30、アレクの告白
「勇者様……」
アレクは慌てた風でもなくゆっくりとヒルデから離れると、泣き笑いのような表情で冬雪を見た。ヒルデはというと逢瀬を邪魔されたためか、はたまたこれから起こるであろう事柄を予想してか警戒した表情で鋭く睨みつけている。
「アレクさん、いま……」
そう言いかけたところで岳雪が割って入ってくる。「おいアンタ! てめぇの婚約者が殺されたって時に何のん気に別の女抱いてんだよ!」
「岳さん、ちょっと落ち……」「落ち着いていられっか! 親が決めたんだか何だか知らねぇけどよ、アンタ俺らに助けてくださいって言ってたじゃねぇかよ!」
岳雪は冬雪の制止を振り切ってアレクの肩をつかんだ。
「言いました……。たしかに……。僕だって……マリアを愛してましたよ……」
「ましたって……。おい、もう過去のことにしちまうってのか!」
「母親に言われたんです……。マリアが僕のことを好いてくれてる、あの娘と一緒になればこの家は一生安泰だって……。僕はヒルデとの結婚を反対されたばかりで……、そんな時にマリアは本当に良くしてくれました。一番好きじゃなくてもいいって、二番目でもいいからって、彼女は言ったんです」
「だから堂々と浮気してたってのか! ふざけんじゃねぇぞ!」
岳雪はアレクの胸倉をつかみ、持ちあげた。アレクは苦しそうにうめきながら足をばたつかせる。
「岳さん、やりすぎだよ」
そう言って岳雪の腕をつかみ、何とかアレクを地面に下ろす。アレクはげほげほと咳き込んでいる。ヒルデはそんなアレクをかばうように前に出た。
「何てことをするのよ、この野蛮人!」
「やっ……野蛮人だとぉっ? 俺が野蛮人ならお前らは何なんだよ!」
「私達は……」
そう言ってアレクを見つめ、優しく微笑んだ。
「兄妹よ」
「はぁ? きょうだい?」
岳雪と冬雪はほぼ同時に声を上げた。茜と源二郎は目を真ん丸に見開いている。
「そうよ」
「アレクさん、それ……本当に……?」
茜はそこでやっと口を開いた。
「本当です。それを知った時は僕も驚きました。僕の、いや、僕達の母は貧しい暮らしをしていたそうです。金のために自分の身体を売っていたと聞きました。ただ、子どもが出来ると客が取れないので、そうならないように気を付けていたようです。しかし、そんな母を本気で愛する人が現れた。僕の父です。母は父と一緒になり、これまでの仕事をきっぱりと止め、僕を産みました。そのころの父と母は本当に幸せそうだったと……」
アレクはその場に座り込んだままぽつりぽつりと話した。
「しかし、僕が一歳になった頃、不幸な事故があって父が死にました。母はまだ幼い僕を抱え、途方に暮れたそうです。こんな貧しい村ですから、働き口もあまりありませんし、ましてや乳飲み子を抱えたままでは満足に働けません。やむなく母はまた身体を売り始めたのです。その時に知り合ったのがここの村長さんです。あの人もまた母に惹かれ、母を愛人にして僕らを養ってくれていたそうです。その時はまだ奥様がご存命でいらっしゃいましたからね。やがて母はヒルデを産みましたが、産後の肥立ちが悪く、彼女を抱くこともないまま亡くなりました。そして僕は叔父夫婦に、村長さんはヒルデを弟夫婦に預けたのです」
アレクはふぅ、と一息つくと先ほどからじっと自分を見つめているヒルデを愛おしそうに見つめ返す。それはどうみても兄妹が醸し出す雰囲気ではない。
「じゃあ、結婚を反対されたのは、お二人の血が繋がっているから、ということですか?」
「そうです。でも、奥様が教えてくださったのです。他人の……マリアの血を飲めば、この濃い血を薄めることが出来る、と」
ヒルデは口角を上げてニヤリと笑った。その目は妖しく光っている。
「だから、マリアさんを?」
「そうよ」
「僕はまさかそんなことが出来るなんて知りませんでしたから、マリアが死んだ時は本当に悲しかった。神様がお怒りになったのだと……。でも、ヒルデからこの話を聞いて、安心しました。これで僕らは夫婦になれます!」
「夫婦にって……。あなた、マリアさんの血を……?」
「飲んだわ。だから私はもうアレクの妻になれるの」
「何て野郎だ!」
「とても人間のすることとは思えませんな」
無意識的にそれぞれの武器に手を掛けた岳雪と源二郎を、冬雪は右手で制する。まだだ。まだその時じゃない。
「アレクと一緒になれるんなら、人間じゃなくたっていいの。あなた達にはわからないわよ、本当に愛する人を見つけた者の気持ちはね」
ヒルデはゆっくりと近づいてくる。血色の良い唇の端にはうっすらと血糊がついていた。「アレク、行きましょう。この村ではきっとあたし達幸せになれないわ」
「そうだね、ヒルデ。僕の愛しい奥さん」
二人は手を取り、見つめあった。その姿はまるで本当の恋人同士である。
「……いいのかよ、冬雪」
「駐在さんは彼女が犯人なら殺せ、と仰ってましたが」
「わかってるよ、でも……」
いまこの瞬間の二人はただの幸せそうな恋人同士で、人間で、こちらに危害を加える様子もないのだ。そんな状態なのに攻撃を仕掛けてもよいのだろうか。




