15、村長との対話2
「それは本当に必要なんですか」村長の返答を聞く前にたたみ掛ける。
「さっき俺を『勇者様』と言いましたよね。どうして村を救ってほしいって言わないんですか」
質問を重ねる度、村長の顔から表情が失われていく。腹の前で組まれていた手に力が入っていくのが見て取れた。
「どうして? 簡単なことですよ。必要ないからです」
無表情の村長から抑揚のない声が聞こえてくる。「この世界で神様に逆らえる人間がおりますか」
「ではあなたは、生け贄は神の意思だとおっしゃるんですね」
「『様』をお付けなさい! 無礼ですよ! ……まぁ、いいでしょう。生け贄を捧げることは神様のご意思によるものです。この村はそのようにして、豊かな実りと繁栄を保って来たのです」
「豊かな実りと繁栄……? そうは見えなかったけどな。なぁ?」岳雪は首を傾げた。
「たしかにそうじゃのう。あの痩せこけた畑や、いまにも死にそうな牛馬を見る限り……。生け贄の効果はないように思いますがなぁ」源二郎も同様に首を傾げている。すっとぼけた声でそう言ったが、源二郎に至ってはおそらくわざとだろう。
この2人の言葉に村長の眉はぴくりぴくりと二度動いた。「それは……」
村長が口を開きかけたところで冬雪がそれに被せた。「村長さん、ここから南にある町はご存知ですよね?」
「え? あ、あぁ、もちろんです。神様を祀っている神殿がある……。それが……何か」
「神……様を祀っている神殿に仕えている神官に会ったことはありますか?」
「神官様に……? も、もちろん……。それが一体何だと言うのです」
村長は質問の意図が読めないのか、訝しげな表情を浮かべているものの、その顔色は悪く、額にはうっすらと汗をかいている。
「俺はその神官の息子です」
「……は? 何ですと? あなたが神官様のご子息……?」
「そうです。で、もう一度お聞きします。本当に『若い娘の』生け贄は神様の意思なんですか? 俺にはそのようには聞こえませんでしたが」
「おぉ、そういやお前、『神官様の倅』だったな。やっぱり聞こえるもんなんだなぁ。すげぇ!」
岳雪は演技なんかではない素の反応で感嘆の声を上げた。
「冬雪様、先ほど『そのようには』とおっしゃいましたが、冬雪様にはどのように聞こえたのでしょうか」
ここでやっと茜が口を開く。恐る恐る、といった印象ではあったが、その奥にある好奇心は隠しきれていない。
「ゆ、勇者様! わかりました、わかりました! マリアの生け贄は中止致します! 今後の生け贄は牛馬等で代用出来ないか、私から神官様にお願いしに参りますので!」
村長は慌てて腰を浮かせ、冬雪にその先を言わせないようにと声を上げた。
「おや、牛馬で代用出来るものなのですかな。ならば最初からそうすれば良かったのにのぅ」
「いやぁ、でもよぉ、それっていま勝手に決めちまっていいもんなのかよ。いまから南の町に行くって言っても、村長さんの足じゃ2日はかかるんじゃねぇの? どうすんだよ、その間に罰でも当たったらよ」
「そ、それは……」
急に態度を変えた村長を岳雪と源二郎が取り囲み、首を左右に傾げながら詰め寄る。茜はちらりと冬雪を見やり、困ったような顔をした。
「大丈夫。罰なんて当たらないよ。そうでしょう? 村長さん」
冬雪の落ち着き払った声で村長は観念したのか、脱力してすとんと革張りのソファに腰を落とし、がっくりとうな垂れた。「おそらく……」
絶対、と断言しなかったのは、それでも頭の片隅で『生け贄』の効力を信じていたためか、はたまた、起こりうるすべての天災が神の力によるものではないだろうという思いからだろうか。
「どういうことなんですか? 村長さん」
問いかけたのは茜である。腰を落とし、俯いている村長の顔を覗き込む。優しい声とその柔らかな物腰に、村長はまるで憐れみを乞うような目を向けた。
「妻が……、若い娘の血が必要だと……」
村長は力なくそう言うと、両手で顔を覆った。自分がしてきたことを悔いているのだろうか、うぅ、と小さなうめき声が聞こえる。
「勇者様……」
茜は眉を顰め、もの言いたげに冬雪をじっと見つめた。冬雪は無言で頷き、2階につながる階段に視線を移した。件の『妻』は自分の部屋にいるはずだ。3人は冬雪の視線を辿り、彼の言わんとしているところを汲んだようで、無言で顔を合わせると一様に決心したような表情で頷いた。




