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イントゥ・ザ・フレマシー  作者: 沖見 るもい
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2、MAGICAL QUEST

 ここは マシ゛カルラント゛。まほう の くに。

 た゛いまほうつかい □□□□ がつくりし らくえん。


「そうそう、こんな感じで始まるんだ」

 すっかり腰を据えてゲームモードに入った冬雪(ふゆき)は、いつ涙が込み上げてきてもいいようにと傍らに箱ティッシュとごみ箱を置いてにんまりと笑った。画面には大魔法使いの名前を入力するための50音表が表示されている。

 じいちゃんはいつもここで俺の名前を入れろとうるせぇんだ。

 そう思いながら『け゛ん』と入力する。源二郎はどうして『げん』だけなんだと立腹していたが4文字までしか入力できない上、濁点も1文字に数えられてしまうので仕方がないのだと説得したものである。 

 

 マジカルランドは大魔法使いによって作られた魔法の国である。しかし魔法の国とはいっても、皆が皆魔法使いというわけではなく、使えるのは特殊な職業の者達のみである。単純に『魔法』で作られた『国』というだけだ。

 そしてその大魔法使いは神と崇められ、彼の死後も亡骸は神殿に祀られている。

 民は神殿に祈りを捧げ、生け贄として若い娘や幼い子どもを差し出すことによって永久の繁栄を願った。

 しかし、ある時、一人の若者が立ち上がる。

 若者は、死して魂だけの存在になってもなお強大な力によって国を動かす《神》を封印すべきであると宣言し、自らを《勇者》と名乗った。

 豊かな実りをもたらしてくれる半面、時に横暴な災害をもたらす《神》に怯えていた民は《勇者》の誕生を喜んだ。

 そして《勇者》は頼もしい仲間たちと共に《神》である大魔法使いの魂を封印するための旅に出る。


 これが『MAGICAL QUEST』の大まかなあらすじである。


 大魔法使いの名前を入力すると、次は主人公である勇者の名前を入力しなければならない。冬雪は少しだけ考えた後で『ふゆき』と入力した。昔から勇者の名前は『ふゆき』だったのだ。

 冬雪の仲間はいつも『戦士』『治癒師』『魔法使い』と決まっており、色褪せたパッケージに描かれていた魔法使いが源二郎によく似ていたため、彼もまた『け゛ん』と名付けられた。一介の魔法使いごときが恐れ多くも建国の大魔法使いと同じ名前(というかモデルも同一人物)である。筋骨粒々な『戦士』には父の『たけゆき』を、回復役の『治癒師』には母の『あかね』の名が与えられた。そうなると祖母が仲間はずれになってしまい、源二郎が寂しがるだろうと思っていたが、ストーリーを進めていくと封印の鍵を握る妖精の女王なるキャラが現れた。冬雪は迷うことなく祖母の『さゆり』という名を与えた。横目で源二郎の表情を伺うと、満足そうに目を細めていたものだった。


 物語は勇者が自分の家を飛び出すところから始まる。勇者誕生を快く思わなかったのは神殿につかえる神官の父親と巫女である母親であった。勇者は父の跡を継いで神官になることを執拗に勧めてくる母親に嫌気が差し、異世界から念じた通りの仲間を釣り上げることが出来るという泉へと向かう。そこで念じながら釣り上げたのが先の仲間達というわけである。

 最初に向かうのは生まれ育った町から北へ少し進んだところにある小さな村である。そこは神殿からいちばん近いため、優先的に生け贄を差し出さなければならず、ならばターゲットである若い娘や幼い子どもは村から逃げればいいのにと冬雪少年はいつも疑問に思っていた。


『ここはゴートの村だよ』

『半年に一度、村の外れの小さな山小屋に生け贄を差し出さなければならないんだ』

『ああ、とうとう私の娘に白羽の矢が……』

『村を救うためならば、私の命なぞ惜しくはありません』

『あの子は、来月結婚式を挙げる予定だったのに……』

『僕の愛しいマリア……。勇者様、どうか、マリアを助けてください』


 寂れた村内を歩き回り、そこかしこで規則的な動きをしている村人に話しかけると、どうにも助けざるを得ないような情報ばかりが入ってくる。

 結局、娘に変装して山小屋に籠ることになり、息を殺して神の使いがやって来るのを待っていると、現れたのは村長である。彼は永遠の若さと美貌を保ちたいという妻の願いを叶えるため、神官である冬雪の父親からの命だと偽って生け贄を差し出させていたのである。

 ゲーム『MAGICAL QUEST』のイベントはだいたいがこのパターンであった。権力者達が神の名を騙り民に苦役を強いていたのである。実際に神が起こしたのは、それを諌めるための自然災害のみであったのだが、勇者一行がそれに気付いたのは最終決戦の直前という鈍感振りである。操作している冬雪は2つほどのイベントをクリアした時点で「これはもしかして……」と思っていたのだが、かといって定められたストーリーを変えられるわけではない。

 最強の装備にレベルも充分上げた状態で、封印の鍵を握る妖精の女王と共に意気揚々と神殿に乗り込んでみれば、そこには弱弱しく燃える小さな青い灯があるのみである。妖精の女王がその灯に身を投じると、それは燃え盛る青い炎となり、やがて神である大魔法使いが現れるのだ。炎の勢いとは裏腹にその表情は深い悲しみを湛えているようだった。

『愚かな勇者よ。彼らの悪事を暴かなければ、私一人が≪悪≫だったのにな……』

 彼はぽつりとそう言って、懐から大きな鏡を取り出す。そこにはそれまでに立ち寄った町や村の様子が映し出されている。悪事を働いていた権力者の一族郎党には縄が打たれ、立派な屋敷には火が放たれていた。やがて、それだけでは怒りの収まらない者達が暴動を起こし、建物という建物は軒並み破壊され、美しかった町並みはあっという間に火の海になってしまった。

『すべて私のせいにしていればよかったのだ。この世界の均衡を崩したのはお前だ!』

 そこで大魔法使いとの最終決戦が始まるのだが、この戦闘に勝っても負けても、最終的に封印されてしまうのは勇者一行の方で、大魔法使いは妖精の女王と共にこのマジカルランドを一度消滅させ、また一から作り直す……というところでスタッフロールが流れる。

 これを初めてプレイした冬雪少年はまさかの結末に口をあんぐりとさせて源二郎を見つめたが、祖父はゲームの中であっても早くに亡くした女房と一緒にいられるのが嬉しかったようで、満足そうに何度も頷いていた。

 あんまりじゃないか、こんなの。冬雪少年はその日の夕食時に源二郎に詰め寄ったが、彼は既にすっかり広くなっていた額をつるつると撫でて笑うばかりである。


「だっておめぇよ、神様が生け贄だ何だってそんなの強いるわけねぇだろうよ。悪いことするのはな、化け物でもなんでもねぇ、だいたいが欲に目のくらんだ人間よ」


 その言葉を聞いたのは、このゲームを作ったのが若かりし頃の源二郎だと知った時のことである。源二郎はフレマシーと『MAGICAL QUEST』を開発した『株式会社デジデ(旧 団欒玩具堂)』のゲームクリエイターであった。

 たしかに源二郎はマジカルランドを建国した大魔法使いに他ならなかったのである。


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