験勉強の影響か、それとも根本的な問題だったのか。

ひょっとしたら、Tは孤独だったのかもしれない、悩みを話せるような奴がいなかったのかもしれない。

ひょっとしたら、Tは私が毎年送っていた鉛筆を持って――。

 ひょっとしたら、ここまでTのことが頭に浮かんで離れないのは、私が――。

 そこで私は、思考を打ち切った。

 調べれば、たとえばこの瞬間に電話をかけてTの母親に聞くだけでも、それだけで事態は判明するだろう。たとえば、少し自分に素直になるだけでも、私は自分なりの答えを見つけ出したことだろう。

 でも、私はそれをしなかった。

 Tと私の間には、やはり、線――いや、そんなものじゃない、大きな、それも分厚いガラスがあるような気がして。

 あの日、扉越しに見た奴との距離が、そのまま私と奴自体のそれに思えたのだ。

ガラスは、光を通して私たちに向こう側を見せてくれる。お互いに、相手を物ごしでも見ることができる。

 でも、それに触れることは、決してできない。

 踏み込んじゃ、いけない。

 きっと、きっと。

 そうでしょう? と、私は涙をぬぐいながら呟いた。

 電車の中で、かすれた言葉はすぐに空気にまみれて消えていった。

 くすくす笑い、新聞をめくるかすかな紙がこすれる音、小さな嗚咽。

 答える者は、誰もいなかった。


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