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イントゥ・ザ・フレマシー  作者: 沖見 るもい
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3、解放の暗号

 源二郎との思い出を噛み締めながらプレイするも、何せ何度もクリアしたゲームである。エンディングの理不尽さも相まって、冬雪は序盤で早々にコントローラーを置いてしまった。

 祖父はもういないんだから、これからは色んなゲームをすることが出来るんだなぁ、と冬雪は思った。しかし、かといってやってみたいソフトがあるわけでもない。いまなら手当たり次第にゲーム機でもソフトでも買い漁ることが出来るというのに、その欲求が不思議と沸いてこない。

 何だかんだ言って、俺はこのゲームで満足だったのかもしれない。それに祖父は言っていたのだ。『MAGICAL QUEST』は最高のRPGだ、と。あの祖父が言うのだから、そうかもしれないと思った。

 冬雪はソファにごろりと寝転がり、天井を見た。担任からは1週間くらい休め、と言われている。唯一の肉親が死んだのだ。葬式が終わったからといって、ほいほいと日常に戻れるわけがない。それに頼れる親戚もいないので、様々な手続き等もこなさなれけばならないだろう、という配慮である。

 しかし蓋を開けてみれば、こうなることを予期していたかのように、自分の死後に冬雪がやらなければならないことをまとめたノートなるものが用意されていたのだった。それは、葬式の手配の仕方から弔問客への対応までびっしりと書かれており、冬雪はそれを淡々と事務的にこなすだけであった。

 まったく、大したじいちゃんだ。そう思って、冬雪は少し笑った。


 その手紙が届いたのはその翌日のことで、いよいよ明日から登校だったため、学ランにブラシをあてていた時のことである。

 カタン、と郵便受けに何かが入った音が聞こえ、一人になるとこんな音まで聞こえてくるのかと思いつつ、玄関へ向かった。中を開けてみるとそこにあったのは自分宛の手紙である。

「手紙なんて何年ぶりだ?」

 ぽつりと独り言をいいながら差出人を見てみると『京極源二郎』と書かれている。そういえばやけに見慣れた達筆な祖父の字であった。一体いつ出したのだろう。冬雪は首を傾げながら居間に戻り、中の紙を破ってしまわないように細心の注意を払って封筒の端をはさみで切った。

 中に入っていたのは罫線も入っていないコピー用紙のような真っ白い紙で、もしかして遺言状に書ききれないことでもあったのだろうかと、先に弁護士の榊先生に見せた方が良かったかもしれないなどと思ったが、そんな考えとは裏腹に綺麗に折り畳まれたその紙を開いてみると、そこに書かれていたのは一見何の意味も成さない文字の羅列である。


『ふたあけさ ゆけかんゆ きゆねりき りんねきき ゆけかけゆ さあけふた』


 ただそれだけであった。

 源二郎はどんなに親しい相手であっても、きっちり折り目正しく時候の挨拶から書き始めていたので、これは本当に祖父の手紙かと冬雪はしばらくの間その紙を凝視していた。静まり返った部屋の中でそれをじっと見つめていると何だか薄気味悪くなり、冬雪は手紙をローテーブルの上に放り投げるとソファにごろりと転がった。明日から学校だなぁと考えているうち、瞼は少しずつ重くなってくる。夕飯はコンビニにでも行くとしてちょっとだけ眠ろうかな、そう思った時、彼はふとひらめいた。


「そうだ、『解放の暗号』だ!」


 そう思い付くと、彼を支配しかけていた眠気は一瞬にして吹き飛んだ。冬雪は勢いよく身体を起こすと出しっぱなしになっていたフレマシーの電源を入れた。『MAGICAL QUEST』はささったままである。

 テレビに映し出されたスタート画面の『はし゛めから』の下に表示されている『つつ゛きから』を選ぶと『かいほう の あんこ゛う を にゅうりょく してくた゛さい』というメッセージと共に50音表が現れる。『MAGICAL QUEST』の世界では、町や村にある『封印の祭壇』の中へ入ることでそれまでのデータを記録することが出来る。その続きから再開するためには30文字の『解放の暗号』が必要となる。これがなかなか厄介なもので、幼い冬雪は何度もメモを失敗しセーブデータを破棄してしまったものである。

 1文字ずつ声に出しながら用心深く入力し、最後には指差し確認までしてから『ふういん を とく』にカーソルを合わせる。

 意味のない30字の文字と言われたら、これしか思いつかない。でも、わざわざ手紙で送るなんて。それに、『MAGICAL QUEST』なんてもう何年もやっていない。もしこれで当たっていたとしても、一体じいちゃんは俺に何を伝えたかったんだ?

 冬雪はそう思いながら決定ボタンを押した。

 いままで聞いたこともない雷鳴が聞こえ、真っ暗だった画面が白み始める。やがてその白さは冬雪の目を眩ませるような光へと変わり、彼は思わず目を瞑った。




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