14、村長との対話1
とりあえず、さすがにいまの状態では真打である神様を倒すことは出来ないだろうという結論に達し、それでも村長に掛けあってこの悪習を中止するように訴えてみようということになった。
来た時よりは幾分か晴れやかな表情の3人を見送り、冬雪はまたベッドに転がると大きなため息をつく。
このままではゲームと同じだ。あのストーリーをなぞっているだけじゃないか。俺は全部知っているというのに……。
そう考えてみるものの、思考はそこから先へ進まず、いつの間にか冬雪は高いびきをかいて眠ってしまっていた。
朝、目を覚ますと、やはり、そこはまだゲームの中の世界である。
随分と長い夢だななどと思いながら身支度をする。洗面所もトイレもない個室を出て階段を下りる。鏡すらないので、自分がいまどんな状態なのかがわからない。しかし、寝る前はたしかにボロボロだった衣服はきれいに繕われており、新品同様である。たっぷり汗をかいていたはずなのに髪の毛もさらさらとしていた。
「まぁ、夢だしな」
ぽつりとそうつぶやくと背後から「夢ですか?」と声をかけられる。不意に聞こえてきた言葉に飛び上がって振り向くと、目を真ん丸に見開いている茜がいた。
「申し訳ありません、驚かすつもりでは……」茜はすまなそうに頭を下げた。その表情に冬雪も思わず頭を下げる。「いや、いいんだ。ちょっと独り言」
申し訳程度に設えられたロビーには既に岳雪と源二郎がおり、何やら談笑している。何となく岳雪は寝坊してくるような気がしていたので、正直意外だな、と冬雪は思った。
相変わらず不愛想な主人に礼をして宿屋を後にする。すぐにでも村長の屋敷へ乗り込んでも良かったのだが、何も知らない3人のため、しっかり手順を踏んだ方が良いだろうと村内を散策する。
『ここはゴートの村だよ』
『半年に一度、村の外れの小さな山小屋に生け贄を差し出さなければならないんだ』
『ああ、とうとう私の娘に白羽の矢が……』
『村を救うためならば、私の命なぞ惜しくはありません』
『あの子は、来月結婚式を挙げる予定だったのに……』
手順通りに村人の発言を拾ったところで、どんどん険しい表情になっていく3人と共に村長の屋敷を目指した。村内だからと冬雪の後ろを歩いている岳雪のものと思しき荒い鼻息に急かされ、自然と歩みが早くなる。「岳さん、お願いだから落ち着いてね」そう釘を刺すと、「何言ってんだ。俺はいつだって落ち着いてらぁ」と何とも信じがたい返答である。
村長の屋敷は村の中心にあるほんの少し小高い丘の上にあり、ゲーム内では割とランクの高い建物であったが、さすが実物は豪邸と呼ぶにふさわしい作りである。冬雪はちらりと振り返り、小屋としか呼びようがない粗末な村人の家々を見て、小さくため息をついた。
「ここは、村長様のお屋敷です」
門番のように屋敷の前に立っている若者はそれだけしか言わない。こちらとしても、この若者に対しては特に用もないので、そのままヅカヅカと屋敷内に入って行く。
「すげぇな……」
長い廊下には何やら高価そうな壺やら甲冑が飾られており、天井にはきらびやかなシャンデリアが取り付けられている。岳雪はすっかり圧倒されたようで、ほぉ、ほぉとひたすら声にならない声を発していた。
「よくぞおいでくださいました勇者様。私がこの村の村長です。ゆっくりして行ってください」
応接間らしき部屋の中央にどっかりと腰掛けている村長はそう言った。彼の台詞はこれしかないのだ。生け贄を差し出さなければならないという現状や、村を助けてくださいといった言葉は彼の口から出ることはない。いま思えばおかしな話である。目の前にいるのが世界を救う勇者であると自覚しているにも関わらず、助けを乞うことをしないのだ。ゲームの中ならここで引き下がる。そして、この部屋を出たところで若者が駆け寄り、『僕の愛しいマリア……。勇者様、どうか、マリアを助けてください』と訴えてくるのである。何のことかと思っていると、いかにも噂話が好きそうなメイドから先の若者が生け贄予定のマリアの婚約者であることを知らされるのである。その若者を憎からず思っていたそのメイドは、マリアが生け贄になってしまえば己の思いの丈を伝えられるにも関わらず、悩み苦しむ彼のために勇者一行に神様の使者討伐の依頼をするのであった。
「村長さん、この村では半年に一度、神に生け贄を捧げているとお聞きしましたが」
冬雪がそう言うと、それまでにこやかにしていた村長の眉がぴくりと動いた。




