31、岳雪とヒルデ
「……もしこいつらがな、どっか別のところに行ってひっそりと暮らすってんならたしかにこの村での件は解決だよ。でもそれでいいのかよ。人ひとり死んでんだぞ? しかも、てめぇの嫁さんになるはずの女が、だ」
岳雪は俯き加減でふるふると肩を震わせた。
どうせゲームの世界なんだから、一つのイベントさえ解決すればいいのだとそう思っていた。どうしても倒さなければならない相手なのであれば、遅かれ早かれまた出てくるはずだと。
「俺ぁよぉ、まだ嫁さんなんていねぇけどさ、一度添い遂げたら生涯守り抜くんだってそう決めてんだよ」
そう話す岳雪は何だかいつもより一回りも小さく見える。この世界では未婚なのだろうが、この人は、現実世界でのこの人は妻を亡くしているのだ。
「父さん……」
思わずその言葉がついて出た。
「……冬雪、俺はやっぱりこのまま見過ごすこたぁできねぇ!」
そう叫んで岳雪はヒルデにつかみかかった。「何すんのよ!」
「正体を現せってんだ! この野郎!」
「ちょ、ちょっと、何をするんですか! 正体って、何のことですか!」
アレクは自分の倍はありそうな太さの岳雪の腕をつかみ、懸命にヒルデから引き剥がそうとしている。
「アンタもホイホイ騙されてんじゃねぇぞ! 人を殺してその血を飲むような女がまともなわけねぇだろ!」
岳雪が怒鳴りつけるとアレクは怯み、手を離した。ヒルデは岳雪に肩を揺さぶらせながらもギッと彼を睨みつけている。
「別によぉ、アンタと戦いたいわけじゃねぇ。俺はアンタみてぇに人を殺したいわけじゃねぇんだ。ただ、人としてしなきゃいけねぇことがあんじゃねぇのかよ」
「何よ」
「マリアさんの墓前に手を合わせるんだ。そんで詫びろ。てめぇの勝手な都合で殺されたんだ。生け贄から解放されて、これから結婚って時にだ。天国から地獄じゃねぇか。マリアさんのご両親にも頭下げろ」
「どうしてそんなことしなくちゃならないのよ!」
「それだけのことをしたからだろ! いや、それだけじゃ足らねぇよ。村人全員の前で自分がやりましたって言え! お前の育ての親が牢屋にでもぶち込んでくれんだろ!」
「嫌よ! あたしは悪くない!」
「そうです! ヒルデは何も悪くない!」
「そんなわけねぇだろ! てめぇの妹は人殺しだぞ!」
「あたしは妹なんかじゃないわ!」
その言葉と共にヒルデは岳雪を突き飛ばした。身長差も体格差も充分にあるにも関わらず、である。岳雪は地面に尻餅をついた。突然の出来事にアレクは口をあんぐりとさせている。
「やっと正体を現したな、化け物め……」
そう言って笑う岳雪の視線の先には目を血走らせ、ぜいぜいと肩で呼吸をしているヒルデの姿がある。下ろした長い髪がヘビのようにうごめいている。それはあの村長夫人を彷彿とさせた。冬雪はゆっくりと剣を抜き、源二郎と茜もまた杖を固く握りしめる。
「あたしは妹じゃない……。あたしは妹じゃないわ……」
真っ赤に充血した目でうわごとのようにそう繰り返す。その狂気に満ちた光景にアレクはすっかり腰を抜かしてしまったようであった。
「よく見ろ、アレクさんよ。これがアンタの妻になる女だ。アンタのこと愛してくれた女を殺した女だ!」
アレクは岳雪の声にびくっと肩を震わせた。そして怯えたような目でヒルデを見つめ、頭を抱えて首を振った。
「違う……、こんなのヒルデじゃない……。僕のヒルデ……ヒルデ……」
こちらもまた壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返すのみだ。冬雪は生前祖父が良く聞かせてくれたレコードの曲名を思い出そうとした。
「おい、冬雪。こうなったらもうやるしかねぇよな。それとも仕掛けて来るまで待つか?」
岳雪はいつの間にか抜いていた大剣を構え、振り向いた。冬雪はゆっくりと首を横に振る。あの状態であれば戦闘を回避する方が難しいだろう。「岳さん、茜、源じい、あの村長の娘だ。気を抜くなよ」そう言って剣を握る手に力を込めた。
「冬雪様、私は何を……?」
指示が欲しいのだろう。茜は不安げな顔で冬雪を見つめている。
「自分で考えて動くんだ。とは言っても、茜と源じいの打撃は通用しないだろうから魔法がメインになるだろうけど。自分達の出来ることをやれ」
「わ……わかりました」
「ほぉ、何とも斬新な作戦ですな」
「俺はいつも通りでいいんだろ?」
「岳さんはいつも通りだよ。守りに入らないでとにかくガツガツ行って」
「おうよ!」




