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イントゥ・ザ・フレマシー  作者: 沖見 るもい
18/36

18、村長夫妻

「そうですよ。若さと美貌が失われたら、この女には何の価値もないのです」

 その言葉と共にドアが開く。そこに立っていたのは村長である。虚ろな目で、手には斧が握られていた。

「……だろうな」

 岳雪は横目で村長を見やり、忌々しげにそう吐くと、大剣を握る手に力を込める。しかし、魔物ではないただの人間にこの刃を向けてよいのかためらっている様子であった。

「だろうな、って……。岳さん、わかってたのか?」

「ああ? 勘だよ、勘。俺、そういうとこ結構鋭いんだぜ?」

「鋭すぎだよ」

「まぁ、それは置いとくとしてだな……。どうするよ、勇者さんよぉ。ヤらなきゃヤられる状況だってのは、さすがにわかるよな?」

「わかる……。けど……」

 こういうイベントは他でもあった。要は、暴虐な権力者を討伐する、といった類のものだ。しかし、戦闘画面に切り替わった時、そこにいたのはいかにも悪そうな魔物で、ただの人間には使いこなせないような魔法や、特殊攻撃を仕掛けてくるのである。だからこそ、心置きなく叩きのめすことが出来た。戦闘終了後もおぞましい骸が転がっているなどということもなく、まるで最初からそこには何も存在しなかったかのような静寂の中、ただ莫大なDGD(デジデ)と経験値とを得、ほくほく顔でその町を後にしたのである。

 しかし、いま対峙しているのはあくまでも『人間』なのである。たしかに、『普通』の状態ではないかもしれないが、それでもそれなりの武器、防具を装備した一行が魔物達のように相手をしても良い対象ではないはずだ。少なくとも、冬雪の世界の倫理では。しかし、先に仕掛けてきたのは向こうである。冬雪は茜を見た。彼女はまだ苦痛に顔を歪め、意識的にかそれとも無意識的にか、空いている方の手で脇腹を抑えている。


 仲間が傷つけられたんだ。

 それに、このまま生かしておいたら、この人達は必ず生け贄を再開する。

 俺達がヤらないといけないんだ。

 俺達が……。


「……倒そう」

 殺そう、とは言えなかった。結果は同じだとしても、軽はずみに口に出して良い言葉ではない。

「仕方ねぇよな」

「でしょうな」

「……それで……、この村が……救われるのなら……」

 茜は苦しそうにそう言った。それが脇腹の痛みのせいでないことぐらいは冬雪にもわかる。だからこそ、ちくりと胸が痛んだ。それを払拭するかのように大きく首を振り、剣を抜き、構える。

「おや、勇者様、非力な我々に刃を向けますか」

 村長はゆらゆらと身体を揺らしながらニタニタと笑っている。しかし、その目に光はない。

「いけませんなぁ……、いけませんなぁ……」

 そう言って笑いながら斧を振り上げ、その重さでよたよたとふらつきながらゆっくりとこちらに向けて歩いて来た。

「おいおい、村長さん、そんなふらふらで大丈夫かよ」

 さすがの頼りなさに岳雪が呆れた声を出す。肩の力が抜け、気の緩みが生まれた。

「危ないっ!」

 茜がそう叫ぶのと、村長の斧が岳雪の肩を抉ったのはほぼ同時である。

「何……?」

 岳雪はその衝撃に膝をついたが、斧は運よく鎧に大きな傷を作っただけで彼の皮膚に到達することはなかったようである。「……さっきのは演技かよ。やるじゃねぇか、村長さん」

「若造が……。ただの人間に村長が務まるわけがなかろう……。村民に知られる前に息の根を止めてくれる! 食らえ! 『中級炎魔法 砂漠の太陽』!」

 村長の手のひらから巨大な火の玉が出現し、4人の頭上をぐるぐると旋回する。その火の玉が近づくたびに肌は焼け焦げ、熱に弱い合金製の防具がぐにゃりと変形する。

「くそぉっ! 源じいのより強力じゃねぇか!」

 じりじりとFGが削られていく。ゲームの中であれば、削られるのはFGのみなのだが、実際に体験すると、気力等もじわじわと失われていくようだった。

 落ち着け、俺。いくら中級魔法とはいっても、これだけで戦闘不能になることはない。まずは茜に回復させて、岳さんは攻撃、源じいは……相手が炎魔法を得意としているなら、初級の炎魔法なんかじゃ話にならない。くそ、たしか氷魔法は次のレベルで覚えるはずだったが……。

「茜、とりあえず、回復だ! それが終わったら防御魔法をかけて! 岳さんと俺はひたすら攻撃! 源じいは……待機!」

「おうよ!」

 自分のやるべきことが決まれば、岳雪はまるで猪のように相手に向かって行く。気付けばひょろりとした村長は岳雪にも劣らない巨漢に変化している。その横でニタニタと笑っている夫人はまるで魔女のようだ。長い髪はまるで生きたヘビのようにうごめいており、醜く裂けた口元からはチロチロと長い舌が覗いている。

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