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イントゥ・ザ・フレマシー  作者: 沖見 るもい
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27、老医師と駐在員

「お察しします」

 茜は懐から白いハンカチを取り出し、フレナに手渡した。彼女はか細い声で礼を言うと、そのハンカチで涙を拭った。

 冬雪一行は夫妻に丁寧に頭を下げると、家を出た。次に向かうのはマリアの検死を行った警察の役割を担っている駐在員と医師のもとである。

 駐在所と診療所は隣り合っている。駐在所の開け放たれた出入り口を覗くと、一仕事終えたらしい老医師とそれよりは若い駐在員が向かい合って茶を飲んでいるところであった。

「あの……、すみません……」

 だいぶ疲れ切った表情の老医師の様子に気兼ねして、冬雪が控えめに声をかけると、彼はずり下がった眼鏡を中指で押し上げながら「何かね」と言った。そして、ゆっくりと腰を上げる。「急病でなければ、少しだけ休ませてもらえないかね。何、ほんの10分でいいんだ。この茶を飲み終えるまで」

「あぁ、いえ、その。病気とか怪我とかじゃないんです」

「ん? じゃ、わしじゃなくて駐在さんにご用かな」

 老医師は座り直し、向かいの駐在員に目くばせをする。40代くらいと思われるその駐在員はすっくと立ち上がり、まっすぐ冬雪を見た。

「えっと、あの、今朝の……」

 それだけ言うと、二人は顔をこわばらせ、少し辺りを伺うような素振りを見せた後、胸の辺りで小さく手招きをした。「ドアも閉めてくれませんか。表のプレートは『巡回中』にして下さい」


「あんたが勇者さまじゃな」

 4人分の茶が運ばれると、老医師は自分の分の茶を啜ってから問いかけた。

「そうです」

 そうです、と即答できるくらいにはもうすっかりこの世界に馴染んでしまっていた。

「何が知りたい」

「マリアさんの死因というか……、凶器ですとか、犯行時間ですとか。とにかく、わかっていることすべてが知りたいです」

 冬雪がそう言うと、駐在員は下唇を噛んで俯いた。その様子を見た老医師は「わしが話そう」と言った。

「時間はおそらく、22時ごろ。死因は、失血死。凶器は短刀じゃな。それも、刃渡り10㎝程度。女性や子供が護身用に持ち歩いたりするようなものじゃ。もしくは果物ナイフのようなものかもしれん。マリアはそれで35ヶ所も切りつけられとった。ほとんど抵抗した形跡がないから、薬で眠らされていたか、それとも……」

「それとも……?」

「身動きが取れなくなるような『魔法』を使われたか」

 そう言って老医師はまっすぐ冬雪を見つめた。この村で魔法を使えるものがいないとすれば、疑いの目がこちらに向くことは当然だろう。

「おいじいさん、俺らを疑ってんのかよ!」

 彼の視線に耐えられなくなったのは岳雪である。勢いよく立ち上がり、座っていた椅子がガタンという音を立てて倒れた。

「まさか。あんたらがマリアを殺したところで何の得がある」

「でもよぉ、何だかそう言いたげだったぜ?」

「魔法を使える方がいるのですか」

 取り成すように茜が間に入った。このゲーム内で魔法が使えるのは勇者一行と魔物、それから特殊な職業についているごく一部の人間だけのはずだ。村長はかなりの使い手であったが、彼は魔物だったし……、と考えていると、老医師は駐在員と視線を合わせた後、小さく頷いてから口を開いた。

「村長と、その娘がたしか使えたはずじゃ」

「娘? 村長さんに娘さんが?」

「表立って公言はしてないがな。村長の屋敷でメイドとして働いとるよ」

「メイド……。ヒルデさん?」

「何じゃ、ヒルデを知っとるのか」

「ええ……、まぁ……」

「ヒルデは早くに母親を亡くしてなぁ。村長は自分の弟夫婦にまだ赤ん坊だったヒルデを預けてさっさと再婚してしまった。あの別嬪の嫁さんじゃよ」

「そうだったんだ……」

「ヒルデが本当の父親のことを知ったかどうかまではわからんが……、まさかお屋敷で働くことになるとはなぁ……」

 そう言うと老医師は天を仰いでため息をついた。冬雪は仲間とアイコンタクトをする。


『魔法を使えるのがヒルデのみ、ということであれば、マリアを殺したのは……』

『動機だって充分だ』


 ヒルデが犯人だとすると、去り際の「何ていうことをしてくれたの!」という台詞も納得である。せっかく恋敵が生け贄になるはずだったのに。しかし、もしかしたら実の父親のことを知っていて、それを倒したことを非難していたのかもしれないが。


「ヒルデをどうしますか」


 沈黙を破ったのは駐在員である。

「どうって……。もし彼女がマリアさんを殺したのだとしたら、ここへ連れてきます。その後はあなたにお任せします」

 そうは言ったが、あの村長の娘である。彼女もまた魔物なのかもしれない。こちらに刃を向けてきたら応戦するしかないだろう。

「私が……。もし私が……、それを見逃したとしたら……?」駐在員の肩は小刻みに震えていた。

「見逃す? どうしてですか?」

「私が、その『育ての親』だからですよ」

 そう言うと、彼はゆっくりと顔を上げた。真っ赤な目からは大粒の涙が零れている。

「あなたが……村長の弟さん……」

「そうです……。勇者さま、もし、もし、ヒルデがマリアを殺したのであれば……」


「その時は、あなたがヒルデを殺して下さい」

 


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