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イントゥ・ザ・フレマシー  作者: 沖見 るもい
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11、チャンバラ稽古

「何だこれ……」

 そう言って自分の右手首をまじまじと見つめると、そこは先ほど魔物の毒液がかかった部分である。傷口がどうとか、粘膜に付着していないからだとかは問題ではなかったのだ。雑魚敵であったはずの毒ガエルの放った毒液は冬雪(ふゆき)の身体を蝕みつつあった。

「あーらら、冬雪。毒にやられちまってんじゃねぇか。解毒剤、あったよな?」

 岳雪は冬雪の前にしゃがみ込み、痛々しそうに顔をゆがめながら肩に下げている道具袋を指差す。

「……ある」

 冬雪は道具袋から白い紙に包まれた解毒剤を取り出す。「これって飲めばいいのかな。水とかないんだけど」

 中の薬が零れないよう用心深く包み紙を開き、どうしたものかと様々な角度からそれを眺める。やがて、どうにもならないことを悟った冬雪は仕方なく、水なしで飲んだ。舌に残るざらざらとした感触が不快である。それに何といっても、苦い。

「冬雪様、大丈夫ですか?」

 茜はまたも心配そうな表情で冬雪を見つめる。ほんの少し、瞳も潤んでいるようだった。母親に似ている、というフィルターのせいでなるべく意識しないようにしていたのだが、彼女はなかなかの美人である。そんな女性にじっと見つめられ、冬雪は思わず赤面した。手首はまだ少し青さが残るものの、ズキズキとした痛みは引いている。

「まぁ、今度は熱が……?」

 顔の赤さを熱のせいだと思いこんだ茜は冬雪の額に自分の手を当てる。もし、もし母親が生きていたとしたら、熱を出した自分の額にこうして手を当ててくれたのだろうか。

「ねっ、熱なんかねぇって!」

 そう言って茜の手を振り払う。ちょっと強く払いすぎたかと気まずい気持ちで茜を見ると、彼女はきょとんとした表情で冬雪を見ていた。

「そうですか? それでしたら良いのですが」

 その口ぶりからして、冬雪の言動を大して気にしている様子もなかった。冬雪はそのことに何となくほっとした気持ちになる。

「まぁまぁ、油断大敵ということですなぁ、冬雪殿。さて、これからはどうしますか。まっすぐ村へ向かいますかな」

 ゆっくりと近づいて来ていた源二郎が人の良い笑みを浮かべて言った。しわしわの指が示す先にはうっすらと目的地であるゴートの村が見える。

「いや、もう少し戦いに慣れた方がいい。岳さんはこういうのに慣れてるだろうけど、俺は正直言って初心者なんだ。それに、茜も源じいも体力つけたり、一つでも多く魔法を覚えてもらわないとな」

「何だよ冬雪、お前素人だったのか。……まぁ、たしかにちょいとばかし腰は引けてたけどよ。でも筋はあるぜ。誰かに稽古つけてもらってなかったか?」

 岳雪は無精ひげの生える顎をしょりしょりとさすりながら首を傾げている。

「稽古つっても、子どものお遊び程度だよ。そういうのが好きな身内がいたんだ」

「ほう。それでも充分だ。基礎は出来てる。あとは慣れだよ、慣・れ。……まぁ、そんじゃもう少し村に近づきつつ、経験積もうぜ」

 岳雪は大きく伸びをしてからふわぁと欠伸をした。


 稽古か……。いま思い返してみれば、たしかにあのチャンバラごっこはごっこの域を超えていた気がする。源二郎は何度も言っていた。「これが本物の刀だったら、おめぇ死んでたな」と。そう言われるのが最初の頃は怖かった。これで自分は死んでしまうのだと思った。そして次は悔しくなり、どうしたら死なずに済むのかを必死で考えた。まずは、撃ち込まれる際に恐怖から目を瞑ってしまう癖を直した。見えなければ剣で受けることも避けることも出来ない。撃たれることへの恐怖より、死の恐怖が勝ったのである。やがて、源二郎の太刀筋を捉え、剣で受けることが出来るようになったものの、それだけではなかなか自分の攻撃に転じることが出来なかった。そこで冬雪は、どうにか攻撃を避けることは出来ないものかと考えた。しかし、年の割に機敏な源二郎である。冬雪は何度も頭をしたたかに打たれた。それがどうにも悔しくて、少しでも機敏に動けるよう、足腰を鍛えるためのトレーニング(とはいっても、近所を走り回る程度であったが)を始めたものだ。

 そして、ある時のチャンバラごっこの際、冬雪は源二郎の踵がわずかに浮いていることに気が付いた。それに気を取られパァンと頭に一発食らったところで、冬雪は源二郎に何か意味があるのかと尋ねた。すると源二郎はニヤリと笑って「よく気が付いたな」とだけ言った。「よく気が付いたな」としか言わなかったのだ。これはきっと何かあるぞ。そう思った冬雪は体育教師に同じ質問をし、剣道の『すり足』というものを知った。

 それからしばらくして、やっと一方的にやられるだけのチャンバラから、殺陣さながらのチャンバラへと進化したのである。

 

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