アンドロイドの恋~イブの場合~
「ご主人様のことが好きです」
「うん。今日も調子は良さそうだね、イブ」
色白で薄紫色の目がパッチリとした金髪の女の子の胸を開いて彼は言う。
「よしっ これでメンテナンス終了」
細いドライバーを机の上に置き、女の子の胸の扉を閉める。
彼女はしばらく目を閉じてじっとしている。微かな機械音の後に同じ言葉を続けた。
「メンテナンス終了です」
いつ見てもすごい光景だとケビンは思う。隣にいるこの今にも折れそうな細い男が天才科学者で、彼の開発した「より人間の感情に近いA.I(人工知能)」を持つアンドロイドが入れてくれるコーヒーを一緒に飲んでいることを。
「イブ。もう一回言って」
「はい。イブはご主人様のことが好きです」
天才科学者はおもいきり顔を歪めて笑顔になる。イブにこう言ってもらうのが嬉しいらしい。
どうせ自分で組み込んだプログラムだろうに、悪趣味だ。
「そんなに言わせてうれしいのかい?」
ケビンは皮肉を込めたつもりだったのに、彼は悪びれることもなく「うれしいさ」と答えた。
「僕という人間を愛してくれる存在だからね」
天才であるがゆえの孤独。
彼は周りとはあまりにも違う存在だった。(彼に言わせると周りの方が異質だったらしい)
だからイブを作ったのだろう。唯一彼を無条件で愛してくれた母親を亡くした時に、同じように自分を愛してくれるアンドロイドを。
しかしそんな彼に人生の転機が訪れる。
そう、彼は本当の恋をしたのだ。もちろん相手は人間の女性。
それからの彼はイブに何を言われてもあの笑顔になれなくなった。
「ご主人様のことが好きです」
うん。僕がそうなるようにプログラムしたからね。
イブにはよくわからなかった。
あんなに喜んでくれたご主人様がこの頃なぜ自分に笑ってくれなくなったのか。
「ご主人様が好きです。好きです。好きです」
「ありがとうイブ。でももういんだよ。僕には本当に心からそう言ってくれる人ができたから」
本当の心・・・?
それはどんなものですか?もういいとは何ですか?
そう言われる度、なにか冷たいものが胸のあたりを流れる感覚があるのはなぜですか?
愛する女性との結婚を決めた天才科学者はケビンに言った。
「イブのことを彼女が嫌がるんだ。だから一緒に連れて行けない。プログラムを書き換えるからイブをもらってくれないか?」
ケビンはイブの顔を見た。
作られた感情しか持たないはずのアンドロイドは泣いているように見える。
人間の勝手で作られて、人間の勝手でいらないと言われたのだ。
大好きなはずのご主人様から。
ケビンはプログラムの書き換えをしないことを条件にイブを預かることにした。
あんなにいつも聞かされていたイブの口から今度は「ケビンが好きです」なんて聞きたくない。
泣かなくていいよ。
君が「より人間に近い感情」を持っているのならその思いに自信を持っていいんだ。
アンドロイドが持っているのは 間違いなく AI(愛) なのだから・・・・。